06-一夜明けて
優勢に立っていたオークは浮足立ち、人間たちは勢い付いた。
無敵のシャーマンを失ったオークたちはあっけなく戦線を崩壊させる。
ここが勝負とばかりに、エルフたちは路地裏から飛び出し敵を追い立てる。
銃火と剣が閃き、怪物たちを外の世界へ追放した。
「オーリさん、しっかりして下さい! オーリさん!」
シオンが涙ながらに駆け寄って来る。
先ほどまでとは、雰囲気が違った。
「ヘッ……なんて顔してるんだ、シオン。俺は、全然問題……ゲホッ」
カッコつけようとしたが、咽た。
「どうして、こんな風になるまで……!」
「こんな風にならねえと、何も出来ないからな。俺は」
やっとのことで立ち上がる。
俺がたっぷりと休んでいる間に、戦況は決したようであった。
オークたちは追い立てられ、三々五々に撤退を開始した。
背後から攻め、どれだけ削ることが出来るだろうか。
それが勝負の分かれ目だろう。
ドォン、と大きく低い音がして門が閉じた。
と言うことは、市街地からオークを駆逐出来たということだ。
奴らは冷たい川を泳いで対岸まで渡らなければいけなくなるだろう。
「無理無茶無謀。道理が空気を読んでくればければ死んでいたのです」
一団の中からフィズが顔を出し、毒づいた。
その表情はやや柔らかかったが。
「へっ、道理ってのは案外臆病なもんなんだな」
「バカ。まったく、幸運だけで生き残っているような奴が偉そうに」
今度は鼻で笑われた。
素直に褒めてくれる時はいつ来るのだろう?
ひとしきり俺をからかった後、フィズはシオンに目を向けた。
「ようやく戦う決心が、剣を振るう決心がついたようですね」
「よく、分かりません。あの時は、無我夢中で剣を振るいましたから」
シオンは剣を鞘に戻し、自分の手を見た。
自分がしたことが、まるで信じられないようだ。
そして戦うことを拒んでいた彼女にとって、それは……
「ありがとう、シオン。本当に、助かった」
戦いは、力は、シオンにとっては呪いだ。
だからこそ、肯定してあげたかった。
自分自身にさえ顧みられない力を持つ少女のことを。
シオンは虚を突かれたように真顔になった。
そして、ぎこちなくだが――笑った。
「いい加減体力の限界だ。さっさと帰って、さっさと寝かせてもらうぞ」
「大丈夫、誰もあなたのことなんて気にしていませんから」
「嬉しいね。思う存分惰眠をむさぼれるってことじゃねえか」
ぐっすり寝よう。
そう思ったが出来なかった。ベッドに入る直前で俺は気絶した。
※
全身打撲に肩甲骨骨折、擦過傷多数。
それでも前の怪我よりはマシだ、と言い聞かせて部屋を出る。
相変わらず教会の治療と言うのはすごいもので、すぐに全快した。
オークたちの襲撃から数日。
数で勝るはずのオークたちは、フェルデンの町を侵略できなかった。
シャーマンを失い、優位性を失ってしまったことが要因の一つだろう。
隣町のフォルサスから勇者の増援が現れたことも大きい。
いずれにしろ、町は守られた。
オークたちは撤退し、以後姿を見せていない。
(我ながらあんな危険なところにいて、よく生き残ったもんだな)
リハビリがてら散歩をして、噴水の近くに腰を下ろす。
あんなことがあったのに不思議なもので、人々はいまもそれを楽しんでいる。
辛いことも、苦しいことも、生きていればいろいろあるだろう。
だがそれに囚われていては幸せになんてなれはしない。
受け入れること、あるいは諦めること。
結局のところ人生に必要なのは折り合いをつけることだ。
自分の心に、自分の行動に、一定の歯止めを作っておくことだ。
(ま、バカな生き方してる俺が言うセリフじゃないか)
露店で買ってきたサンドイッチをぱくつき、噴水の奏でる調べに耳を傾ける。
そこかしこから聞こえてくるのは子供たちの笑い声。
大人たちの困ったような声。
穏やかな話声。
平和だ。
これを守るために力を貸せたことに悔いはない。
「なーにカッコつけて黄昏てるんです、オーリ」
毒のある声だ。
まったく、いい気分が台無しじゃないか。
「お前こそわざわざ暇だな、俺に声をかけて来るなんて」
「相棒が寂しそうにしているので構ってやっただけなのです」
言いよるわ、こいつ。
「それで、もう動いて大丈夫なのですか? オーリ」
「骨折したところ以外は問題ない。たまに息を吸うと痛いくらいだ」
「なら長距離の遠征はやめておいた方がいいですね」
タルタロス踏破がまた一歩遠ざかったわけだ。
まあいい、どうせ元から果てしなく遠くに見えていた目標なのだ。
ほんの数メートル奥にずれたくらいで騒ぐことはない。
「警備隊長さんが寝てる時に来てましたよ。
あの防具、あなたに譲るそうです」
「ありがたいけど、帝国の備品じゃないのか? いいの?」
「ほんの少し、ずれるくらいよくあることらしいですから」
フィズは笑って言ったが、隊長さんは相当無理を通したのではないだろうか?
どうして俺のためにそんなことをしてくれるのだろうか?
「あなたには夢を見せてもらいたいんですって」
「夢?」
「ただの人間がタルタロスを踏破する、という夢。
私が『どうして旅をするんですか?』と問われて答えてしまいました」
別にその程度のことはいい。
それにしても、夢か。
「タルタロスを踏破する、ってのはみんなの夢だからな」
「そして生身の人間がそれを成し遂げるというのは、力なき人の夢です」
そんな御大層なものを背負わされるのはたまらない。
砕けて折れてしまいそうだ。
だが、その重みが少しだけ心地いい。
いままで背負ったことのないものだった。
「諦めないよ、俺は。一歩一歩、先に進んで行くさ」
「それでこそなのです、オーリ。諦めの悪さがあなた唯一の取り柄です」
「もっといいところあるだろ。ああ、それからシオンは……」
あの後、彼女はどうなったのだろう?
聞こうとした時、声を掛けられた。
「オーリさん! 出て行ったって聞いて、探しに来ましたよ……!」
シオンの声だった。
前に聞いた時よりも、はっきりとした声。
「まだ病み上がりなんですから、こんな長距離を歩いちゃダメです!」
「いや、その、リハビリも兼ねてるし。それに怪我の程度はそんなに……」
「怪我がすぐに治る体じゃないんだからダメです!」
有無を言わせぬ口調だ。
シャーマンとの戦いで一皮むけたということか?
「オイオイオイ、いきなりしゃしゃり出て来てなんなのですかあなたは?」
フィズは面白くなさそうな顔をしている。
「あっ……ごめんなさい、その、無我夢中で……」
「いや、いいよ。心配してくれてるのは分かったから」
それにしても、彼女はどうして俺のところなんかに来たんだろう?
「あのっ、目が覚めたら、どうしても言いたいことがあって」
「俺に? 別にそんな、何も……」
俺がシオンにしたことなんて何もない。
もしかしたら細かい恨みは持たれているかも知れないが。
それにしても、彼女が必死になって追いかけて来るなんて……
「あなたの旅に、御同行させていただけないでしょうか!?」
なんと?




