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紅の誓い  作者: 弌祈
第一章
2/17

■□■□二話□■□■



 後に聞いたが、ルフェには凄まじい魔法の才能があったらしい。それこそ、極めれば大魔法使いと呼ばれ歴史に名を残すほどの。そして召喚の際に触媒として使ったルフェの血は強すぎたらしい。結果、今の実力に見合わない上位の召喚獣を召喚してしまった。半年では充分な過程を学ぶことも、知識もないので実際不可能に近いらしいが、ルフェは限りなく0に近い可能性をかきあつめ、使役に成功した。もし使役に失敗していれば私はルフェを庇ったときに背中を火傷するだけではすまなかっただろう。

 馬車でルフェを迎えに来ていた男の人は魔導協会の人みたいで。ルフェの才能を早々に見抜き、魔法使いを育成する魔法学校に勧誘していたらしい。

 そこで、学校に行く前に召喚術を教える、ということを条件に学校へ行くことを決断したようだ。

 ルフェの待っていて、という言葉の意味を、怪我がなおりきる前、ルフェが魔法学校に行くとき、私はようやく理解することができた。魔法学校は王都にあり、気軽に帰ってこれる距離でもない。結果、帰省ができるのは夏と冬の長期休暇のみなのだ。



 だが、私は甘く見ていたようだ。二年、ルフェは戻らず、音沙汰もなかった。一ヶ月に一度、手紙をしたためているが一通も返事が返ってこない。心配はしたが、忙しい日々に流され、何かをすることはなかった。手紙にお守りや、冬なら防寒具、ルフェが好んだ食べ物を添えるくらいだ。

 冬のはじめ、ルフェから手紙が来た。中をみると「一旦帰る」と一行だけ書かれていた。その二週間後にルフェが帰ってきた。


「おかえり」


 迎えた私をルフェは無言で見つめた。二年見ないうちに、ルフェはすっかり大きくなった。少年と青年の間の、危うさ。赤い宝石は切れ長の目におさまり、黒い髪は僅かに伸ばされている。名工がその命と共に削った彫刻と見紛う美しい人となっていた。


「格好よくなったね、見違えた」


 守ってあげたくなるような、弱々しいルフェはいなくなっていた。


「イルシェは」言葉を探すような沈黙のあと、ルフェは優しく目を細めて、あやすように言う。「昔と変わらないな」


 やや低くなった声。うーん、ルフェと比べると、まだ子供っぽいかもしれない。髪を伸ばしたりしてるんだけどな。

 せっかく帰ってきたんだから、一緒にでかけようよ。そういう話になったが、ルフェが帰った翌日からここの地域では珍しい豪雪に見舞われた。ろくに外に出られなくなってしまい、私は外に出られなくて退屈している子供達の相手をしていた。ルフェは近づくだけで子供達に号泣され、与えられた部屋の中で大人しく過ごす、そういう日が何日も続いた。


 ある夜、私はルフェの部屋を訪ねた。

 扉を開けたルフェは私を中にいれてくれる。


「どうした?」

「会いに来たんだけど」

 机の上に積まれた大量の書物と、白い紙に書きなぐった魔法陣を見て私は考えた。

「お邪魔だったかしら?」

「いや」


 一言そういって、ルフェはソファーを勧めてくれた。ルフェも隣に座る。自分から座ったのに、なぜか居心地悪そうにしていた。けれどそこからはなれることはしない。

 私は手に持っていた赤いマフラーをルフェの首に巻いた。不思議そうな顔をするルフェに、私は笑いかける。


「プレゼント。ルフェの瞳の色、好きだから同じ色であんだの」


 口許をマフラーに埋めて、ルフェが小さく何か呟いた。よく聞こえなかったので、どうしたの?と聞くと、「勿体無いからつかってやる」と。私はおかしくて笑ってしまった。「寒がりなくせに」


