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1年生1月:父

「いってらっしゃいませ、お祖父様。」

「旦那様、いってらっしゃいませ。」


4日の朝、登城する祖父を玄関で見送った。

新年最初に全貴族が王様に挨拶をする、大切な行事だとか。

今朝の祖父は1ミリの隙もない、貴族として完璧な振る舞いを見せてくれた。


お正月の3ヶ日は家族や親戚で過ごすのが普通で、血縁がいないマーカー子爵家は誰も訪ねてこず、使用人も最小限の人数でまわしていたのでとても静かだった。

わたしは父の部屋に入る許可をもらい、ほとんどその部屋で過ごした。


ジャスパー・イオス・マーカー。

史上最年少で魔術師団長に就任した稀代の魔術師は、プライベートの記録が全く残っていない。

わたしとしては母とのなれそめとかデートとか、そんなことが気になるのだけど。


わたしのことを知っていてくれたのかとか。


父の部屋は殺風景で、必要最低限の物しかなかった。

クローゼットには魔術師団の制服がまだ吊るされている。

棚の本は魔術書ばかりで、幅広いジャンルの本は父がマルチな魔術師だったことを教えてくれる。


『クアドラプル・マスター』


四大精霊魔術を使役できる、奇跡の使い手。

四大魔術を組み合わせて顕現させた『虚無ブラック・ホール』は、魔物の大軍を呑み込んで一撃で滅したそうだ。


その強大すぎる力は、父を孤立させた。

戦いの記録は山ほど残っているのに、父の個人的なエピソードが残っていないのは、ただただ人との関わりが少なかったかららしい。


『ジャスが誰かと子供をなしているなんて、夢にも思わなかった。』


「‥寂しく、なかったですか、お父様‥。」


この部屋も、父の趣味や人柄を匂わせるものが何もない。

ただ机の一番下の引き出しだけ、鍵がかかっていて気になっているけど。

少しでも父の気配を感じたくて、わたしは今日も父の部屋で本をめくる。


度重なる討伐遠征の途中で、母と出会ったのだろうか。

母は父親のことを『生まれる前に死んでしまった』と詳しいことを一度も話してくれなかった。

戦争で未亡人や孤児が大勢いたから、うちもそんなところだろうと勝手に納得していたけれど。

父に迷惑がかからないよう、一人で黙って、母はわたしを産んだのだろうか。


コンコン、と扉がノックされて執事さんがお昼を知らせてくれた。

ダイニングにはわたしの昼食が準備されていた。

昨日までは祖父と二人だったけど、大きなテーブルに一人ぼっちで食べるのは落ち着かない。

味わうのもそこそこに、ぱぱっと食べてしまった。


「午後のご予定はいかがされますか。」

「アーチャー商会は今日から営業しているんですよね?」

「はい。いらっしゃるなら馬車をご用意しましょう。」


王都の中心部、繁華街にあるアーチャー商会本店までは歩いて30分くらい。

「歩いて行くのは。」

「いけません。馬車をお使いください。」

「‥はい、そうします。」


貴族は一人で出歩くものではないようで、外出には必ずメイドさんがお供につくのだけど、これが全然慣れない。

なんだろう、わたしみたいな小娘に綺麗なお姉さんが付き従うわけで、とても申し訳ない気持ちになる。


「ジャス様もよく屋敷から一人で出かけてしまわれて‥。」

執事さんが窓の外を見つめて呟いた。


「本当はとても優しい方でした。‥アリス様のまっすぐな瞳は、ジャス様とよく似ていらっしゃいますよ。」


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