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江東の蛇 ――碧眼の独裁者・孫権記――  作者: 武陵隠者
第五章:炎上の果て、残された焦土

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第五節:独裁者の椅子

 人間という生き物は、肉体が完全に崩壊へと向かう直前、脳髄の奥底に溜め込まれた過去の幻想と死への恐怖を混ぜ合わせ、見るに耐えない狂躁の花火を打ち上げることがある。


 病床の周瑜が死の直前に孫権へと叩きつけた「天下二分の計」——すなわち、蜀(益州)を強奪し、馬超と同盟を結んで曹操と天下を二分するという雄大な構想——は、後世の講釈師どもが好むような壮大な浪漫などでは断じてなかった。それは、崩壊を目前にした肉の器が、己の存在理由を証明せんとして上げた、惨めな絶叫に過ぎない。


「我が君……! 蜀を取るのです! 益州を手に入れ、馬超と結び、しかる後に曹操を呑み込む……! これこそが、呉が生き残る唯一の道……!」


 周瑜の口腔からは、すでに死臭と化膿した組織の腐敗臭が濃密に漂っていた。

 彼が言葉を発するたび、乾ききった舌と唇の隙間から、血と膿の混じった不快な粘液の飛沫が周囲に飛び散る。その眼球は落ち窪み、白眼部分は高熱によって黄色く濁っていたが、瞳孔だけは異常なまでの執念で爛々とギラついていた。


 彼の脳内では、かつて亡き孫策とともに白馬を並べ、若さと美貌と圧倒的な武力で江東を駆け抜けた「黄金時代」の残像が、明滅を繰り返していたはずだ。自分はまだ終わっていない。自分はこの国家の最高司令官であり、天下の形勢を左右する美周郎なのだ——という、肉体の現実から目を背けるための必死の自己欺瞞。


 その狂躁が生み出したのが、遠く四川の山奥へ遠征するという、現状の呉の兵力と糧秣の補給を完全に無視した妄想的軍事計画であった。


 孫権は、その使い古された道具の最期のあがきを、ただ静かに見下ろしていた。


 周瑜が激しい咳とともに血の塊を畳へ吐き出し、痙攣する手で孫権の衣の裾を掴もうとする。その爪の間に溜まった黒ずんだ垢と脂を、孫権は極めて冷ややかに観察していた。

 周瑜の血で汚れた衣の端を、まるで無価値な塵が付着したかのように無感情に見下ろすと、ただ指先で静かにそれを払い落とした。


 孫権の脳髄に浮かんでいたのは、感動でも哀悼でもない。ただの冷めた無感触であった。


 かつて呉という巨大な連なりの最も精密で強力な軸であった男が、今や狂いを生じさせ、油の切れたまま摩擦音を立てて自壊している。

 「天下二分」などという甘美な言葉は、国家の経営計画などではなく、壊れた仕掛けが最期に発する、ただの無意味な雑音に過ぎない。蜀へ進軍したところで、補給線は伸びきり、その隙を突いて劉備という粘菌が背後から呉の肉体を蝕むだけだ。そんな算盤すら弾けなくなった周瑜は、すでに統治の道具としては死を迎えている。


「公瑾殿、息が乱れている。その構想は深く胸に刻んだ。あとのことは案ずるな」


 孫権は平然とした声でそう囁き、周瑜の血塗られた手から静かに身を引いた。


 周瑜の濁った瞳に、絶望と恐怖が走る。

 自分が命を削って紡ぎ出した「遺言」が、目の前の若き主君にとって、ただの廃棄予定の紙片として処理されたことを、その崩壊しかけた本能で悟ったのだろう。


 周瑜は何かを言おうと顎をガタガタと震わせたが、もはや言葉にはならず、喉の奥からゴロブツと濁った体液の音を立てるだけであった。孫権は一礼すら払わず、静かにその病室をあとにした。背後で途絶えかけた古い肉の荒い呼吸音だけが、虚しく湿った空気に溶けていった。


 周瑜の死を告げる不吉な報せが届くのは、もはや時間の問題であった。


 夜のとばりが下りた京口の楼閣で、孫権は一人、黒く濁った長江の流れを見下ろしていた。湿った夜風が頬を撫でていくが、そこに冷たさや心地よさを感じる感受性すら、彼の内面からは削ぎ落とされつつあった。


