1年生10月:面談(3)
『遠野、やったな!』
『おめでとう、亜里朱!』
仲間たちに囲まれて、観覧席でお母さんが泣いていて。
生きてきて一番幸せだったとき。
欲しいものを自分の力で手にいれた瞬間。
「マーカーくん?」
目の前のアリスの気配が不意に薄くなった。
「どうかした?」
アリスはうたた寝から起きたように何度か瞬きをして、
「‥昔のことを思い出していました。」
「昔って‥まあマーカーくんの環境はずいぶん変わってしまったしね~。」
ハンスは手元の特製調査書(自作)に目を落とした。
アリス・トーノは、小さな村で母親と二人きり、慎ましく生きてきた。
魔力が全くなく、村の小学校からそのまま義務教育で中学校に進んだけれど、母親が病に伏せるようになってからあまり学校に通っていない。
3年生に進級してからはほとんど登校せず、母親の替わりに家政婦の手伝いのようなことをして生活費を稼いでいた。
母親は村に親戚もなく、古くからの知り合いに支えられて暮らしていたのだけど。
1年前の夏に莫大な魔力が覚醒し、15年前の聖戦の英雄『ジャスパー・イオス・マーカー魔術師団長』の娘であることが発覚、マーカー子爵家に孫娘として引き取られる。
その魔力、魔法、スキル、全てが鑑定不能。
今年4月にダリア魔法学園高等部へ学園長特別推薦で編入し、最高ランクのA組に選抜される。
入学してわずか2ヶ月で完全治癒魔法『蘇生』、そして死者復活魔法『復活』の行使が確認された。
本人から『治癒魔法専門』、『魔法レベル10』の発言があり、『聖女』である可能性が濃厚。
また、アーチャー商会経由で『蘇生』の件が『教会』に伝わり、『大神殿』が動き始めているので彼女の身の周りに注意すること。
注意しろと言われても、ハンスのスキル『魔力感知』を使えば誰がどこにいるのか、半径1キロ以内なら手に取るようにわかる。
先週の実技試験に大神殿の枢機卿がやってきていたけど、どんな結果だったのか学園長から連絡がない。
(つーか、気付くの遅いしー)
4月の入学式の日から、ハンスはアリスの魔力に惚れ込んでいた。
伝説の『聖女』というしかない莫大な魔力。
目の前で死者復活を見たときには、柄にもなく神に感謝しそうになった。
夏に半裸の生徒会長といたときは奴を引き裂きたくなったけれど、そのあと補習名目で個人的に関わるようになったし、学園長から特に注意するよう言われているから、多少特別扱いしても問題無い。
「マーカーくんは真面目で努力家だと思うよ。だけどね、」
ハンスは普段と違う、自分ができる最高に優しい表情でアリスに語りかける。
「みんなより足りない3年分を引け目に感じるのは間違いだ。それより与えられた才能をきちんと伸ばすべきじゃないかな?」
「だって、こんなのずるくないですか?」
彼女がこだわる『ずる』。
「僕も魔力はかなり多くてね、友達の倍くらいはあったからいつも『お前ずるいわー』って言われたよ。」
ハンスの魔力、魔法は同年代のトップクラス。
教師で特に披露する必要もないからあまり知られていないが、現王国魔術師団長と張り合えるー多分勝てる、実力がある。
それでもアリスの魔力はざっとみてもハンスの3倍はありそうだった。
これだけの力があればクラスで、学園で、いや人間社会で浮いてしまうだろう。
「先生はわたしの魔力をずるいと思いませんか?」
「人の目を言い訳にしてるほうがずるいよね?」
人より強大な力を、人に責められるのが怖いと封印する。
人は自分と違うものを排除しようとするから。
「わたし、ずるいですか?」
「‥そうだね、楽な道を選んでるかもしれないね。」
アリスはふぅっと息を吐くと、強い意志のこもった目でハンスを見返してきた。
「ありがとうございました。」
「うん、今日はここまでにしようか。また迷うことがあったらいつでもこの部屋においで。」
ハンス専用の控室。
アリスは結界魔法『聖域』を使えるから、自分の身の危険など気に留めないだろう。
アリスの気持ちが向くように、いい香炉やお茶を準備しておこう。
夢中になってくれる、とっておきを。




