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1年生8月:夏の夜

どんな簪ですか、と聞き返そうとしたら、誰かがこちらに駆けてくる音がした。


「騒がれるのは面倒だな。」

海皇と呼ばれた彼は眉をしかめ、

「またジャスの話が聞きたければクララを呼べ。」

海皇と呼ばれた彼はそう言い残すと、止める間もなくクラーケンの頭に乗ったまま海に沈んで消えた。


「ウォール会長、どこですかー。」

男子生徒がエリオスを探してこちらに来る。

エリオスはわたしの手に部屋の鍵を握らせて、魔法を唱えた。


「『光学迷彩プリズムキューブ』。」


キラキラした金属の破片が無数に現れ、わたしを覆い隠すように浮かぶ。

わたしからは半透明のドームの中から外を見ている感じだ。


「光の屈折を使って貴女の姿を一時的に見えなくしています。誰にも気づかれないように、その部屋に隠れていてください。」

「この部屋は。」

「自分の部屋です。いろいろ聞きたいこともありますし、この時間ではもう船で帰ることもできませんから。」

もうすっかり日が暮れて星が輝き始めていた。

最終の船は夜7時、15才の女の子が一人で宿をとれるわけもなく。


「…わかりました。」

「その魔法はもって10分です。誰にもぶつかったりせず、気を付けて歩いてくださいね。」


部屋は5階の角部屋だった。

海に面したオーシャンビューで、出窓を開けると涼しい潮風が胸を満たしてくれる。

「相変わらずすごい星‥。」


村では看病をしながら、星をつないだ物語を母に語っていた。

不思議なお話ね、とよく言われたけど、思い出した今なら星座にまつわる神話だったとわかる。

星占いが大好きで、その延長で神話も好きでたくさん読んでいた。

「わたし、何座だったかなぁ。」

今の誕生日は12月だから射手座?


トントン、と扉が控えめにノックされた。

扉を細く開けると、エリオスが部屋に滑り込んできた。

「灯り、点けていなかったんですか。」

「すみません、バレたらいけないと思って。」

「謝ることではありません。…よくないことをしている自覚はあったのですね。」


口調はいつもどおり丁寧だけど、怒っている気がする…。

エリオスがランプを点けると、研修棟とは思えない豪華な部屋が広がった。

丸テーブルとスツール、ライティングディスク、ベッドはキングサイズだ。

普通のホテルのワンルームのようで、奥にトイレとシャワーもある。


「えーっ、私たちが泊まった部屋を全然違う!」

臨海学校で泊まった部屋はシングルベッド2つでいっぱいいっぱいの広さしかなく、お風呂とトイレはフロア共通のものしかなかった。

「まるでホテルじゃないですか。」

「そうですか? 生徒会の研修で手配された部屋なので。」

エリオスは丸テーブルにトレーを置いて、ソファーに座った。

「お腹すいたでしょう、どうぞ。」

すすめられて、わたしもエリオスの向かいに座る。


木のトレーにはおにぎりが3つと卵焼きがのっていた。


「台所にほとんど食材がなくてこれくらいしか作れませんでしたが、せめて温かいうちにどうぞ。」

「ありがとうございます!」

おにぎり、久しぶりだー!

わたしはおにぎりをひとつ手にとってかぶりつく。

お米が甘くてもちもちして、塩けがちょうどよくて。

厚焼きの卵焼きは出汁がきいていて、深い味わいだった。

あっという間に食べ終わってしまう。


「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです!」

「喜んでいただけたならよかったです。」

エリオスは立ち上がると冷たいお茶をいれてくれた。


「では自分は大浴場にいってきますので、その間にシャワーを使っておいてくださいね。」

「え?」

「海水に濡れたままでは肌や髪が痛みますよ。そうですね、30分ほど空けますから誰か来ても開けないでくださいね。」

エリオスはさっさと荷物から着替えを出して、わたしに部屋の鍵を返させて出ていってしまった。


気を使ってくれたのかな?

これ以上迷惑をかけたくなくて、言われたとおり部屋のシャワーを使わせてもらう。

備え付けのバスタオルを使ったあとで気がつくのも間抜けなんだけど。


「荷物、外に置きっぱなしだ‥。」


クラーケンとのごたごたからそのまま部屋に来てしまったから、松林にバッグを置いたままだった。

せっかく汗を流したのに、また同じ服を着るのはイヤかも。

適当に部屋の中を探すと浴衣のようなものがあった。

使わせてもらおうかな。


ノックの後、鍵を開けてエリオスが部屋に戻ってきた。

「戻りました。変わったことは‥。」

ラフなTシャツと短パン姿で戻ってきたエリオスは、浴衣でソファーに眠りこんでいるアリスを見つけて深いため息をついた。


子爵令嬢という立場をおいといたとしても、男の部屋で無防備に寝るなんて。

ランプの灯りを絞ると、部屋は出窓から差し込む月の光と仄かに揺らめく小さな炎だけ。

エリオスは暗い中でアリスを抱き上げ、ベッドに運んだ。

仰向けで上下する胸元は、浴衣が着崩れて先端が見えそうなくらい開いてしまっている。

下着もつけていない。


「『聖女伝説』か‥。」

アリーナの事件以降、学園上層部は聖女降臨に大騒ぎだ。

さらに先月の臨海学校で『聖域サンクチュアリ』の発動までも確認され、外部に漏れないよう学園長がかなり強引に隠ぺいしたと聞いている。

その当人はなぜか一人でクラーケン相手に大立回り。


あれだけの魔力戦、気づかないほうがどうかしている。


クラーケンの出現にいち早く気づけたのが幸いした。

すぐ駆けつけて『魔障壁マジックウォール』を展開し、研修棟の方向から察知できないようにしたのだけど、まさかクラーケンを倒すまでは予想していなかった。

海皇も出てくるし、魔術師団長との関係も気になる。


『海皇』‥海の魔物を統べるもう一人の『魔王』は、長らく人と平穏に共存している。

先の聖戦のときも海の魔物は人を襲わず、どちらかというと魔王軍に襲われていたときく。

だからアリーナでのクラーケン襲撃は二重に衝撃があったのだが。


「わからないことだらけですね。」


好奇心は猫をも殺す、だったか。


「それもまた一興。」


エリオスは不適に笑うとアリスの上に覆い被さり、その唇にキスを落とした。


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