2-6 北
目を開けて映った光景。それは濃霧の中、私を見守るキースとオリバーの姿だった。
「……私は眠ってしまっていたか。どれくらい経った?」
「ほんの一瞬だけです」
スッキリとした感覚に余韻の残る愛おしい姿。
「キースとオリバーも今のうちに休んでおけ。見張りは私がしよう」
「ですが……」
「これは命令だ」
「はっ」
命令。私が立ち上がるとその言葉で二人は渋々ながらも座り、休み始めたが、力が抜けるような仕草から疲労が伺える。
そして、こちらに向けられた視線に顔を向ける
「…………フェミニア。少しいいか?」
「…………」
無言のまま、ヘレナ子爵に何度か目線も向けながらも立ち上がって私を見た。
「ヘレナ子爵の兵は帝国出身なのか?」
「…………」
「そうか。聞きたかったのはそれだけだ。ありがとう」
フェミニアはこちらをじっとを見つめたまま首を傾げた。
しばしの休憩後。
「主様」
アーロンの一声で頷く。
「これより行軍を再開する」
胸を張り、返ってくる兵たちの声に頷き、先を進む。休憩しても歩めばすぐに息は上がり、身体の疲労が抜けきらない足は進みを鈍らせる。
方位磁石は役に立たない。ただ、役に立たない状態からこそ、可能性そのものに思えた。
「……主様」
疲労に満ちた声で、アーロンが士気の限界を告げた直後だった。
「静かに!」
フェミニアの驚くほど通る声で全員の行動が止まった。
「っ!」
怒りに口を開いたアーロンを手で制して、耳を澄ませる。
左右から地面の枯れ葉を踏む音が微かに聞こえた気がした。もっとも、それは人かどうかもわからない足音であり、風であってもおかしくないような微かなもの。
それでもフェミニアと目が合い、お互いに頷いた。
「総員警戒!」
その一声で、後ろの各隊長が言葉を復唱して響いた。
相手に気づいていると意図的に知らせて動きを探る判断。しかし、周囲からは反応はない。
「主様、いかがなさいますか?」
「前進を続ける。キース、奇襲の警戒は怠らず、指示があればすぐ動ける態勢でいるようにと伝えてくれ。」
「は」
キースは意図を察して一礼すると、各隊長へ口頭で伝達していく。
そして行軍を再開し、更に歩みを進めると、今度は道のりが昇りとなり、濃霧も薄くなり始めた。
「濃霧が薄くなりだしましたな」
「そのようだ」
オリバーの呟きに応え、さらに前進を続けていた足は目の前の光景に立ち止まった。
視界の先には霧が薄くなり、森林が開け、その先に木の柵が見えた。出入口に扉はないが、その近くには四つの見張り台らしき建物がその出入口を挟むようにして建っている。
そして、出入口には槍を持った集団が立ち、その見張り台の上から弓矢でこちらを狙う姿が見えた。
「全隊、止まれ!」
「使者として私が参りましょう」
ヘレナ子爵の申し出に首を横に振る。
「いや、ダメだ」
すぐに後ろを見渡すが、家臣の誰を選んでも嫌な予感がした。
「私が行く。オリバー、着いて来い。アーロンは危険を感じたら行動するように」
「なりません。その危険は今、既に感じております」
「なればこそだ。アーロンが止めるような場所に他の者を送れるわけがない」
「それならまず私めを!」
「目的は交渉だ。相手が先住民であれば、それに相応しい地位の者が向かう必要がある。ヘレナ子爵が真っ先に申し出た理由だろう」
「ですが、相手は賊の可能性もございます!」
「その時は戦うまでだ」
「ですが……」
アーロンが手を握り、歯を食いしばったのがわかった。
「では……せめて、私にもご同行をお許しください。これは護衛長としてお役目を果たしたいだけです」
「…………わかった。オリバーと交代だ」
兵たちの方へ視線を向ける。
「フランク・マーシャル部隊長、チェスター・エドワーズ部隊長」
兵たち最前に居たフランクは駆け寄り、遅れてチェスターも私の前で跪いた。
「フランク部隊長、話は聞こえていたか」
「……はい。申し訳ございません」
「いや、説明の手間が省けた。私はアーロンを連れて交渉に向かう。フランクはチェスターに説明後、共に隊の士気を保ちつつ、必要な行動をとれ」
「……承りました」
オリバーの方を向く。
「オリバーはヘレナ子爵を必ず守れ」
「承りました」
「……まるで私が何か企んでいるのを疑っているようですね」
「何かできないかを考えてはいるのだろう」
ヘレナ子爵は微笑み返してきた。
腰元の剣を確認し、アーロンが頷いたのを見て、前へと進む。
直後、ヘレナ子爵とフェミニアが乗っている馬が動いた。それを止めるキースの声が聞こえたが、無視して前に集中した。




