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店の扉が、控え目にノックされる。もしかして2人目のお客様きたか!? と思い大慌てで歯磨きをしてボサボサの髪を整えてよれよれの服を着替え、扉を開けると、立っていたのはなんとティファニー家の4人。
え……な、何でリーゼルとジェイコブまで? 扉を開けかけた状態で固まる俺の顔の前で、ヒラヒラと手を振るリーゼル。無表情で、感情が読めない。
はっとして、慌てて4人を中に入れる。しかし、椅子の数が足りない。椅子は俺が座る用を合わせて3つしかないのだ。結果、アロイスがジェイコブを抱いて立ち、ステラさん、リーゼル、俺の3人が椅子に腰掛けた。
ステラさんが穏やかに微笑み、ジェイコブを腕に抱いて壁に寄りかかるアロイスに視線を向けた。それから、ゆっくりと俺に向かって頭を下げた。
「ギンタさん、アロイスをずっと探してくれていたんですね。ありがとうございます。私……信じていてよかった、本当によかった……!」
「いやっ、そんな……。俺は感謝されることなんて何も……」
そうだ。俺は何もしていない、仮の父親を演じただけにすぎない。そしてそれは、リーゼルの心にまた傷を作ってしまったのかもしれない。父親が帰ってきたと思っていたらそれは顔がそっくりなただの他人だったなんて、俺でも驚く。
リーゼルが、杖を片手にゆっくりと椅子から立ち上がる。ステラさんが支えようとするのを手でとめて、自力で立ち上がった。そして、破顔した。
「お父さんはお父さんだよ、ギンタさん。あたしとジェイコブ……お母さんだって、皆あなたに救われた。あたしね、眠ってる時に聞こえたのよ。ジェイコブがおとーさん帰ってきたよって言うのが。だから起きなくちゃって思ったの。ギンタさんは偽物なんかじゃない、一時でも、あたしたちの父親になってくれた……。ありがとう」
「リーゼル……」
鼻の奥がツンとするのを感じた。年をとると、涙もろくなって仕方がない。
リーゼルのリハビリを一緒にした日々とか、ジェイコブとキャッチボールした時とか、失敗した料理をまずいまずい言いながらも完食してくれたステラさん、リーゼル、ジェイコブの3人とか。
ティファニー家で過ごした日々を思い出し、涙がこぼれた。俺は……一時でもジェイコブとリーゼルの父親になれたのか?
ジェイコブが、キャッキャと笑う。そして、アロイスの腕の中から俺に向かって小さな手を伸ばした。
「おとーさん、またキャッチボールしてね」
その言葉に、すぐにうなずくことはできなかった。何せ本当の父親であるアロイスがもういるのだし、ジェイコブは幼いからまだよく状況が理解できていないのかもしれない。しかし、リーゼルが笑って俺のわき腹をつついた。
「してあげなよ。お父さん、キャッチボール下手くそなんだ。ギンタさんのほうがやっててジェイコブも楽しかったんだよ」
「リーゼル、失礼だな。俺だってキャッチボールぐらい……」
「無理ねぇ。あなた、仕事以外不器用な人だもの」
「ステラまで!」
家族のやり取りに、俺は笑えてきた。涙を拭い、ジェイコブの小さな手を握り約束する。
「お父さんじゃないけど、キャッチボールなら付き合うからな」
「はいはい! あたしのリハビリも!」
「リーゼル~」
「あなた、情けない声出さないの。どうせまた仕事に行くのだから、子どもたちの相手できないでしょう?」
どうやらアロイスは、完全に奥さんと子どもたちの尻に敷かれているようだ。ステラさんとリーゼルは流石、強い。ジェイコブは天然かな? 苦笑いを浮かべて、「わかったよ、リーゼル」と返事をする。
「大体、いつまでも若作りしてるからギンタさんと間違えられたりするのよ」
「仕方ないなぁ……」
ステラさんの言葉に、アロイスがふぅ、と息を吐き出すと、みるみるうちに顔が変化していく。やがて、そこにはあごひげを生やしたダンディな40代ぐらいの男が立っていた。
黒かった髪の毛は茶色混じりで、おじさまオーラが出ている。うっすら残った面影に、その男がアロイス……いや、アロイスさんだとわかる。
ま、魔法で若返らせていたのか……。てっきり同じ年だと思っていたが、あれは魔法で作られた若いころのアロイスさんの顔だったのか。
ポカン、と間抜けに口を開く。ステラさんが苦笑いで頬に手をあてた。
「ビックリしたでしょう? この人ったら、リーゼルがお父さんは若い時のほうがカッコいいねなんて言ったはかりにこんなことしちゃって……」
結局、契約は昨日でおしまいと言うことで、代金を支払ってもらいジェイコブとはキャッチボールを、リーゼルとはリハビリの約束をしてティファニー家の4人は帰った。
1人店に残された俺は、涙を堪えるのに必死だった。温かいティファニー家。その中に、俺と言う存在が少しでも受け入れられたことが、嬉しかった。
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いかんせん、暇で暇で仕方がない。これではいかん。稼いだ金もつきかけている。
あれからティファニー家との交流ができ、ジェイコブは走り回れるぐらいしっかりしてきたし、リーゼルも杖なしでも歩けるようになった。アロイスさんは、また騎士として魔物退治に勤しんでいる。たまに仕事のせいで家族との時間がとれないと嘆くアロイスさんを慰めるのは、俺の役目。
何度か食事も誘ってもらったが、いつまでも好意に甘えるわけにはいかない。次のお客様がくることを切に願う日々だ。
魔物退治と性の相手以外なら何でもする。だから誰か俺に仕事をくれ。いや、ください。
王都、リーゼンハルデンの表通りから外れた裏路地にて、今日も『レンタルおっさん』営業中。
だいぶ日にちが開いてしまいましたが、これにて「異世界で、レンタルおっさん始めました」は完結です。
お付き合い頂き、ありがとうございました!




