第一章 第八話
「――他の生存者は、どこにいる」
射抜くような眼差しで、九羅は僧達を見据える。彼女が放つ、仄かな苛立ちが漂うその気迫は、妙順には耐え難いものだったのか、途端に彼は視線を外し、妙弦の影に身を潜めるように後退った。
一方、妙弦はというと、表情こそ固く強張ったが、負けじと視線は逸らさず、ぶっきらぼうな笑みを浮かべ虚勢を装い「……さあ」と投げやりに惚けた。見上げた往生際の悪さに、ある意味を感心しつつも、それとは裏腹に、九羅の眉間の皺が一層深くなる。
その表情に怯えを隠すためか、将又、挑発のつもりか。唇を震わせながらもニタリと不気味に口角を上げ、妙弦は言い切る。
「我々以外の生存者に、心当たりなどありません」
その断言に言葉を継ぐことなく、九羅は妙弦の気が変わるのを待つように、黙って彼を見据え続けた。
「……そうだろう? 妙順」
するとその言葉を合図に、鬼気迫る表情をした妙順が、九羅の死角に回り込み、彼女の脳天目掛けて脇台に置かれていた燭台を大きく振り翳した。
作られた必死の形相……だが乱れた呼吸で一か八かに攻撃を仕掛けるその様は、殺す覚悟ができていない人間によく見られるそれそのもの。迷いある殺気を前にして、取り乱すわけもなし。九羅は冷静に、錫杖の尖端を妙順の眼前に、静かに突き付けた。
「ッ!」
僅かにでも動けば左目を失う、瞬時に計算し尽くされた寸止め。
その偉業を前にして、石化の如く、妙順の動きはピタリと止まった。
「……先のように、鏡人に襲われても構わないと?」
錫杖を妙順に突き付けたまま、九羅は妙弦に問う。
襲撃の失敗に動揺したのか、ここで初めて妙弦は視線を落とした。多量の汗を額に滲ませ、苦渋の表情を浮かべる妙弦。悔しさと同時に、何かに追い詰められているとも取れるような切羽詰まった眼差しを、下から突き上げるように差し向ける。
「言うも言わぬも、行く末は同じだ……!」
恐怖、畏怖、絶望、覚悟……様々な負の感情が混ざり、柵に縛られた人間がよく言う言葉。命の危機に瀕した状況で、助かるためではなく、秘密を守るために命を捨てる覚悟を決める人間ほど、崩すのに面倒なものはない。
「これは、一筋縄では行かなさそうで」
ため息混じりに、九羅はそう言葉を溢した。
しかしここで、意外な人物の鶴の一声により、思わぬ転機がもたらされることになる。
——「拙僧が、教えよう」
そう申し出たのは、住職の日照。
これまで鏡人や呼人などの九羅の話に耳を貸せど、どこか他人事のように静観し、話に参加してこなかった。
だが、妙弦や妙順が自身の命を掛けてまで口を閉ざそうとした何かを、住職は意図も簡単に手放した。そのあまりの呆気なさに、妙弦も妙順も、面を食らったように開いた口が塞がらない。
「住職……、今、なんと……?」
妙弦の呼び掛けに、日照は応じず、一瞥すら寄越さない。
「何を、無責任な、ことを……そもそも、貴方様があの時弁えていれば、あのような噂が立つこともなく、長い年月を掛けて、誤魔化してきたというのに!」
狼狽から、段々と妙弦の表情には憎しみが込められ、次第にその感情は抑えきれぬほどに増幅し、堰を切ったように止めどなく、妙弦はずっと内に殺し続けていたことを日照にぶつけた。
妙弦から浴びせられる言葉に、日照は瞳を閉じ、真摯に耳を傾けるのみ。だが、その受け止めた言葉に対して、日照はただの一言も返さない。否定もしなければ肯定もしない。その態度がさらに妙弦の烈火の如き感情に油を注ぎ、ひどい剣幕で日照に言の刃を向け続けた。
「全部アンタが招いた結果だ。逃さないからな! 逃げる権利なんてあるものか!!」
するとその時――
「!」
妙弦の足下から、無数の水の手が飛沫上がった。
「また来よった!」
清二の時のように、床が水の溜まり場となり、いくつもの手が妙弦の頭を取り押さえ、彼の身柄を水溜りの中へと終いにかかる。
「妙弦様!」
即座に九羅が釘を投げるも、釘は水によって弾き飛ばされ、結界を展開できない。
「くっ!」
その状況に、九羅がやや苦しそうな表情を浮かべる。
清二の時のように床に直に釘を刺し、真言を唱えるが、結果が展開される前に、水たまり自体が生き物のように釘をすいすいと避けていく。
その間、あっという間に妙弦の身柄はスルスルと底なしの水の中へと呑み込まれ、「助けて」と叫びを上げ切らぬまま、跡形も残すことなく、水と共に存在を消した。
「妙弦様!!」
「お前の釘、効かんようなっちょるじゃねぇか! 副住職、あっちゅう間に持って行かれて」
「依代がこちらに近付いている。彼の力では、釘での時間稼ぎはそう長くは持たない」
日照の顔をじっと見据え、九羅は告げる。
「何を、盗んだ」
「……」
「この寺が隠す秘密の中に、禁域を犯した想いがあるはず」
九羅の問い詰めに、住職は瞳を閉じ、静かに一呼吸置いた後、ある真実を静かに述べた。
「……この寺には、もう一人、生存者がいる」




