09-試行錯誤
魔塔が不帰と評されている理由は、大きく分けて二つ。
一つは周囲に住まう魔獣に殺されるから。
もう一つは過酷な道程を踏破出来ずに死ぬものがいるから。
「アンタたち二人なら問題はないと思うが、そっちの男はねえ……」
「いやまあ、俺がネックになるのは分かってるけどさ。だから何とかするよ」
暖を取る手段を用意しなければ塔に着く前に凍え死んでしまうだろう。
それと、雪に埋もれながら歩いて行くなど全力でお断りしたい。
暖を取るというよりは寒さを取り込まないようにするのがいいだろう。
その方が現実的だ。
「いくらか見せてもらいたいものがある。いいかな、婆さん?」
「アンタたちはこの集落を救ってくれた。多少のものなら融通できるよ」
断言はしなかった。
まあ、こちらとしてもそれほど多くのものを求めるつもりはない。
ちょっと考えたことがあったので、試してみたかっただけのことだ。
婆さんから倉庫の場所を教えてもらい、そこに向かう。
ゴツゴツした岩の床は歩き辛く、途中で何度も転びそうになった。
ここで暮らしている女性たちもそうなのだろう、あまり立ち上がらない。
一様に俯き、何事かに耐えているかのようでもある。
「女性だけを残して男を狩り尽くすなんて、どういうつもりなんだろうな」
「生体強化手術を行わなければ、基本的に女性は男性に身体能力で劣ります。
それに、ほとんどの生物では単一生殖を行うことは出来ませんからね。
数世代を経て人間という種を滅ぼそうとしているのかもしれません……
何とも遠大な計画ですが」
そう、計画というには何ともずさんな気がする。
天候を丸ごと操るような無茶苦茶な力を持っているならすぐに殺せるだろう。
むしろ、何らかの悪意が介在しているような気がする。
人を苦しめようとする、大きすぎる悪意が。
まあ、そんなことを考えるのは後でもいい。
それよりも気になるのは使えるものがあるか。
俺の想像を具体化する手はあるか。
それだけだ、それだけでいい。
倉庫には燃料タンクがいくつか、武器弾薬。保存食が中心の食料。
緊急時に使うのであろう、薪木が片隅に追いやられている。
俺は薪木に近付いた。
「……うん、太さも申し分ない。
お、着火剤代わりかな、藁草もあるじゃないか。
これなら……よし、ちょっとやってみるとするか」
木はそれなりによくしなる。
申し分ない、俺はいくつかそれを持ち出した。
「オーリ、それでどうするつもりなんですか?」
「靴を作る。靴の上から履く靴、っていうのかな」
もしかしたら名前があるのかもしれないが、俺には分からない。
どこかでスペースを借りて作業しよう、と思い俺は辺りを見回した。
と、そこで俺は洞窟の片隅で膝を抱えて座る少女を見つけた。
「あんな小さな子も、ここに追いやられてしまったんだな……」
「どいつもこいつも、のべつまくなしさ。
まったく、慈悲も何もあったもんじゃあない」
いつの間にか婆さんが俺たちの後ろにいた。
気配を殺せるのか、この婆さんは。
「あたしたちの村以外も、どうなっているかは分からないからね」
「滅ぼされている村も他にあるかもしれない、っていうことですか……」
「生きているだけ儲けものかも知れないけどね。
あの子の前じゃあとても言えん」
婆さんは一度天を仰ぎ、そしてため息を吐きながら首を振った。
「あの子は目の前で自分の親が細切れになるのを見ちまったんだからね」
いたたまれない、とても。
そしてそれはシオンにとっても同じことだろう。
彼女は自分の手を胸の前に置き、ギュッと強く握り締めた。
自分にあったことを思い出しているのだろう。
「それはともかく……本当に心当たりはないのですか、お婆さん?」
空気が読めていないのか、それとも読んでいないのか、フィズはいつも通りだ。
婆さんはやや面喰いながらも、彼女の質問にしっかりと答えた。
「残念ながら、そんな暇な勇者がいるとも思えないんだよねえ」
「何でもいいのです。対策を立てられるかもしれませんからね」
ズイ、とフィズは身を乗り出した。
やり過ぎだ、とも思うが止めることも出来ない。
婆さんは考え込み、やがて小さなことを思い出した。
「そう言えば、周りの村から回状が回っていた気がするね。
魔獣の討伐依頼だったか、確かそんなのがね。
アタシらにゃ関係ないことだから、無視していたがね」
「つまり、それに勇者が名乗りを上げる可能性もあったということですか?」
「まあ、なかったとは言わないが……いまは確かめる術もない」
「そうですね、その通りです。ありがとうございました、お婆さん」
最後にフィズは頭を下げた。
そのタイミングで俺はどこか使える場所ないか聞いた。
かつて氷窟として使っていた場所は空いている、と言われた。
どうにもこのところ、俺は冷たい地の底に縁があるらしかった。
「婆さんに無理なこと言ってんじゃねえって、フィズ」
「何か手掛かりがないかと思ったのですが……」
「先走ってんな。何か気になることでもあるのか、お前?」
こんな姿を一度見たことがある。
オークシャーマンを目の前にした時だったと思う。
「お前の懸念は、上層の連中と何か関係があるのか?」
「そうではありません、ただ……」
結局答えなかった。
彼女の中でも、言語化し切れていないのかもしれない。
「考えがまとまったら言ってくれ。
それまで、結構時間はあるだろうからな」
氷窟は広々としていて、何も物がないから寒々としていた。
氷はない、辺りが白い雪と氷に囲まれていれば欲しいとも思わないだろう。
おかげで作業に集中出来そうだ。
「全身全霊を振り絞って、振り落とされないようにするだけで精一杯だしな」
その場に座り込み、作業を始める。
作るのだ、靴に履く靴を。
沈まないようにする手を。




