1年生11月:入院
怒涛の対抗戦の後、わたしは大学病院に入院させられていた。
ダリア魔法学園から2ブロックほど離れた場所にある系列の魔法大学病院は、高い塀に囲まれたやけにセキュリティの厳しいところで、最上階の個室で過ごしながら月が替わってしまった。
「暇‥。」
対抗戦直後はひどく頭が痛くて吐き気がして、それはそれはふらふらだった。
魔力不足による頭痛はMPポーションで回復するのだけど、まさかの魔力封鎖が回復薬を受け付けなかったのだ。
レアな症状を病院中の魔法医たちが見に来るし、頭痛は治まらないし、布団を頭から被って丸まってすごした。
24時間が過ぎて魔力封鎖が解けて、それでようやく魔力が回復し始めて。
ハンス先生が対抗戦の後処理や、翌日の代表戦がなんと予定通り行われたことを教えてくれた。
ダリア魔法学園チームは、わたしの代わりに個人戦準優勝の副会長さんが出場して優勝したとのこと。
わたしは出られなくて悔しいとか、優勝できて良かったとかの気持ちがわかなくて、この急展開に心が追いつかないでいる。
さらに翌日から検査や測定を受けさせられて、とっくに完全回復してるのに退院許可が出ない。
今日で入院して10日目。
もう検査もなくてすることがないので、この3日間はひたすら筋トレに励んで深く考えないようにしていた。
「入るわよ。」
コンコンとノックの音がして、病室に入ってきたのはリリカ・ノービスだった。
「‥なにやってるのよ。」
「見てのとおり、腕立て伏せだけど。」
「病室の床で? もう退院したら?」
それはごもっともだけど。
「あなたこそ、なんで平日の昼間にお見舞いに来るの?」
わたしは床から立ち上がって一応ベッドに戻り、リリカにスツールを勧めた。
「こっちにもいろいろあるの。これ、アーチャーおじさまからのお見舞いね。」
サイドテーブルに高そうな花かごを置く。
「面会謝絶だっておじさまが心配してたけど、勘違いかしら。」
面会謝絶?
「ねえ、ノービスさん。」
「リリカでいいわ。わたしもアリスと呼んでいいかしら。」
「ええ、かまわないわ。」
リリカと二人きりで話すのは初めてで、ちょっと緊張してしまう。
「わたし、面会謝絶になってるの?」
「ええ、ハンス先生がそう言ったわよ。これみんなからのメッセージね。」
鞄から色紙を出して、わたしに渡す。
たしかにクラスメイトたちからの、『早く元気になってね!』『待ってるからね!』『一緒に2年生になろうね!』あたりがそんな雰囲気かも。
「てっきり意識不明かと思ってたのよ。ハンス先生最近話してくれないし、元気ならケーキもってくればよかった。」
「‥どうして来てくれたの?」
リリカは腕時計で時間を確認した。
「いろいろあるけど、わたしがお礼を言いたかったから。」
「お礼?」
「キャサリンを助けてくれてありがとう。」
リリカは立ち上がると、わたしにまっすぐ頭を下げた。
「あの子わがままだけど、大事な幼なじみなの。」
「わがままなのは認めるのね。」
「まあね~、みんなで甘やかしちゃったから。」
なんでもキャサリンが1才のときに母親が育児疲れで出ていってしまったため、会社総出で可愛がって育てたらしい。
「わたしね、5才のときからキャサリンのお守りをしてきたの。」
父親がアーチャー商会勤務で、プレスクールから二人一緒に通ってきた。
「わがままっていってもホントに無理なことは言わないし、わりと素直で可愛いのよ。」
キャサリンが素直というのはわかる気がした。
よくも悪くも、気持ちをストレートにぶつけてくる。
「アーチャーさんは今どうしてるの?」
「魔人のこと、まああの腕輪のことについて取り調べを受けてる。ローズ魔法学園は退学になったわ。」
「退学!?」
「魔人と関わって、つけこまれたのは許されることじゃないから。命があるだけマシよ。」
「そう、なの?」
「そうよ、一度魔人に堕ちたら、普通助からないから。」
キャサリンの赤黒く変色した体を思い出す。
あれが魔人に堕ちた状態なんだろう。
やけに目立つ青いネイルをした、白いキャサリンの手。
「ちゃんとキャサリンの手、くっついたのよ。だから気にしないでって、これがおじさまからの伝言。」
首を絞めてきたキャサリンの手首を、召喚したクララがズバッと切り落としていた。
「断面がきれいで繋ぎ易かったそうよ。神殿の治癒魔法ってすごいのね。」
リリカはまた腕時計を見て立ち上がった。
「再来週には『演劇祭』があるんだから。早く退院して学園に戻ってきてよね。」