 かつての孫権であれば、この闇の中で震えていただろう。


 父・孫堅が討ち死にを遂げた報せを聞いたとき、十代の少年だった彼は嘔吐し、胃液と涙で顔をグショグショに濡らした。兄・孫策が刺客の刃に倒れ、血の泡を吹いて逝った夜は、そのあまりの恐怖と圧迫感に内臓を絞られるような思いを味わい、己の無力さを呪って床にしがみついた。赤壁の前夜には、老臣たちの主戦論と和親論のはざまで胆汁を吐くほどの葛藤に苛まれ、半ばヤケクソで卓の角を剣で叩き切ることでしか、己の「恐怖」を押し殺す術を知らなかった。


 だが、今の孫権はどうだ。


 実の妹・尚香が、五十を超えた老いた泥の染み(劉備)に抱かれ、その生殖欲の生贄となっている夜を想像しても、彼の胸に一滴の波紋すら広がらない。呉という国家の「不沈の守護者」であり、兄の遺した完璧な芸術品であった周瑜が、病床で膿と血を撒き散らしながら息絶えようとしていても、彼の体温は一度たりとも上がらなかった。


 孫権は静かに右手を挙げ、自らの左胸の皮膚の上から指先を押し当てた。


 肋骨の奥で、無機質な打撃音が響いている。


 トックン、トックン、トックン。


 規則正しい、完璧な毎分六十拍。


 かつて父や兄の死に乱れ、恐怖で暴走し、葛藤で脈打っていた「人間の心臓」は、そこには存在しなかった。いま彼の胸の中で動いているのは、血液という名の冷えた液体を巡らせるためだけに作られた、ただの「肉のポンプ」である。


(……ああ、終わったのだ)


 孫権は、内面で小さく呟いた。


 感情という名の、余計で不経済な脂肪組織。他者への同情、血族への執着、恐怖、葛藤、そして愛。それらの「人間らしい雑味」は、赤壁の炎の中で、そして妹を売り渡し、周瑜を損切りするプロセスの中で、綺麗さっぱり焼却され、摘出されていた。


 彼の脳髄は、不要な情に惑わされることなく、ただ完全な損益計算と、国家という巨大な連なりを存続させるための純粋な「冷徹な数理」へと不可逆的に書き換えられていたのである。


 悲しみによって落とす涙の管は干からび、怒りによって沸き立つ血液の動揺は止まった。

 胸の奥に広がっているのは、果てしない虚無ではなく、隙間なく組み上げられた棺の内部のような、冷ややかで快適な静寂であった。


 長江の黒い水面が、月光を反射してヌラヌラと光っている。

 孫権はただ、自分の脈拍の規則正しい振動を感じながら、これから処理すべき帳簿の数値と、国家の駒の最適配置を、どこまでも淡々と試算し続けていた。


 拝謁はいえつの間に鎮座する孫権の視界には、無数の「肉体」が平伏していた。


 後世の温厚な史家や講釈師どもは、この光景を「臣下の意見に耳を傾け、寛大な心で人材を愛した若き名君」などと美化して語りたがる。だが、今の孫権の網膜に映っていたのは、血の通った人間たちの忠義の姿などでは断じてなかった。


 彼らに固有の顔や名前、人生など存在しない。そこにあるのは、特定の役目と役割をあてがわれた、動く肉の道具群であった。


 最前列で眉間みけんに深いシワを刻み、儒教的な道徳観と古臭い法規をクドクドと唱え続けている張昭——あの男は、動きこそ重いが狂いの生じぬ「硬直した古い算盤」である。新奇な構想を出せば即座に拒絶の音を立てるが、領内の年貢の集計や法的な手続きを処理させる分には、これほど頑丈で壊れにくい道具もない。


 その隣で汗を拭いながら、劉備陣営との折衝案を必死に弁明している魯粛——あの男は「不格好な緩衝材スプリング」だ。諸葛亮という言の詐術と、呉の内部の主戦論という二つの激しい衝撃を、その無駄に肥満した肉体で受け止め、両者の摩擦熱で国家が発火するのを防ぐためだけに配置された流体部品である。


 さらにその背後に控える若手武将や文官ども——陸遜や顧雍ら——は、いずれ前述の老朽化した道具が刃こぼれを起こして役に立たなくなった際、スムーズに差し替えるための「予備の駒」に過ぎない。


「我が君、されば荊州の貸与につきましては、いま一度重臣らと熟議を……」


 張昭のガラガラ声が、木張りの床に反射して響く。それに追和して、群臣たちがガタガタと膝を揺らし、衣擦れの音を立てる。


 孫権の耳には、それらの言葉が「意味を持った人間の音声」としては届いていなかった。


 カタカタ、ゴトゴト、ギチギチ。


 それは、巨大な仕掛けの内部で、油を滑らせながら無数の歯車や軸が噛み合い、往復運動を繰り返す際に発する、不快で無機質な摩擦音に他ならなかった。


(……動いているな)


