05-次なる戦いへ
決まる時は決まるが、決まらないときは全滅する。
エルフの戦法はそういうものだと思っていた。
だが以外にも無傷のメンバーが半分いた。
死亡者12名、重傷者15名、軽症者3名。
60人の大部隊が一気に、半分になったとも言えるが。
「ワシらは後詰めのモンじゃ。半分が前に出て、疲れたら後ろに下がる。
あとの半分が下がった分を引き継いで、疲れたらまた下がる。
こうすりゃ永遠に戦える」
非常に効率的な理論だ。
全滅の危険性を下げられるのも大きいだろう。
「早う、町に戻らないかん。
罠を仕掛けたということは必ず本命がある」
「エルフの戦士を町から引き剥がし、その間に襲撃すると?」
「ワシらを狙っていたかどうかは知らん。
だが戦力を分断する狙いはあるだろうな。
可及的速やかに、ワシらは体勢を立て直し戻らにゃならん」
各所ではエルフたちが負傷の状態、武具の点検を行っている。
視覚を失っても、手足の自由が利かなくなっても、彼らは戦い続ける。
いったいどこからその執念が湧いてくる。
(四肢を失っても、俺は戦うことが出来るのか?)
失った四肢を補強する技術があると聞いたことがある。
もしそうだとしても、俺は恐ろしくてたまらない。
自分の体が何か分からない、別のものに置き換えられてしまうなど。
「そういえば……シオンはどうしたんですか?」
「長老を弔っとる。嫌な言い方だが、いい薬になったんではないかな」
どうだろう。
あの死に様を見て、シオンは態度を硬化させたように思える。
「夜明け前に出発する。お前らもしっかり休んでおくんだぞ」
「分かりました。しっかり休憩は取るんですね」
「当たり前だ。それに順調に進めば夜に着く。
敵がいりゃあ、夜襲を仕掛けられるわ」
凄まじい戦いへの執念、苦笑するしかない。
俺はシオンを探し、湖畔へ向かった。
ここの風景は変わらない、凄惨な死があった直後でも。死臭が漂い、未だ千切れた肉片や皮膚だったものが転がっているが、やがてそれらも消えるだろう。それが自然だ。湖の縁で、シオンは膝を抱えて座っていた。いつかのように。
「まだこんなところにいたのか。いい加減、危ないんじゃないのか?」
「誰かが私を殺しに来るなら……きっと、それもいいと思います」
振り返りすらしない。
悲観的な物言いだが、いまいち説得力が感じられない。
「死にたいって言いながら、キミは死ねないでいるな。
死にたくないんだろう?」
「自分から死にたい人間なんて、いません。
でも、しょうがないじゃないですか」
シオンは愚図った。
「人の心を失った人間は、人間と言えるんでしょうか?」
「爺さんたちのことを言っているのか?」
「他者を殺すことを楽しむような、そんな人には……私は」
「他人を批判しているのはいい気分ですか?」
予想もしていなかったが、割って入るものがいた。
慌てて振り返ると、そこにはフィズがいた。
機嫌が悪そうだ、一口かじったリンゴを乱暴に投げ捨てる。
「シオン・アマツキ。あなたはいったい何がしたいんですか?」
「戦いたくなんてない……戦いたくなんてありません」
「それを彼らの前で、一度でも口にしたことがあるんですか?」
そう言えば聞いたことがない。
「あなたは一番簡単な立場にいる。
他人を否定し、自分を肯定するだけの立場に。
そんな人間がいるから、この世界は――」
「落ち着け、フィズ。八つ当たりなんてお前らしくないな」
キッ、とフィズが俺を睨んで来た。
「何が分かる、とかいうなよ。
俺が何を考えてるか分かる程度にはお前のことも分かる」
「八つ当たり? そんな下らないことを、私が……」
「八つ当たりはともかく、キレてることに違いはないだろ」
そして、それをぶつける相手がいないことに苛立っている。
果たしてそれが、自爆を止められなかった自分なのか。
それともあんな悪辣な罠を仕掛けた奴らに対してなのか。
それは分からない。
「ここでキレても事態は進展しないぞ」
「分かっていますよ、そんなことは!」
分かっていることにも声を荒らげなければいけないくらい、いまのフィズは追い詰められている。これまでどんな事態にも冷静に対処してきた彼女が、ここまで狼狽えるのを見るのは初めてだ。
(もしかして、これをやった奴をフィズは知っているのか……?)
可能性はある。
だからここまで苛立っている――相手の存在を予見出来なかった自分に。
それなら、そいつは上層から来た敵ということになるのか?
(上層の化け物がこっちに来たとなると……ヤバいんじゃないか?)
スタルトでの一件は防いだが、まだ魔獣の計画は進行しているのだろうか?
人間の帝国を両面から圧迫するという、フィズから聞いた作戦。
その出所はどこからだ?
もしかしたら、その敵こそその計画の立案者なのではないか?
(いろいろ考えは巡るが、肝心なところは聞いてみないと分からねえな)
そして、答えてはくれないだろう。
毒気を抜かれたのだろうか、フィズは踵を返した。
「……あなたに構っている暇などないのです。町に戻らなければいけませんから」
「そうだな。お前やみんなの読み通りなら、こっちはただの陽動だもんな」
俺の言葉に反応はしなかった。
が、数歩進んで止まり、
「あなたが何を考えようとも、文句は言いません。
でも戦う人を否定しないでください」
「それは……」
「必死で戦っているんです、みんな。
動機は人それぞれ、あなたの言うように楽しんでいる人もいるでしょう。
でも……そんな人でも、誰かを救うことは出来るのです」
力を振るうきっかけを問わず、その結果救われる人間もいる。
その過程に疑問を持つシオンにとっては乱暴な話かもしれない。
だが、結局彼女は反論しなかった。
フィズの姿が消える。
森の中には、ただ静寂だけが残った。
(どっちも正しいし、どっちも間違ってる。結局は立場の違いだよな……)
そして立場が違えば、もう片方を許容することは出来なくなるのだ。
この期に及んで、俺が気の利いたことなど言えるはずはない。
シオンは俯き、膝を抱えたまま。
何を考えているのかは分からない、もしかしたら考えていないのかもしれない。
胎児のようにうずくまり、事が過ぎるのを待っているようでもあった。
何か言えたらよかった。
結局俺はその場を後にし、眠ることしか出来なかった。




