1年生9月:実技テスト(2)
ネイルのラメは、濃度の高い魔鉱石の欠片を材料にして、両手の10本に施すことで魔力を50パーセント上乗せする、アーチャー商会最新作だ。
まだ試作段階で、キャサリンと店の開発部数人しか知らない極秘アイテム。
(なんでばれたの‥。)
キャサリンは親指の爪を噛みながら考える。
ハンスのスキルか、なにか魔道具を感知するアイテムがあったのかもしれない。
「ハンス先生、このネイルはモニターで塗ってもらったのを忘れてて、だからその、わざとじゃないんです。」
ごめんなさいと両手を合わせて、可愛い仕草で目を潤ませて、自然な上目遣いへもっていく。
「なので、ネイルを落とすのでもう一度お願いします!」
金貨を1枚、握手する振りをしてハンス先生の手の中にねじ込ませる。
「‥除光液は他の人の試験が終わってから使おうか。」
ハンスが金貨をスラックスのポケットに入れたので、キャサリンは胸をなでおろした。
席に座って、クラスメイトたちの実技試験が終わるのを待つ。
(まだ誰も1分をきらないわね。)
リリカのタイムが1分23秒だった。
(リリカ、最近生意気になってきたわ。)
夏休みがあけてから、なんだかリリカに避けられている気がする。
彼氏ができたとかいってたけど、あんな冴えない男子のどこがいいんだろう。
(ベルが一番かっこいいのに。)
中等部の頃から、キャサリンはベリアルが好きだった。
毎年秋に行われる王都魔法学園対抗戦、ダリア中等部vsローズ中等部の試合で、キャサリンの氷結魔法を易々と突破したベリアル。
(運命よね、絶対。)
ベリアルのためにダリア魔法学園を受けたのに。
せっかく同じクラスになれたのに。
「次、アリス・エアル・マーカー。」
アリスが前に出て、ボードのスタート位置に手を合わせる。
ベリアルは楽しそうにアリスを眺めている。
ベリアルがアリスに興味を持っているのは見ていてわかった。
アリスの反応にどう返そうか、どう攻めようか。
ベリアルはキャサリンにもクラスメイトにも同じように優しいけど、踏み込もうとはしてこない。
キャサリンは爪を噛みながらアリスを睨み付けていた。
こんな地味な女、ベリアルには似合わない。
あの美しい炎の横には、芯まで凍えそうな氷柱こそが相応しい。
「スタート。」
先生が合図をしてストップウォッチが進み始めるけど、ボードでは何も始まらない。
やり方もよくわかっていない、なんでこんな女がダリアのトップクラスにいるのか。
(パパは『マーカー師団長のお嬢さんにくれぐれも失礼のないように』なんて言ってきたけど‥。)
今までキャサリンのすることを諌めたことなどなかったのに。
それがまたキャサリンを苛立たせる。
(しょせん親の七光りじゃないの。)
「マーカーくん、もうちょっと魔力込めてみてくれるー?」
「すみません、魔力が足りなかったんですね。」
ハンスに促され、アリスが目を閉じて魔力を追加すると。
「なにこれ‥。」
ボード全面が金色に光り輝き、迷路の全てを塗りつぶされてしまった。
スタートもゴールもルートも、全部が光の中に沈む。
「28秒。」
「えっ?!」
ストップウォッチが『28』で止まっていた。
「こんなのズルい!」
「アーチャーくんがそれを言うかなぁ。」
ハンスが片手でキャサリンをあしらう。
「この測定ボードはね、MP3,000を観測するとルート廃棄しちゃうんだよねー。」
「MP3,000‥?」
MP量にクラス中が絶句した。
1年生の平均MPは700前後、A組だとトップが1,000あるかないかくらい。
キャサリンのMPは実は500に届かないので、いつもアイテムで倍増している。
(なんなのそれ!)
今の魔術師団長の公式プロフィールでも、3,000はなかったはず。
MPはレベルアップで増えていくけれど、どこかで頭打ちになる。
そのあとは魔法の練度を上げることでMP消費力を減らして、使える魔法の量を増やしていくしかない。
「いやすごいよね~、僕より全然多いよ~。」
ハンスの乾いた声に誰も反応できない。
「とりあえずこのボードは再調整しないとね。残りの4人はB組に移動してくれる? 終わったマーカーくんまでは帰っていいよ~。」
「あ、はいっ‥。」
ベリアルを含む4人が立ち上がり、ハンスが引き連れて移動し始めるのにキャサリンもついていこうとするが。
「アーチャーくんも帰っていいよ。」
「あの、でも再試験を。」
「しないよ、当たり前でしょ。」
「だって金貨‥」
言いかけて口を閉じる。
クラスメイトの前で教師を買収したなんて言えない。
「ちょうどいいからみんなにも伝えておくけど、僕は『魔力感知』のスキルを持ってる。半径200メートルくらいなら、誰がどこにいるのかわかるし、アーチャーくんがアイテムで嵩まししてることもすぐわかる。」
『魔力感知』はレアなスキルで、秘密にされることが多い。
魔法戦略が丸裸にされる危険なスキルのため、魔術師の間でも疎まれることがあるからだ。
「こんな若さでA組の担任をしているんだ。もっと君たちはダリア魔法学園のレベルを理解したほうがいいよー。」




