3-8 蛇足
城に戻っての許嫁の出迎え。そして抱擁。
兵たちの勝どきをあげる歓声。避難していた民たちの喜ぶ姿。
物語はここで終わり、その後を語らない。
その理由を直視することになった。
ハワード・ヘックスの行いは、その賊軍に参加した地方貴族とその一族に及び、その家臣のほとんどは反逆の罪として処刑。
唯一の例外として、遠征に参加していたヘックス子爵の軍だけは功績とサンフィールド家、アクアラント家への助命願いもあり、直轄領の領主代行の地位こそ失ったものの、帝都勤めの官職となった。
だが、それは帝国から見ればのめでたしめでたしの話。
サンフィールド家にとっては、それどころではない話となった。
サンフィールド家では、アーロンの裏切り、チェスターの喪失、何人もの什長、伍長、そして兵たちの死傷。領地も民の死傷者、行方不明者。そして、家屋や田畑、食料、物品の破損や盗難まで含めれば甚大なものとなった。
地方貴族として領地を持つサンフィールド領は賊の被害に対して帝国中央から補償を受けられることはない。
「民も領地も犠牲にすることが専守防衛なのだろうか」
その答えはわからない。
戦後、母上は隠居した。許嫁とは契りを交わして御前と呼ばれるようになった。
その契りの祝いは、民の税負担の減免や当面の施しの口実となった。
それは、戦いの被害も合わせればサンフィールド家の財政を傾かせる内容であった。
だが、それは遠征が連合王国への援軍であったことから、帝国中央から金銭による褒賞が与えられたおかげで見込みは立った。
加えて、兵たちへの論功行賞、農業への減免、建築や商業へは城等の損害復旧の穴埋めとして使われた。
防衛戦の間、帝都に避難していた叔父上も帰還し、民の交渉や状況把握には叔父上が、軍の再編にはロビンを将としてフランク、キースが補佐することになった。
また、シトとランに至っては、目まぐるしい大森林の案内に加えて、戦果もあり、什隊長にまで昇進となった。
そんな新体制は人手不足のままで、目まぐるしい日々もひと段落した頃には、半年もの月日が経っていた。
戦いの終わりは、まるで始まりのようだった。生きる者たちによる暮らしの戦いが繰り広げられ、サンフィールド城の城下町も徐々に活気を取り戻しつつある。
その復興しつつある城下町から少し離れた場所に作られた、亡くなったサンフィールド兵や民を埋葬する墓地。
戦った英雄を祀る墓地の一角にある二つ並ぶ墓石には、チェスター、アーロンの名が刻まれていた。
跪いて、オリバーとともに祈る。
祈りと報告を終えると立ち上がる。
「主様、ひとつお伺いしても」
「あぁ、言ってみよ。だが……答えるかは内容しだいだがな」
「その、どうしてアーロンを」
オリバーが言葉を止めた。
その理由は、オリバーの視線の先にあった。
「あら、サンフィールド家の伯爵ともあろう者が、わずかな護衛で墓参りだなんて、随分と人手不足……貧乏貴族なことね」
そこにいたのは双璧の魔女と呼ばれる騎士団長と副団長だった。
アイリスは真っ白なドレスに腕を組みふんぞり返り、真っ黒な全身鎧に仮面の副団長クリスはアイリスを見て首を傾げていた。
「アイリス、言い直した理由は?」
「だって、人手不足だと、少数精鋭な私の騎士団も同類みたいじゃない!」
「さすがです。でも、それだとアイリスの護衛も今は私ひとりなので、貧乏騎士団になりますけどね」
「黙りなさい! 護衛は数じゃなく質よ。質!」
視線に気づいたのか、アイリスはコホンと咳払いした。
「ご用件をお伺いします。ここではなんですから城までどうぞお越しください」
「心遣いには感謝するわ。でもここで話す」
「……では、どうぞ」
アイリスがちらりと大森林を見て、再びこちらを見た。
「大森林を横断したそうね。そして、二人の大森林の先住民を連れて帰還したと聞いた。それは事実なの?」
「その通りです。誤解を招かない補足をさせていただければ、あちらの長に頼まれてとなりますが」
「そう、その意味を貴方は理解して言っている?」
オリバーと顔を合わせ、首を傾げた。
「存じません」
「でしょうね。大森林の民にとって、人こそ宝なの。それを二人送った意味は一つしかない」
「…………」
アイリスは大きなため息をついた。
「察しが悪いわね。二人がいる限り、大森林から起こりえるサンフィールド領への災いを未然に防ぐということよ。そして、同時にサンフィールド領が害されたときには助けるでしょうね」
アイリスは指笛を吹くと、ほどなくして二頭の馬が現れた。
そして、二人が馬にまたがったところで我に返った。
「どうしてアイリス騎士団長がご存じなのですか?」
「もっともな疑問だね」
アイリスは疑問に賛同したクリスをきっと睨み、再びこちらを見た。
「私は知っている。それが答えよ」
「ではもう一つだけ。アイリス騎士団長はどこまで知っていたのですか? どうやってあの大男を倒せたのですか?」