 孫権の口元が、わずかに緩んだ。


 彼らを動かしている燃料は、「忠義」でも「愛国心」でもない。ただの「自己保身」と「利権への欲望」、そして「死への恐怖」という、生物学的にきわめて卑俗で確実な活力源である。報償と威圧さえ間違えなければ、この肉の道具どもは勝手に歯車を回転させ、呉という国家という名の巨大な機構を維持し続ける。


 孫権自身は、その機構の内部には存在しない。

 彼は歯車ではなく、その機械の上部に位置し、盤上に手を伸ばして各種の柄と鍵を握る唯一の「算盤を弾く者(脳髄)」なのだ。


 どれほど優れた道具であっても、摩耗し、役に立たなくなれば躊躇なく投げ捨て、新しい駒へと取り替える。そこに哀しみも躊躇も要らない。ただ「機能するか、しないか」という二元論の計算があるのみだ。


「よかろう。余に考えがある」


 孫権が低く、乾いた声を吐き出すと、一瞬にして拝謁の間を支配していた摩擦音がピタリと止まった。


 数十の生体部品が一斉に頭を垂れ、次の稼働命令を待つ受動的な金属へと変質する。その完璧な沈黙を見下ろしながら、孫権は内面で冷たく皮肉な嘲笑を浮かべていた。


 周瑜が巴丘の地で息を引き取ったという報告が届いたとき、天が泣くことも、地が震えることもなかった。ただ、一人の有能な高価な道具が、その寿命を迎えて稼働を停止したという乾いた事実だけが、帳簿の上に記録された。


 これで、すべてが終わったのだ。


 江東の野を血と暴力で踏み荒らした父・孫堅。江東の風を切り、太陽のような笑顔と圧倒的な武勇で人々を魅了した兄・孫策。そして、完璧な調律と流麗な知略で狂乱の時代を彩った「美周郎」周瑜。


 後世の人間どもが好んで語りたがる「英雄たちの黄金時代」は、周瑜の死をもって完全に幕を閉じた。彼らが夢見たロマンだの、武勇だの、義理だのといった青臭い幻想は、赤壁で焼き殺された無数の兵卒たちの死体とともに、長江の泥濁りの底へと沈み、跡形もなく腐敗していったのである。


 時代が必要としたのは、そうした眩しい英雄などではなかった。


 生き残ったのは、そしてこの不条理な現実に君臨することになったのは、何も信じず、誰も愛さず、実の妹すら貢ぎ物として売り払い、不要になった味方を冷徹に損切りする「絶対的政治家(怪物)」であった。


 孫権は、長江を一望する高楼の最上階に立っていた。


 彼の視界の先には、赤壁の焦土を経て、いまや膨大な富と物資を吸い上げながら肥大化を続ける、呉という名の巨大な機構が広がっている。その主軸となる脳髄に鎮座しているのが、他ならぬ自分自身であった。


 かつての兄・孫策が浮かべたような、周囲を惹きつける眩しい太陽の笑顔とは対極の、光という光をすべて飲み込み、反照することすらない「漆黒の穴」のような薄笑いが、孫権の唇にひそやかに浮かんだ。


 咆哮も、勝利の勝鬨かちどきも不要であった。


 怪物とは、叫ぶものではない。ただ無言で、計算通りに世界を咀嚼そしゃくし続けるものである。


 川面から吹き上げてくる風は、今なお湿り気を帯び、数年前の大戦で流された無数の死体の脂と内臓の爛れた匂い、秩序の崩壊が生む長江の生臭い泥の臭いを濃密に孕んでいた。


 赤壁の直後、勝利の現場でこの臭いを嗅いだとき、かつての孫権は胸を悪くし、絹の布で幾度も鼻を覆ったものだった。生々しい死と腐敗の匂いに、彼の繊細な「人間の心」が拒絶反応を起こしていたからだ。


 だが、今の孫権は違っていた。


 彼は布を取り出すこともなく、その湿った、ドロドロとした死と生が混ざり合う腐臭に向かって、ゆっくりと胸を広げた。


(……良い匂いだ)


 孫権は目を閉じ、肺胞のすみずみにまでその重苦しい風を吸い込んだ。


 血と脂と腐敗の匂い。これこそが、他者の生を奪い、解体し、統治するという「権力」そのものの真実の香りであった。


 一度深く吸い込み、そして無機質な吐息とともに吐き出す。

 長江の風は相変わらず生臭かったが、孫権はもはや鼻を覆わなかった。この腐臭こそが、権力の香りであることを知ったからだ。

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