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紅の誓い  作者: 弌祈
第二章
13/17

◆◇◆六話◆◇◆


 そうして北の地を奥へ奥へと進んでいくと、村が遠くに見えた来た。けれど人がいないだろうことはすぐに分かった。


「………………酷い死臭だ」

 風にのって運ばれてくる穢れに体が震える。精霊にこれは、堪える…。

 続く荒野と照りつく日差しのせいで腐敗はずっと早いだろう。ねばつくような濃い怨嗟も漂っている。まったく厄介なものだな、人の恨み辛みとは。死してなおこうまで強烈だとは……。


 そろそろゆっくり休める場所を見つけたいものだな。強烈な思念は時として思わぬ打撃を与えて「ザルエス」

 聞こえた声に私は思わず嘆息した。

 ヴェルデのものではない、ルフェのものでもない、この声は、久しく聞いていない、あいつの声だった。


 なぜ気がつかなかったのだろう……、まわりは霧に包まれていた。その先に、あいつが立っている。

(声も姿も、もう忘れたと思っていたのだがな……)

 ここは《亡者》が生者を閉じ込め惑わす《幻影の檻》だ。恐らく、あの村の住人が何人かアンデットとなっており、私をここに閉じ込めたのだろう。《幻影の檻》に閉じ込められたものは、こうやって心に強く影響を与える幻影を見せられ、誘き寄せられたところで魂を抜かれ体を奪われるのだ。

 私は憮然と、あの頃の、あやつが王となる前、共にあるのが当然であった頃のあいつの幻影を睨んだ。


「まさか、亡者共が私を誘き寄せるために見せる幻影が、お前とは……」

「なに言ってるんだ?」

「…………仕草も声も、本当にあの頃のままだな」

 幻影とは分かっているが、これに誘き寄せられる人間の気持ちが良くわかる。


 不思議そうに首をかしげたあいつは、そのまま困ったように笑う。


「また、へそを曲げているのか? どうしたら機嫌を直してくれる?」

「…………」

「あぁ、ザルエス。ばあちゃんがアップルパイを焼いてくれたんだよ。お前、好きだろ? 俺の分もやるから機嫌なおせよ」

「………………」

「ほら、行こう」


 柔らかく微笑んで手をさしだすあいつの幻影にミスリルの鏃をぶつける。術で操って何度貫いても、幻影は消えない。


「まったく、厄介なものにつかまった……」

 自分の不甲斐なさに落ち込む。思わず私は幻影に話しかけた。


「お前は、本当に酷い奴だ。死んでもなお、こうやって、幻影になっても私に付き纏うのか」

「俺達友達だろ?」

「そうだな、人間と精霊の間に友情が成立するなんてな……。私はすっかりお前にほだされてしまった。イエル、お陰で私は、また新たな友に出会えたよ」

「ザルエス」

「新しい友が困っているんだ。行かせてくれ」

「…………ザルエス。ばあちゃんがアップルパイを「《弾けよ》」


 イエルの幻影が弾ける。途端、どろりと粘体のように崩れるそれから私は離れるために駆け出した。霧の中からなにかが近づいてくる。横目で確認してみれば肉の溶けた腐乱死体や、スケルトン、《亡者》の群れであった。漂う濃い障気にくらりと目眩がする。体が嫌悪感に震える……エルフと亡者は相性が悪いのだ。生命の輪廻から外れた動く亡者は木を弱らせ腐らせる。

 これならフェリーザがあのようにごねたのもわかる……、一言いってくれれば良かったのに。いや、精霊の寄り付かない魔境となっているのならこの情況は当たり前か……、

 近づいてくる亡者から逃げ続けることはいつまでもできない。亡者を全員浄化できればいいのだが、生憎祈祷術は使えない。この幻影の檻の《切れ目》を見つけ、そこを突いてこの檻を破壊するしかない。のだが、私は幻影を見破ることは出来ても打ち砕くのはとんと素人だった。


「ザルエス……」

 イエルに化けていた粘体がどろりと追ってくる。正直視界にいれたくないのだがちらりと見やれば、粘体の奥に幻影の切れ目を見つけた。亡者どもとそう離れているわけではないが、やるしかない……、私は弓を取りだし、切れ目に矢を放つ! 繊細なガラス細工が砕けるような音がして、深い霧の幻影は晴れ照りつく日差しが降り注ぐ。直射日光を浴びて、亡者の動きが幾分鈍る。私はその隙にと、その場から離れるのを第一に駆け出した。





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