1年生11月:帰路
「遅くなったから馬車を雇おう。ちょっと待ってて。」
学園までは辻馬車で1時間弱。
辻馬車はしばらく待たないといけなかったから、ベリアルが個人馬車をつかまえてくれた。
これなら30分くらいで帰り着ける。
「ダリア魔法学園までお願いします。」
座席に並んで座ると、ガラガラと馬車が進みはじめた。
日はほとんど暮れてしまい、馬車の中の小さな蝋燭が車輪の振動に合わせて揺らめく。
「手伝いについてきたのに、逆に遅くさせちゃってごめん。」
ベリアルはすぐに頭を下げて謝ってきた。
「ディックの従姉妹だから断りにくくて。」
「わたしは構いませんけど、戻ったら全力でみなさんのお手伝いしましょうね。」
「ああ、そうしよう。」
明日は各クラスリハーサルをして、土曜日が演劇祭だ。
本番は観覧自由なので、家族や他の魔法学園の生徒や一般のお客さんも来る。
さっき買った布で衣装をちょっと手直しして、背景も描き足すと言っていた。
1年A組の劇は『人魚姫』。
人魚姫はイマリ、王子様はレナード、お姫様はサイモン(女装)、魔女兼総合演出をリリカが担当する。
演出は水系の魔法を織り込んで、華やかな舞台に仕上がっていた。
『演劇祭』は魔法と技術の融合を目的にした1、2年生対象のイベント。
ペンタグラム杯と違うのは、攻撃力の低い魔法や補助魔法も活躍できる、『魔法の汎用性』を学ぶための学園行事だ。
これも当然恋愛イベントなんだけど。
『演劇祭』
ベリアルルート:ベリアルが主演でヒロインが相手役
エリオスルート:ヒロインがクラスの主演で、優勝してエリオスからトロフィーをもらう
ファンルート:ヒロインがクラスの主演で、劇の最中に事故が起きてファンが助けてくれる
勇者ルート:ベリアルが主演だけどヒロインは裏方
ディックルート:ヒロインがクラスの主演で、舞台から誤って落ちたヒロインをディックが抱きとめる
キャサリンルート:ベリアルが主演でヒロインが相手役で、キスシーンがある
問題は、わたしもベリアルも裏方で劇に出ないこと。
もはやどのルートも成り立たない。
キャサリンが学園を去って、ゲームのシナリオと合わなくなっている気はしてたけど。
「やっぱりわたしのせいかな‥。」
イベントスルーしすぎて好感度が全然足りないのかも。
「アリスのせいじゃないよ。」
「え?」
「ミス・アーチャーのこと。ディックと話してたよね?」
ベリアルはカレンと話しながら、わたしたちの話も聞いていたみたい。
「あのときはアリスのおかげでみんなが助かった。」
キャサリン・アーチャー魔人化事件の被害は、死者2名、重軽傷者25名。
ただし治癒魔法で死者2名は蘇生し、また魔法薬で怪我人全員が無事に回復した。
「わたしは治癒をかけただけで、それだって助けられたのはエリオス先輩やブレイカーくんが魔物を退治してくれたからですよ。」
「ああ、彼らはすごかったな。」
火蜥蜴を恐れず、何体も倒しながら前に進んで、取り残されていた2学園の救出に成功したのだから。
「俺はなにもできなかった。」
「そんなことありません。」
らしくないベリアルにわたしは言い返していた。
ベリアルの火系魔法と火蜥蜴の相性は最悪で、あの場でベリアルができる攻撃はなかったけど。
「あのときは魔力をわけていただいて、本当に助かりました。」
魔力供給魔法、とでもいうのだろうか。
まだ左の手の平には、ベリアルが『共有』のためにつけた傷痕が薄く残っている。
触れ合ったお互いの傷から、まるで火のような熱い魔力が流れ込んできた。
「『共有』って珍しい魔法ですね。これも火の魔法なんですか?」
「あれはランス家のオリジナル。跡取りのために覚えさせられたんだよ、俺は三男だから。」
貴族は積極的に魔物との戦いに参加しなければならない。
その戦場で跡取りが死なないよう、同行する一族の者が万が一のときに魔力供給するための呪文、ということらしい。
「ああ、早く一人前の魔術師になりたいな。」
ベリアルは入学したときからずっと、王国魔術師団に入ることを目標にしている。
「あんな戦いの後でもそう思うんですか?」
キャサリンの身体を支配して、邪悪な笑い声を高らかに響かせた魔人『憤怒』。
魔王が復活したら、どれだけの混乱が起きるのだろう。
次は助けられなくて、わたしの目の前で誰かが死ぬかもしれない。
「怖かった?」
「ええ、助けられないかもしれないと思ったらすごく。」
「『助からない』じゃなくて?」
「‥そう言われればわたしも殺されかけて、」
ガタン、と馬車が揺れた。
とっさのことでベリアルの方に倒れかかってしまう。
「おっと。」
ぶつかると思ったら、ベリアルがしっかりと抱き止めてくれた。
蝋燭も転がって火が消えて、馬車の中が真っ暗になって。
「アリスは‥」
左耳のすぐそばで、ベリアルの声が聞こえた。
「アリスは将来、どうするんだ?」
(将来‥。)
わたしの、アリス・エアル・マーカーの将来。
「‥秘密、ですよ。」
わたしはするりとベリアルの腕から抜け出す。
暗くてお互いの表情はよくわからない。
「ちゃんと3年生になれたら、教えますね。」
それからしばらく無言で、馬車は学園に着いた。
馬車の代金はベリアルが全部払って、カフェのお金も受け取ってくれなかった。