 小さく笑っている私を、酷く穏やかな目でルフェが見つめていた。和やかな空気だった。


「なぁ」

「ん?」

「二年前の約束、覚えているか」

「待っていてくれっていうの?」

「そうだ」

「勿論だよ」


 ルフェが私の頬をそっと撫でる。触れた掌は硬い皮膚に覆われていた。まるで農夫か、兵士のような手だと思った。


「ずっと、待ってるよ。ここで」


 そっと、ルフェが私を抱き締める。私は肉親にするように、ルフェを抱き締め返した。


「三日後、戻る」

「そう……」


 いきなりだと思ったが、話すタイミングが見つけられなかったのだろう。私はルフェを見上げる。間近に私の好きな赤い瞳があった。


「元気でね。手紙、書くから」

「あぁ」

「次の長期休暇には、帰ってくる?」

「分からない」

「そう。手紙、返事が来るの楽しみにしてるから」

「……善処する」

「本当? ふふ、楽しみにしてるからね」


 とりとめのない話をして、その夜は終わった。会話らしい会話をしたのはこの夜だけで。

 三日後、ルフェは魔法学校に戻っていった。




◆◆◆◆ 2 ◆◆◆◆



「お客様をお連れしました」


 控えめなノックの後に、来客を告げる声。その後に扉が静かに開かれた。

 その男は、いまだ窓の外を見つめる私の傍に寄ってきて。手を伸ばせば触れるか触れないかの距離で立ち止まる。客人を振り返る。そこにいたのは、白銀の髪を束ねた、美しい男。白い肌、尖った耳がこの男が森の民だと示している。


「はじめまして、イルシェ。私はザルエスという。ルフェとは魔法学校からの付き合いがある」


 長命なエルフほど人形のようだと聞いたことがある。この人もそうなのだろう、懐かしむ風でもなく、ただ淡々と、事務的に言葉を連ねる。


「ルフェには個人的に興味があってね。何度か里に来ないかと誘ったものだ」


 私は俯いてしまう。


「だが、あいつはそれを良しとしなかった。自分を認めてくれた男と、変わらず寄り添ってくれる女のために」


 知っている。


「だがルフェは、死んだ」


………………。


「魔王と刺し違えたようだ。お互いに大魔法を撃ってな」


 あまりに淡々と語られる事実。


「魔王と勇者……、ルフェが戦っていた場所には大穴が空いていた。現在そこは超級の魔行使によって悪質な魔粒子が溢れ、不毛の地となっている。数百年は誰も、何も踏みいることができんだろう。……ルフェの遺体は、欠片も見つからなかった」


 悪夢よりも残酷だなんて知らなかった。

 本当に、あの頃の、優しい想い出を遺してくれた世界と同じなのだろうか。この、世界は。現実は。



「……そう」


 口から出た言葉は、素っ気ないものだった。

 考えていなかったわけではないけど、起こることはないと、信じていた。だって、他人の口から語られるあの人の話は、私にとって遠い世界の話だったから。

 連絡はしてこないけど、元気にしているのだと。

 昔とは違うのに、きっとそうだと勝手に思い込んでいた。


「ルフェは舌が鋭いやつだったが、君の話をするときは穏やかだった。本当に同じ人間かと疑うほどにな」


 私はザルエスを見上げる。


「ルフェは、あなたの前ではどんな人でしたか?」

「無愛想な男だった。あいつは偏見の対象だったが、逞しい奴だったよ。やられたら数倍にして返していた」

「まぁ…。ルフェは、何か大きな怪我をしませんでしたか?」

「あぁ」

「よかった」


 ほう、と吐息が漏れる。


「君は」「ルフェは」


 同時に紡がれる言葉。続けられるのは私の声だった。


「私には、優しかったのです。小さい頃、一緒に本を広げていたあの頃が懐かしい。ルフェは始め、私に召喚獣を見せようと魔法の道に進んだのですよ。召喚獣を見てみたいと言う、こどもの他愛もない、そんな言葉を叶えようとしてくれて。何をしているのか、内緒といって笑うあの子は、とても綺麗だった」

「貴方に喜んで欲しいから、ルフェは投げ出さなかったのだろうな」

「そう、思いますか?」

「あぁ。何故ならルフェは、貴方のために生きていたのだから」

「……」

「そして、貴方のために勇者になった」

 いや、違うかな、とザルエスは言葉を転がす。


「貴方のせいで、というべきか」

 胸を貫くその言葉に、

「その通りですわ」と、私は静かに頷いた。





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