◆◇◆八話◆◇◆
「魔物と人の合の子……」
にわかに信じがたい話だが、目の前に実際に存在するのだ。
「そう。でもね、人と魔物が交尾してできた訳じゃないよ。人も魔物もそれぞれ因子っていうのがあるんだって。俺はそれを混ぜてできたんだよ」
「良くわからん」
「そうだよね。まぁ、研究所の中を見れば分かると思うよ。もう夜更けだし、寝ようよ」
ツエイクはごろんと勢いをつけて横になる。私は周囲を見渡して、結界がはられているのを確認するとツエイクの横で寝そべった。
「背中いたくない?」
「慣れている」
「あのさ」
「なんだ?」
「イエルって、人間?」
「あぁ」
「幻影の中で見た感じ? 一回寝言で呼んでたよ。大事な人だったんだね」
「む……」
「え?違うの?」
「分からない。イエルのことを思い出すとき、大抵は馬鹿なことをしていたり、何気ないことが多かったりする。もっと、過去を懐かしむのに相応しいような、そんな思い出もあるのにな」
「全部大事なんでしょ? 何気ないことも忘れられないくらい」
「そう、だな」
「…………恋人だったの?」
「何故そうなる」
「だって、イエルって男でしょ? ザルエスは精霊だから性別はないだろうけど、綺麗だから」
「どちらかというと私は雄だ」
「そうかぁ……」
お互いに沈黙するが、話は終わりという雰囲気ではなかった。ツエイクからまだなにかを聞きたさそうな感じをよんで、星空を眺めながら待った。
__ここにイエルがいたとしたら、イエルは星を繋げて遊んだり、どの星が一番輝いているかとかいいながらはしゃいでいただろう。
ツエイクはどう感じているのだろう。魔物と人の合の子は。少し話しただけだが、成りは人そのものだ。けれど感じる気配は魔物と人のもの、半々。とても奇妙なものだ。もし目覚めたとき、ミスリルが手元にあれば有無を言わさず穴だらけにしていただろう。それほどまでに隠しようがない。けれどこうして隣り合って横になり、言葉を交わしている。何故私はこうも柔軟になっているのか、自分が自分で不思議だ。
イエルに、ヴェルデに、ルフェに出会い、様々な人に出会ったゆえだろうか。
触れあってみなければ分からないとは良くいうが、半分とはいえ魔物と関わることになろうとは……。何が起こるか分からないものだ。
ややあってから、ツエイクがぽつりぽつりと言葉を溢す。
「イエルとザルエスは別として。人と聖霊がさ、互いに恋する物語ってあるじゃない」
「そうだな」
「ザルエスは、イエルが死ぬとき悲しくなかった?」
「悲しい……」
「そう。もう二度と会えないでしょ?」
「二度と会えないから悲しい、と思ったことはない、な」
あいつが物言わぬ骸となったときのことを思い出す。いつかこうなるだろうと思っていたから衝撃は少なかった。
「むなしい、とは、思ったな」
「そう……」
「けれど、イエルは私の中でまだ生きている。もう死んでしまったが、あいつがここにいたら、あいつならこういうだろうと、まるで傍らにいるかのように、自然と思う」
「へぇ。イエルはザルエスが友達で幸せだね」
「それなら、嬉しいな」
「もし、もしもだよ?生き返らせることが、また生きて会えることができるとしたら、その方法があるとしたら、ザルエスはどうする?」
「…………そういった話は、得意ではないのだが」
「聖霊と人の恋は物語でしかありえないけど、全くないってことじゃないでしょ?」
「………………私は雄でイエルも雄だ」
「分かってるけどちょっと考えてみて」
「面倒だ」
「え~」
「お前の話したいことは決まっているだろう? 何故もったいぶる。話してすっきりしろ」
「だって、ザルエスがそうじゃなかったらつまらない話だろうし」
「つまらない話でも聞いてやる」
「……ありがと」
小さくぽつりとツエイクが言う。
「チェンジリングはさ、人と聖霊だけど、お互い特別な存在じゃない。もしその特別が、愛だとしたら。半身として生きてきたのに、ある日片方がいなくなったら、その絶望ってどれほどのものなんだろうね?」
「私はチェンジリングでないから分からないが大抵の聖霊は天から与えられた時間以上は求めない」
「何にだって例外はあるよ?」
「そうだな……。だが天の采配を、命在るものが覆すことはできない。大輪の花がいずれ枯れるように出会いと別れは必然だ。それを歪めようとするのは、愛ではなく、エゴだろう」
「エゴから産まれたものは、幸せになれないかな」
「結果は結果だ。歪んでいたとしても、本人が幸せならそれは幸せなんだろう。まわりが決めることではない」
「ザルエスはイエルとか、ルフェを守るためなら何を敵にしても平気?」
「あぁ」
「へへ、精霊なのに魔境に来るくらいだもんね。そっか、大切なもののために動くのは、精霊も人もかわりないか……」
「そっかそっか」とツエイクは噛み締めるように納得する。
「もう寝ようっていったのに付き合わせてごめんね」
「構わない。すっきりしたか」
「うん、ありがと。おやすみ」
「おやすみ」
久々に誰かとこんなに長く会話をしたな……。
ヴェルデとルフェは元気だろうか。風の聖霊がいたら、様子を見に行ってもらうのにな……。
星を見上げながら思う。思ったのは、ルフェと、あったことのないルフェの思い人のことだ。
思い人がいる限りルフェは人の国から離れない。思い人が望む場所で、幸せにするを望んでいる。
けれどルフェの幸せは、そこにしかないのか?
…………野暮なことを考えてしまったな。幸せとは、他人が決めることではないとさっきツエイクに言ったばかりなのに。ルフェが望んでいる幸せを叶えてやりたいと思うのが、友としては当たり前だろうに。考えを打ち消すように私は目を閉じ、眠りについた。