1年生8月:舞踏会(2)
ディックは今夜の主役なので、また別の娘と踊っている。
祖父はわたしを次々と大人たちに紹介していった。
大人というか、お婿さん候補の父親へ売り込んでいたみたい。
肝心のお婿さん候補さんたちとはなるべく話さないようにと言われて、おじさんばかり相手にして疲れてしまった。
こういう場で男の子と仲良く話していると、悪い噂がたって嫁の貰い手がなくなるからって。
なんだかおばあちゃんたちの時代みたいな話を、祖父は大真面目にふくめてきた。
こういうとき、貴族であることが悲しくなる。
まあなんちゃって貴族なんだけど、この価値観に合わせるのはちょっとツラい。
ひとしきり売り込みが終わったのか、祖父はディックの祖父と葉巻を吸うためにサロンへ行ってしまった。しばらく戻ってこなさそうだ。
ディックの叔父さんが父と同じパーティーだったそうだから、亡き息子たちの思い出話をしているのかもしれない。
「つまんないな‥。」
ホールの隅っこの壁際で思わず本音が漏れてしまった。
貴族の女性たちはただ男性へにこにこと、
『凄いですね。』
『素敵ですね。』
『素晴らしいですね。』
マナーだって、
『男性の少し後ろに立つこと。』
『男性の話はうなずきながら聞くこと。』
『男性をさりげなくサポートすること。』
なし崩しに祖父の家で夏休みに入って2週間、ずっとこんなことを家庭教師に言われてきた。
かなり精神的にくるので、生まれた時からこう言われ続けたご令嬢たちはきっと洗脳されてしまっていて、馬鹿息子たちの無駄な自慢話を穏やかに笑顔で聞き続けることができるんだろう。
ああいけない、考えが刺々しくなっちゃってる。
貴族は貴族、わたしはわたし。
ちょっと疲れてしまってホールから出て休憩したいけど、恋愛イベントがまだ発動していない。
『舞踏会』
社交界デビューしたヒロインを好感度が一番高いキャラがダンスに誘ってくるので、彼の正装スチルを入手できる。
さらにダンスシーンでミニゲーム『リズムダンス』をクリアすると、キャラとの好感度がスコア分アップするボーナスイベントだった。
‥ん?
初めてのダンスはディックに誘われて踊ってしまった。
実はもうイベント消化してしまっている?
ホールを見渡してベリアルとエリオスを探す。
本来のイベントは彼らの二択。
ファンさんは舞踏会に参加する身分じゃないし、ディックは来年4月からの攻略キャラでゲームではまだ出会っていない。
ベリアルはディックと楽しそうに話しているのを見かけたからここに来ている。
エリオスはまだ見ていない。
来ていれば絶対女の子たちに囲まれて気付くと思うんだけど。
「んー、どっちも見当たらないな‥。」
「退屈そうだね?」
目を細めて会場に集中していたら、横から声をかけられた。
「‥こんばんわ、オマールくん。」
クラスメイトのレナード・ダイス・オマールがオレンジジュースのグラスを差し出してくる。
「このような場所は初めてで緊張しているんです。」
「それなら中庭で涼まない? 今夜はとても星が綺麗に見えるよ。」
臨海学校で彼からの告白をお断りした。
できればこの誘いは断りたいけれど。
わたしはご令嬢スイッチを入れてグラスを受け取った。
ホールのテラスから中庭に出る。
丸テーブルと椅子のセットがいくつかあって、他にも休憩している人たちがいた。
空いていたテーブルにレナードと向かい合って座る。
「臨海学校の最終日、溺れた僕たちを助けてくれたでしょう?」
C班とD班が沖へ流されたあのとき聞こえた、アリーナのときと同じ何かの声。
‥みんなを襲った高波の原因は、多分わたしだ。
「また助けられちゃったね。本当にありがとう。」
レナードは感謝の表情で頭を下げる。
彼は真面目な、優しい人だ。
だから普段もキャサリンに振り回されてしまうのだろう。
「いいえ、わたしはお礼を言ってもらえるようなことはしていないわ。」
意識を失ったまま臨海学校が解散になってよかった。
そのまま夏休みになってよかった。
みんなの記憶が楽しい夏休みで上書きされて、溺れたことを忘れてしまってほしい。
「僕ももっと頑張らないとと思ったんだ。マーカーさんのようにみんなを助けられるように。」
違う、みんなを危険にさらしたのはわたし。
「だからこの前の告白は一度忘れてほしい。君が好きな気持ちは変わらないけど、まずは君に相応しい男になってからだ。」
朗らかに決意を語る彼に対して、わたしはどんな表情をしたらいいんだろう。
「わたしも今は魔法を学ぶことを一番に考えています。」
「そうだね、新学期からもよろしくね。」
貴族社会がくだらないとか思うわたしだって、気にしているのは攻略キャラとか恋愛イベントとかばかりで。
ああもう、自分が嫌いになりそうだ。




