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紅の誓い  作者: 弌祈
第二章
14/17

◆◇◆七話◆◇◆



 イエルは変わった奴だった。人間と価値観の違う聖霊が言うのだから人間から見れば相当変わっていたのだろう……、「自分に見える世界が、信じるものが本当に正しいものかどうか知りたい」と、折よく話していた。

 なぜ、そのようなことを気にするのか私にはわからなかった。真も何も、この世界は時の流れによって成り立っている。時が流れなくば命の巡りはそこで終わるのだ。信じるとは、正しいとはなんだ? 時代によって正義とは変わってくる。お前がいいと思えばそれでよくないか? 人とは、そうだろう?


「それではあまりに儚すぎる。なぁ、ザルエス。巡るということは、繋いでいくと言うことだろう?そのなかで変わらないものもあるさ、人の世にも」

 それを証明してみよう、ザルエス。

 いたずらを思い付いたような顔でイエルは笑った。


  ◆◇◆◇


「……」

 離れたところで火が踊っている。

(ずいぶん懐かしい夢を見たものだ)

 恐らく幻影の檻に閉じ込められた余韻だろう。我ながら随分人に感化されたものだ……。起き上がろうとして、体に力が入らないことに気がつく。そういえば、私はいつ火を起こし、体を横たえた……?


「誰か……?」

「おっと、起きた?」


 存外近くから声が聞こえた。横向きになっていた体を仰向けにすると、こちらを覗きこむ艶やかな碧の瞳と出会う。

 褐色の肌に流れるのは雲のように柔らかな白髪。肩から溢れた長い髪が目の前に揺らめく。上半身は何も纏っていない。年頃の男子にしては華奢というか、貧相な体を晒していた。けれど夜闇のなか、踊る火に照らされたその体は思わず見つめてしまう艶を帯びている。


 にこりと人懐っこく笑ったそいつは上機嫌のまま話し出す。

「荷物は預からせてもらってる。捨てたりしてないから安心してよ。俺はツエイク。あんたと話がしたいんだ」

「………………」

「幻影の檻に嵌まってたの、覚えてる? あのあと檻を砕いて脱出したはいいけど、体力がつきて倒れたあんたを拾ってここまで連れてきたんだ」

「話……」

「そう、話がしたいんだ」

「その前に、聞きたいことがあるんだが」

「なぁに?」

「どこからつけていた」

「えへ、もしかして数日間つけてたのバレてた?」

「幻影の檻の件を知るなら、その前後からつけられていたのではないのかと考えただけだ。数日間というがその間お前の存在に気がつかなかったな。こういうのもなんだが、もっと早い段階で助けるなり接触するなりすればよかったろう」

「だってあんた、ミスリル操るのうまいんだもん。あんな小さいの、目で追えないし。おっかなくて近寄れないよ」

「なるほど」

 なんとか力をいれて起き上がろうとする私の肩をツエイクは軽く抑え、上から見下ろす。

「話、聞いてくれる?」

 油断なくこちらを見つめる碧の瞳にうつるエルフは頷いた。

「その前に、もう一つ聞きたいことが」

「だぁめ。あんたの聞きたいこと先に聞いてあげたんだから、今度は俺の話聞いてよ。次聞くから」

「む。分かった」

 起き上がるのを手伝って貰い、横に腰かける。

「白湯のむ?」

「貰おう」

「ちなみに名前は?」

「ザルエス」

 火の上で沸かしている白湯を簡単に削った木のコップに注いだものを受けとる。自分も同じものを手にしてツエイクは口を開いた。


「そんじゃザルエス。どうしてここに?」

「長くなるぞ?」

「いいよ」

「うむ……」

「あ~。単に説明するのがめんどくさいだけだろ~」

「そんなことはない」

「うそ。ちゃんと聞くから話してよ。わかんなかったら聞くから」

「なんで知りたがる」

「だって、聖霊がこんな魔境に来るなんてよっぽどだろ? 魔境になったここを捜査するなら無理を押して聖霊のあんたが来なくていいじゃん」

 そのまま私はツエイクに事情を話す。魔王が現れた事、魔王が魔物を従えていること、それが信じられないこと、助けたい友がいること、フェリーザに魔王のことをしりたいなら北の在る場所へ行けと言われたこと、


「フェリーザって、チェンジリングの?」

「知り合いか?」

「俺が知ってるだけ」

 思わぬ繋がりがあったものだ。そういえばフェリーザは己の相方を迎えに行くために旅に出ていたときがあったか。


「そっか、納得。あんたはルフェって友達を助けたいから、できる限り穏便にことを静めたいんだね。そのために魔王の正体を探っていて、ヒントをフェリーザから貰って、ここまで来たと」

「そうだ」

「なんでフェリーザがヒントを知っているか気にならなかったの?」

「言いたくないようだから聞かなかった」

「だからわざわざ自分の目で見に来たの?効率的じゃないね」

「言いたくないとごねる子供を説得する方が効率的ではないと判断しただけだ」

「あぁ。あんた、そういうの苦手そうだもんね」

「うむ」

「例えば、フェリーザが魔王の知り合いだとしても?だから魔王のことを知っているのだとしても?」

「知り合いだとして、なんなのだ? 側にいないのだ、どうしようもないだろう。側にいたとして、影響はしても変えることは難しいだろうに」

「………………」

「お前もまさか、そうして責任の所在を求めるとは思わなかった。好奇心のある生き物の気質とは移り変わる季節のようなものだ。明日雨が降るかどうか予想できてもその通りにならないことの方が多いだろう。何故御せると思う? 何故思い通りにならないと気がすまない? 失敗することや、どうすることもできないことの方が多いだろうに」

「それも、そうだね」

 ツエイクは苦笑する。

「成したとしても、次へ次へと目移りするのにね。好奇心って楽しい分ほんと残酷だよね。責任なんていちいち考えていないか……」

 足を伸ばして爪先を遊ばせながら火を見つめる青年を眺める。視線に気がついた青年が私に微笑んだ。


「あんたから見て、俺はどう見える?」

 ___呼吸する様子、微かな感情の機微を表す眉、笑ったり呆れたり、時々ぞっとするような冷たさを孕む、豊かな表情は「………………人に、見える」


「ありがと。嬉しいよ」

「お前は、なんなんだ?」

「詳しいことは明日、フェリーザが行けって言ってた研究所に行ってから説明するけどさ」

「研究所?」

「そ。俺はさ、元は人間なんだけど、半分、魔物なんだ」


 そういったツエイクは複雑そうな笑みを浮かべた。



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