1年生1月:新年
カラーン、カラーンと年明けの鐘が鳴る。
王都の教会で、わたしは祖父と年越しミサに参加していた。
広いホールに大勢の人が集まって、ぎっしりとみんな立ったまま静かに神父様のお話しを賜る。
帰りにはシスター手作りのホットレモネードがふるまわれた。
人が多いからかそんなに体は冷えなかったけど、やっぱり温かな飲み物が嬉しい。
夜中でもたくさんの出店がやっていて、街中は賑やかだった。
屋敷に向かって並んで歩く祖父は、左手に杖を持っているけれどスッスッと歩みを進めていて、とても義足だとは思えない。
「旦那さま。」
わたしたちの一歩後ろからついてきてくれている執事さんが祖父に声をかけた。
「少し歩くペースをおとされては? アリス様は病み上がりでいらっしゃいますので。」
子爵家に帰った日からわたしは高熱を出してしまい、昨日まで寝込んでしまっていた。
往診にきてくれたかかりつけ医は『風邪』と言ったけれど、多分知恵熱だ。
「いいえそんな‥ご迷惑をおかけしてすみませんでした。」
「‥家族にそんな言い方をするものじゃない。」
頭を下げたわたしに、祖父は渋い顔をする。
「そうだな、屋台を眺めながら帰るか。」
ちょうど立ち止まったところの屋台が『はしまき』を出していて、ソースの香ばしさが食欲をそそる。
「ああ、これは久しぶりだ。10本包んでくれないか?」
執事さんが屋台の店主に銅貨を渡して袋を受けとる。
「なにか屋敷の者たちに甘いものがほしいな。」
「それでしたらあちらに大福餅が。」
「正月らしくていいな。アリスは好きかい?」
「えっ?」
「大福餅。」
祖父も執事さんも仕立てのいいスーツで、パリッと姿勢よい初老の男性二人が屋台の前であれこれ話す絵がシュール。
祖父の胸ポケットには家紋が刺繍されていて、一目で貴族だとわかってしまう。
「屋台とかいいんですか?」
「わたしは好きだよ。今の王都が平和な証だ。」
「平和‥そうなんですか?」
「魔物の脅威がなくなって、みな安全に暮らしております。全てジャス様のお陰でございます。」
大福餅の袋を抱えて戻ってきた執事さんの言葉に、祖父は小さく『そうだな』と呟いた。
帰ってからリビングで祖父と大福を食べた。
遅い時間に太るかなと思ったけど、わたしも祖父もなんだか楽しかった。
執事さんの入れてくれたお茶が渋くて美味しい。
「学園はどうだい? 先月見に行ったときはお友達と楽しそうに見えたが。」
「先月?」
「ああ、11月だから先々月か。劇を見に行ったが、アリスはエキストラでも楽しそうにしていたな。」
お祖父様が演劇祭を見に来てくれていたなんて知らなかった。
「見に来ていただいてありがとうございます。」
「アリスが誘ってくれたのだろう? 若者の場など久しぶりで面白かったよ。彼が映像をマーサさんに送ってくれたから、彼女も喜んでくれただろう。」
お茶のおかわりを注いでくれた執事さんがペコリと頭を下げる。
「母は、どうしていますか?」
わたしが去年の夏に子爵邸へ連れてこられてから1年以上、母とは会えていない。
領地で治療をしていると聞いているけれど、母は読み書きができないので手紙のやりとりもできずにいる。
「母はこちらのお屋敷に来れないのでしょうか。」
「‥会いたいか。」
「はい、会いたいです。」
「親子だものな‥。今日は一緒に来てくれて嬉しかったよ。ジャスと来たことを思い出した。」
ジャスパー・イオス・マーカー。
会ったことのないわたしの父、祖父の一人息子。
そして魔王を封印して亡くなった、聖戦の英雄。
「お父様もあの教会に行かれたのですか?」
「そうだな、週末毎に一人でよく通っていたよ。」
祖父はゆっくりと湯呑みのお茶を飲んで。
「‥わたしとジャスは、仲が悪かったんだ。」
15年以上前に亡くなったとはいえ、写真のひとつも飾られていない、父の気配がまるで無い屋敷。
「ジャスが12歳くらいからか、全く話さなくなった。妻が早くに亡くなって厳しく接しすぎたのか、進路も就職も全部自分で決めてしまって。」
祖母は父を産んですぐに亡くなっている。
「アリスのことはとても驚いたんだ。まさかジャスに子供がいたなんて思わなかった。」
祖父がわたしを見つめる目が細くなる。
「マーサさんがもう少し回復したら会いにいったらいい。春休み頃に予定をたてよう。」
さあ、もう遅いから休みなさいと言われてリビングを出た。




