06-死闘の結末
シャーマンを守る水の盾はない。
懐から二挺の拳銃を取り出し、オークに向ける。
「くたばれやぁっ!」
これで殺せる!
そう思ったが、しかしシャーマンは口をすぼめた。
「プッ!」
そして何かを――そう、水を吐き出した。
水の弾丸が左肩を抉り、右の銃を弾いた。
「なっ……!?」
「まさか、ここまで追い詰められることになるとはな」
シャーマンがえずいた。
口から大量に吐き出される、水。
彼の体から水が出て来るにつれて、膨れていた体が段々と縮まっていく。
盾が再構成された時には、シャーマンはスラリとした痩躯に変わっていた。
「私の体の一部であるリッキドジュエルを潰すとは見事だ……だが!」
シャーマンの水、リキッドジュエルが震えた。
そしていくつもの刃が伸びて来た。
刃は周囲を囲んでいた兵士たちを次々切り刻む。
ギリギリのところで転がって避け、攻撃を繰り出した。
だが発砲音だけが空しく響く。すべて止められた。
「私の体には緊急用のジュエルをため込んでおくスペースがある……!」
警備兵たちは撤退していく。
シャーマンを止められなかった時にはそうする決まりになっていた。
俺も逃げようとしたが、しかし伸びて来た水の大蛇に足を絡め取られた。
引き摺り倒され、顔面から石畳に落ちる。
立ち上がる暇すらもなく持ち上げられた。
天地が逆さまになり、凄まじい慣性が全身を襲う。
何と言う力、そう思ったら唐突に浮遊感を受けた。
投げ飛ばされたのだと気付くのに、それなりの時間を要した。
住居二階の壁に叩きつけられ、また落ちた。
(クソ、楽しんでやがる……)
圧倒的パワー。殺そうと思えばすぐ殺せる。
そのはずなのに殺さない。
あるいは、助けを期待しているのかもしれない。
そうすればもっと多くの人間を殺せるだろうか。
立ち上がろうとするが、力が萎えてしまう。
二度も堅い床に叩きつけられれば、こうもなろう。
近付いて来てくれればナイフを突き立てるなり手はあるが、そうはならない。
慎重に距離を取って、俺を確実に殺そうとしてくる。
壁に手を突き立ち上がった時、シャーマンはつまらなそうに息を吐いた。
どうやら俺を助けに来る奴がいないのが不満らしい。悪いな人望がなくて。
双頭の大蛇が襲い掛かって来る、俺に避ける術などない。
どうすれば生き残れるか、考えるが――
「オーリさん、危ない!」
押し倒された。
大蛇は空を切り、住居の壁面に激突。
巨大なクレーターを作り出した。
それを見てシャーマンは醜く笑う。
「シオン……!? まだ、逃げてなかったのかよ。さっさと」
「逃げましょう、あなたも!」
シオンは俺を引き起こそうとした。
だがそれよりも、シャーマンの動きが早い。
「薄汚れた小僧より、お前の方が人質としての価値が高そうだ!」
大蛇が軌道を変え、シオンを捕まえようとする。
叫び、逃げるよう促すが、遅い。
大蛇がシオンを捉える。
苦し気な悲鳴。
用済みになった俺は殺される――
だがそうはならなかった。
シオンは優雅な背面跳びで振り払われた大蛇をかわした。
「――?」
シャーマンは間抜け面でそれをみた。
完全にとらえたと、そう思い込んでいたからだろう。
だがそれだけには留まらない。
水の大蛇は半ばから両断され、遠心力に従い吹き飛び、壁に叩きつけられた。
シャーマンの顔が驚愕に歪む。
「これはッ……小娘、貴様が!?」
中腰姿勢で地面に降り立ったシオンの手には、いつの間にか剣が握られていた。
上体をほとんど上げず、シオンは地を蹴った。さながら獣のようだ。
シャーマンは大蛇を引き戻し防戦に転じるが、しかしシオンを捉えられない。
振り払われた大蛇の一撃一撃を、シオンは紙一重のタイミングでかわす。
完全に敵を翻弄している。
(水の防壁を破壊する攻撃力と、水の攻撃を掻い潜る機動力。
それがなければお話にすらならないのです)
フィズは無理だと断じた。
不可能だと判断した。
だがすべてのカギは目の前にあった。
(ったく、ここまで出来るんなら……最初からやってくれっての)
俺は壁に背を預け、息を吐いた。
もはやこの段において俺に出来ることなどない。
シャーマンは目の前にいる相手が被捕食者ではないのだと気付いた。
だから勝利を手にするために、大蛇を他の方向へと向けた。
人質を得るために。
だが、それはシオンへの攻撃を弱めることを意味する。
それは最大の下策、シャーマンの死因と言っても相違ない。
たった一匹になった大蛇に、シオンを止められる道理はなかった。
彼女は舞うような優雅さで剣を振るい、大蛇を17の部位に分割する。
弾けた水はやがて一つになり、蘇る。
だが、それはいまではない。
「剣士ィッ、少しでも動けばこいつを――」
シオンが全身のばねを使って踏み込んだのと、人質を掴んだのは同時だった。
その瞬間、シオンはこの世界のありとあらゆる場所から『消えた』。
不可知の存在と化した彼女を捉えられたものなど、いるはずはない。
切られた当人であろうとも。
言葉を最後まで紡ぐことは出来なかった。
いつの間にか、シオンはシャーマンの背後でしゃがみ込んでいた。
彼女が再び現れたのと同時に、シャーマンの両腕が切り落とされた。
水が制御を失い、地面に零れ落ちた。
「そんな、バカな。私は、選ばれし、オークの覇者なのだぞ……!?」
油の切れたブリキ人形めいて、ぎこちなく振り返るシャーマン。
彼は最期、迫り来る白刃を見たのかもしれない。
あまりにも美しい死を。
即座にシオンは反転、シャーマンの頭部を切り落とした。
鮮血が辺りに舞い上がる、だがそれはシオンを決して汚さない。
彼女は一跳びで流血の半径から逃れたのだ。
ドサリ。
肉の詰まった袋が地面に落ちる。
オークたちのどよめきが、人々の呆然とした呟きが。
その瞬間、ぴたりと止まった。




