プロローグ
戦場というものは地獄だ。
簡素な革の鎧を着た兵士たちが安物の剣や槍を持って、巨大な狼に似た魔物に立ち向かっていく。ゴブリンやオークなどに代表される小鬼たちが倒れた兵士にのしかかり容赦なく止めを刺していく。
後方から魔法や弓で援護をする軍団には、自身たちが放っているモノより強力な魔法が降り注ぎ、阿鼻叫喚の絵図と化している。
だが、数は人間を中心とした連合軍の方が圧倒的に勝っていた。
力は絶対的なまでに人間の方が非力だ。魔族らにしてみれば蟻のような取るに足らない存在だろう。
それでも、蟻はライオンや象すら殺せるのだ。
「はぁ、はぁ……ふぅ……」
そこでは戦場の悲鳴や爆音が遠くに聞こえていた。
戦場の北端に位置するビドゥラム城、魔族国家・シンの主城の最上階の玉座の間には、二人の戦士が相対していた。
白銀の虎を模した軽鎧に身を固め、素人が見ても業物とわかる日本刀を構える青年もしくは少年……だろうか。
一方の魔族は、魔族としても異常なまでの威圧的な力を纏う男だった。傍らには自身の身長ほどはありそうな重厚な剣が地面に刺さっていた。
「どうした? 多くの仲間を犠牲にしてここまできたのだろう?」
「うるせぇな。こちとら、お前みたいに玉座に座って、のんべんだらりと待ってたんじゃないんだよっ」
次の瞬間、右脇に刀を構え、剣士が床を蹴った。
瞬きの間もなく、魔族の男への間合いに入ると、閃光を思わせる凄まじい剣撃を放つ。
しかし、魔族の男はなんなくそれを、地面から抜き放った大剣で振り払い、そのまま剣士に向かって大剣を振り下ろす。
金属と金属がぶつかり合い、激しい火花を咲かせる。
「くっ!」
大剣を刀の刃で滑らせて、なんとか受け切る。だが、それで終わらせない。
更に前へ踏み込み、剣士は魔族の……いや、人間から『魔王』と呼ばれる男の顔面めがけて刀をまっすぐに突きを繰り出す。
「甘いっ」
魔王が刀を拳で弾き飛ばし、巨竜のテイルスイングを想像させる渾身の回し蹴りを剣士の体に叩き込んだ。
「がっ……」
放たれた矢の如く、剣士は玉座の間を構成する支柱に背中から激突し、ずるずると床に倒れ込んだ。
「弱いな。貴様が『トウヤ』という剣士なのだろう? 多くの同胞を殺してきた者と聞いて、期待していたのだが……この程度か」
「…………」
『トウヤ』と呼ばれた剣士は柱を支えに、反論することなく黙って立ち上がる。
弱いのは自分自身が一番理解していた。
本来、ここにいるべきではないということもわかっている。
刀を鞘に納めて、魔王が、最悪の敵が眼前にいるというのに目を閉じた。
「……観念した、というわけではなさそうだ」
呼吸を整える。
心を静かに、そして研ぎ澄ます。
「不動の心を持ちながら、同時に自由で在れ」
『剣禅一致』の一文を自分に言い聞かせるようにトウヤはつぶやく。
ただで退くわけにはいかない。
ここで退いてしまえば、もう魔王を打ち倒す機会はなくなるだろう。
右足を一歩前に滑らせ、やや前傾姿勢になったところでトウヤが目を開ける。
「おもしろい」
魔王が大剣を大きく振りかぶり、限界まで振りかぶったところで止めた。空間が震動し、大剣には赤黒い、禍々しい波動が纏わりついていく。
トウヤにも、魔王の繰り出そうとしているソレは必殺の一撃であることはわかった。
だが、不思議と恐怖はない。
「いくぞ、人間」
「……来い」




