↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
39/52

08-機械の体

 目が覚めてもまだ雪が吹いていた。


「吹雪が晴れるタイミングは分からない。

 休んで体力を温存しておけ」


 吹雪。

 なるほど、この唸る風と吹き付ける雪の恐ろしさを端的に表した名前だ。

 銃の整備も荷物の点検も終わっている、やるべきことはない。


 膝を抱えて目を閉じる。

 時たま、俺はアルフォンソさんを見た。

 大きな背中は黙して語らない。


 どれくらいの間そうしていただろう。

 いつの間にか吹雪は晴れ、洞窟の入り口からは温かな光が差した。

 ようやくこの穴倉から出られるのか。


「行こう。そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」

「オーリ。オーリ・セイラムです」

「そうか。行こう、オーリ」


 アルフォンソさんは自分の重そうな荷物を持って先行した。


 俺も後に続く。

 洞窟から出ると、また一面の銀世界が広がっていた。

 つい数時間前までは物珍しく、面白く見えたのにいまは憎々しい。

 都合のいい人間だな、と内心で苦笑した。


「集落へ行こう。お前も匿ってくれるだろうからな」

「匿う、って。まるでいまも襲われているみたいな言い方ですね?」

「そうだ。27階層の魔獣被害は、未だに収まっていないのだからな」


 脅威は未だに去っていないらしい。

 あれほどの破壊をもたらせる魔獣とは、いったい何者だろう。

 オークか、あるいはもっと別の種族か。いずれにしろ油断は出来ない。


 二人して黙々と雪を掻き分けながら、平原を進んで行く。

 ほとんど地面と崖の境界が分からないのに、アルフォンソさん離れたものだ。

 一切迷うことも、逡巡することもない。


「ハァッ、ハァッ……」


 一方、俺は息を切らし必死に続いた。

 これまでの疲労と負傷のせいか、目がチカチカする。

 あるいは、雪を掻き分け進むのに体力を消耗しているからか。


「大丈夫か、オーリ」

「だ、大丈夫っす……! 問題ない、さっさと行きましょう」


 ただでさえ助けてもらったのにこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。

 それにしても、面倒なのは足をすっぽり覆うような雪だ。

 埋まらずにいられれば、もっと素早く動くことが出来るのに。

 どうすればいい、どうにかならないか。


 知らず知らず俯き気味になっていたので、慌てて視線を上げた。

 と、アルフォンソさんはいつの間にか止まっていた。

 彼の視線の先には、雪のドームがある。


(村で見たのと似たような……まさか、あの下にも人間が……)


 身震いしたが、そうではなかった。

 雪のドームが内側から爆ぜ、大量の雪煙が舞い上げられた。

 衝撃波がこちらまで伝わってくるような、凄まじいパワー。


 ドームの中から出て来たのは、分厚い毛皮で全身を覆った四足歩行の獣だった。

 爛々と光る血走った眼、粘度の高い涎を垂れ流し続ける口元。

 更に下顎からは人間の足ほどの太さと長さを持つ牙が生えている。

 あんなもので突かれれば、命はない。


「アルフォンソさん、逃げましょう……!」

「この距離では逃げられん、下がっていろ」


 四足歩行の化け物は恐るべき力で地を蹴り、一足飛びに向かってきた。

 化け物の圧力を、離れていても感じる。

 跳ね飛ばされれば、命はない。死が眼前に迫る。


 その死に、アルフォンソさんは真っ向から挑みかかって行った。


「なっ……! ダメだ、アルフォンソさん!」


 角を突き出し突進してくる怪物。

 アルフォンソさんは両足でしっかりと踏ん張り、両手で角を受け止めた。

 抵抗出来るはずがない、一瞬にして腕が千切れ、ぶちかまされるだけだ。


 そう思ったが、しかし、彼は角を受け止め切った。


「……!」


 足元の地面が爆ぜた。

 雪の間から白銀色に輝く両足が見えた。


 全身からモーター音が響く。

 共鳴する音、それが彼に力を与えたのだろうか。

 アルフォンソさんは徐々に化け物を押し返し始めていた。

 困惑したように化け物は一鳴きした。


 渾身の力を込め、アルフォンソさんは掴んだ角を捻った。

 化け物の四本脚が地面から浮き、雪の大地に叩きつけられた。

 アルフォンソさんは拳を振り上げ、ほぼ垂直に振り下ろした。

 拳を叩き込まれ、化け物の頭が果実のように爆ぜる。


「初めは両腕を事故で失った。

 そしてそれを代替するためにサイバーアームを着けた」


 化け物の頭を弾き飛ばした姿勢のまま、アルフォンソさんは言った。

 まるでその姿は、化け物に対して祈っているようでもあった。


「次に、内蔵に致命的な傷を負った。

 その時は胴体を換装し事なきを得た。

 右足を凍傷で、左足をトロッコ事故で失いサイバーレッグを取り付けた。

 最後にはこの頭も……」


 もはや何も言えなかった。

 アルフォンソさんの全身は、もはや人間のそれではない。


「私は全身をサイバーパーツで換装した。

 だが私は……もはや人間なのであろうか?」


 タルタロスで生きるということは、かくも過酷なことなのか。

 もし、俺の全身がああなったのならば……


 果たして、俺は俺でいられるのだろうか?


「すぐ下が村だ。ここから降りて行けば、助けを借りられるだろう」

「アルフォンソさん、あなたも一緒に……」

「私はいけない、あそこに行く資格などありはしないのだ」


 彼は踵を返し、元来た道を引き返そうとした。

 どこか、その背中は寂しげだった。


「あの村を滅ぼしたのは、私なのだから」


 彼が、あの村を滅ぼした?

 どういう意味だ、あの惨状を作り出したのは……


 その背中を引き留めることは出来なかった。

 彼の影はどんどん小さくなり、やがて点のようになり、消えた。

 途方に暮れる、俺はいったいどうすればいいのだ?


「……二人と合流しないと。あいつら、どうしてるかな……」


 二人は無事でいるのだろうか?

 俺のように襲われたのだろうか?


 あの異様な風、自然のものとは思えない。

 この階層には何か、俺の想像を超えたものが潜んでいるのではないだろうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。