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1年生9月:実技テスト(4)

「誓約を。」

ファンさんが母親に近づいて1枚の紙を渡すと、彼女はささっと署名をして返した。

「よろしくお願いします。」

痩せて細い腕、荒れた手で息子の頭をいとおしそうに撫でる表情に、長く会えていない母を思い出した。


「ミス・マーカー、彼の足の治癒を。」


まあこうくるだろうと思ったけど。


わたしは魔法実習で公式に人を治癒したことがない。

実技講座では魔力のコントロールと植物・動物の治癒だけで、人に治癒魔法をかけていいのはレベル25から。

ちょっとした怪我をしたクラスメイトに『治癒キュア』をかけることはあるけど、それくらいだ。


これまで流れと勢いだけでしか使ったことないのに、会ったことのない人たちからすがるような視線を向けられて大人たちの見ている前で魔法を使えとか、無茶振りもたいがいにしてほしいけど。


少年は10歳くらいだろうか、不安そうに目が瞬きを繰り返している。

薄い膝掛けで足の具合はわからない。

(不安にさせたら駄目よね。)

わたしは立ち上がると、笑顔を作って少年の手をとった。


「こんにちは。あなたのお名前は?」

「‥カール‥。」

消えそうな声で答えが返ってきた。


「‥ねーちゃんが足治してくれるの?」

「こら、子爵令嬢さまになにを。」

母親が子供を諌めて頭を下げさせようとするのを止める。

そうだ、子爵令嬢らしくしないと。


「わたしはアリス・エアル・マーカーと申します。カールくんの足を触ってもいいかしら?」

彼がこくんと頷いて膝掛けを取ると、ハーフパンツを履いた裸足の両足があらわになる。


「ーーー!」

右足には大きな傷痕が、左足は膝から下がなかった。


「落石事故で挟まれた左足は切断しました。右足も麻痺が残ってほとんど動かせません。」

母親が傷から目を背けて、辛そうに伝える。

「神殿にお願いするお金が無くて‥。」


『神殿』

あの3人は神官だ‥。

母の病が進行していく中、一度神殿に連れていった。

その時に提示された寄付金は金貨5枚。

わたしたち母娘に準備できる金額じゃなかった。

彼程の怪我ならもっと高くなってしまうだろう。


(嫌な取引ね。)

学園生の実験台でよければ、無償で治療を受けられてひょっとしたら治るかもしれない。

そんな話を、誰が仕組んだんだろう。


わたしは右足の太ももに手を滑らせてみたけどとても冷たくて、カールはなにも反応しなかった。


「『治癒キュア』」

まずは一番軽い『治癒キュア』をかけるけど、なにも手応えがない。


(絶対に治してみせる。)


そのまま手を当てたところから右足に魔力を流しこみ続ける。

少しずつ、血液を爪先まで流すイメージで、ゆっくりとー。


ー治癒魔法レベル4『修復リペア』の発動を確認しましたー


久しぶりに新しい魔法が発動したらしい。

カールの右足の血色が明らかに良くなったのがわかる。


「足が戻ってきた!」

カールが声を上げたので手を離すと、右足を左右に振って感覚を確かめ始めた。

「平気ですか?」

「うん、すごい、足があるよ!」

右足で立ち上がろうとするので、母親がとっさに左側を支える。


「次は左足ー」


そこで声が出せなくなった。


「素晴らしい、素晴らしいよマーカーくん!」


大袈裟に学園長が拍手をして立ち上がると、母親の前へ進んで両手を力強く握りしめた。

「良かったですねお母さん!」

「はい、ありがとうございます‥!」

「学園長、まだ途中では‥。」

「視察官はお静かに願います。」

「ええ、この素晴らしい結果をぜひご家族でお祝いしてください。」


わたしが声を封じられて固まっている間に、学園長は扉を開けて外で待っていたカールの親戚たちのところへ二人を連れていってしまう。


「アリス・エアル・マーカー、座って。」

ファンさんに言われて、わたしはしぶしぶ椅子に座った。

まだ声は出せない。


彼の左足は、多分『復活リザレクション』で治せる。

そのことを学園長は知っていたから、ファンさんにわたしを止めさせたのだろう。


左足もちゃんと治してあげたかった。

座ったまま、右の拳を握りしめる。


「さあ、次の試験をしようか!」


学園長は扉を閉めて戻ってくると、わたしの正面に立って白い杖を突き付けた。

ふっと声の呪縛が消える。


「‥意味、わかんない。」

「治癒魔法の試験は合格だから、あと聖属性魔法と魔装具の試験をしないとね。」

「‥魔法で治ったのに。」

「これから魔法を撃つから、ちゃんと『聖域サンクチュアリ』発動してね。」


「‥治してあげたかったのに!」

「『炎撃フレア・ショット』。」


学園長の杖から出た小さな炎が、無数にわたしに降り注いだ。

誰が言われた通りに発動するもんですか!


「刻印よ!」


右手の指輪がナックルに変化する。

『聖拳突』の巻き起こす波動が『炎撃フレア・ショット』にぶつかり、熱気が聖堂に拡散する。

蒸気に紛れて距離を詰めて、学園長を背中から捕まえようとすると、逆にファンさんに捕まってしまう。


「視察官の前で無茶するな!」

背後から羽交い締めにされて、太い腕でロックされてしまう。


「あの少年は学園長が最後まで面倒みるから。」

わたしがなんで怒っているか。

「頼む‥『復活リザレクション』を神官に見せるな。」


ファンさんはわかってくれていた。


「‥失礼しました。」

ナックルを指輪の形に戻す。


「いやいや、まさか聖属性武闘技で『炎撃フレア・ショット』を撃ち破るとか前代未聞! 素晴らしいね!」


学園長はパンパンと手を叩き、試験の終了を宣言した。


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