「…………神は人を助けたりしない。ただ神に倒せない存在などないだけ。……サンフィールド伯爵、守るために強くなりなさい。強くなるために領地を豊かにしなさい。領地を豊かにするためによき当主として努め、よく学びなさい。これまで以上に、これからも」
アイリス騎士団長はそれだけ言うと、馬を駆けだし去っていった。
そこでオリバーがこちらを見ているのに気付いた。
「その、主様」
オリバーの質問に答えていなかった事を思い出した。
「まだ答えていなかったな。これは私がサンフィールド家の当主であるための、これまで以上に、これからも努力するためのな」
「…………」
「オリバー。サンフィールド家はアーロンを失った、チェスターも失った、そこへウイリアムズの一族を処罰すればどうなる?」
「…………」
オリバーの沈黙が答えだった。
「力は過信すれば身を滅ぼす。エルザに頑張ってもらうことになりそうだ」
「であれば私に提案がございます」
「話を聞こう。ただ、城までは城下町の様子を確認しつつな」
前を見て進む。
立ち直る人々の姿を眺めながら、失ったものは戻らないが街は新しく生まれ変わっていく。そんな街並みの中を進み、愛おしい人たちの待つ城へ。
失われた1ページ
旧王国
今は昔の名はリュートレイク王国。そして昔から見て未来の帝国東部。中央に大きな湖と豊かな土地。西部のラージポート家、北東部のセントポール家、南東部のヘックス家による三公家を筆頭格とした貴族が治め、帝国に対等に外交でき、軍で対峙できるほどの国力を持っていた全盛期の時代。
しかし、その終焉はたった一つの事故から始まった。
当時の王が武芸を披露中の狩りで落馬による急死。王はまだ若く、子らも成人していなかった。男三人女一人の計四名の後継者候補による跡目争いが起こった。
三公が長男ファーストの後ろ盾として調整をする中、まず動いたのが三男サードだった。三公に不満を抱く貴族を集め、長男ファーストと三公が集まった場を襲撃し殺害した。そして、自らを王と宣言した。
それに対して三公は激怒。混乱の中で次男セカンドを王と擁立して対抗の意思を見せ、その軍旗の色から蒼紅戦争と呼ばれる内乱が起こった。
ヘックス家はリュートレイク王国の最も栄える湖から南東一帯を制圧。次男セカンドを王都に置き、サンフィールド家もヘックス五紅騎士にも選ばれ、領地も最大の版図を誇るまでに拡大した。
ラージポート家は南西部を制圧。そして、セントポール家は東部を制圧。しかし、北部には山を活かした城塞群があり、三男サードは北部勢力として湖西からの北進に失敗。湖東からの北進も山や森林による補給線への打撃により攻城失敗。逆にセントポール家が守り、ヘックス家が救援する一進一退のまま、王国には二人の王が並び立つ状況が続いた。
この数年が王国の運命を決めた。
成人した王女を擁立し、西から帝国が王国へ介入。ヘックス家がセカンドの筆頭家臣のように振る舞っていたことに不満だったラージポート家とその南西部は王女側に回った。
そして、皇帝の率いる帝国と王女を支持する西部の連合軍に対してヘックス家は決戦を挑んだ。
その決戦は、序盤は正面から挑んだ次男に対して交戦が行われ、激戦からの王女側後退により、勝負は決したかに思われた。しかし、撤退に対して追撃による王女の首を狙った深追いしたことで帝国軍の待ち伏せに遭遇。
左右から大量の矢により次男にヘックス家の当主までも流れ矢で亡くなり、その後の正面左右からの襲撃からの徹底した追撃によりヘックス五紅騎士も討ち死にする大敗北となった。
その後も勢いのまま進撃する帝国軍と南西部の連合軍に対して、当主を失った次男セカンド勢力は混乱のまま相次いで降伏。東部のセントポール家も北部牽制で動けないまま次男セカンドを失い傘下となった。
王女に対し、北部一帯の貴族たちは所領安堵を条件に服従を申し出、三男サードを擁護する一派を襲撃して殺害。その首を持って服従の意思を示した。
しかし、不忠不義の背信行為として一掃され、三男サードを擁立する一派もサードを失ったことで王女に降伏した。
こうして、帝国に助けを求めた王女によってリュートレイク王国は再び統一された。しかし、国を支えてきた貴族は疲弊、没落または剥奪。多くの貴族を失い統治もままならない状況を察した女王フェアリーは、平和と密約とともに帝国に併合された。
戦いで当主もヘックス五紅騎士も多くの所領も失ったサンフィールド家は嫡男も戦死した。
次男が後継者とはなったものの三男に譲り、自らは皇帝の襲撃を試みたが失敗。捕えられた。その処断を決める場に皇帝が自ら訪れ、その顔を見て高らかに笑った。
「これこそ真の忠義者よ。其方には守るべき忠義を与えよう」
とこれを赦し、王女を正妻として嫁がせ、没落したヘックス家を家臣とした。
次男はサンフィールド家の当主に戻され、三男にはアクアラント家として新たな所領を与えられた。
ただ、そのサンフィールド家の次代当主である嫡子は、婚姻より前に生まれ、サンフィールド家当主とは似ていなかったという。
そして、二人の間の子はウイリアムズという後のサンフィールド七家のひとつとなった。




