085_永禄八年(1565年) 歩むべき先は
'26/06/01
第四部の展開が全然面白くならず難産だったのとポイントも大して伸びないのでもういいかと思ってましたが、続きをずっと待ってくれている方が居るみたいなのでまたゆるゆる書いていこうと思います。
長い間お待たせしたお詫びという訳ではないですが、第四部完結まで毎日19時の連続投稿になります。
細かい設定は全部忘れたのでこれから読み返して思い出します。
ただ、既に誤字や表記、設定のブレ、そもそも文法的に読みにくい箇所などが多数見つかり頭を抱えているので、順次改稿とカクヨムへの転載を行っていきます。(カクヨムの方が執筆しやすいので……)
大筋の話は変えないよう調整するのでご承知おきください。
それではまたよろしくお願いします。
史実の浅井長政は、あるいは野心的な男だったのだろう。
相手の隙を見つけるなりすぐさま食いつき牙を立てる。いかにも戦国武将らしい一面を持つ男だ。
幼少から世話になっていたはずの六角家を、家臣団の推挙という機を得るなりすぐさま裏切り北近江を占拠。
かと思えば、叔母の嫁ぐ斎藤家が当主義龍の死によって揺れていると知るなり、すぐさま馬首を美濃へ向け侵略。
そして六角が観音寺騒動で混乱すれば、南近江へ嘴を挟み浮いた西近江を次々と喰らう。
まさに戦国の申し子とも言うべき転進の速さでみるみるうちに肥大化した浅井という獣は、ついには自身に背中を見せた織田に対して、いつものように牙をむき、竜の逆鱗に触れて食い殺されたのだ。
或いは史実の浅井長政は、とても温厚な人物だったのだろう。
独立意識の高い近江の国衆に流されるまま担ぎ上げられ、淡海の利権によって得た財が本人の気性とは裏腹に浅井という家を押し上げた。
しかし、次の世へ移り変わろうとする戦国において彼の気性は穏やか過ぎた。
これまで通り淡海から得た財で朝倉と六角の間に収まろうとしていた浅井家は、次代の革命児たる信長に変革を求められ、守勢に入るも戦国の濁流にそのまま呑み込まれていったのだ。
或いはとても義理堅い人物だった故に、義理と愛情の間に挟まれ滅亡への戦いに挑んでいったのかもしれない。
或いはまだ、歴史書に記されていない意外な一面があったのか。
史実の浅井長政がいったいどんな男だったのか。それを知る術は今の長政には残されていない。かつてその男が立たされたであろう歴史の中に同じように立ち、思いを馳せることしかできないのだ。
だが、もしもこの生まれ変わりに何か意味があるのだとすれば。今の長政が、浅井長政としてこの乱世に生を受けた意味とは。本来あり得ざることを起こした天の意思とは。己の成すべきことは。
果たしてその先に、長政にとっての最良は残されているのだろうか。
長政にはまだ、その答えは見つけられていなかった。
◆――
深雪降り積もる小谷山は、新たな年を迎えても変わらず白い山肌を輝かせている。今日も朝からちらちらと小雪が舞い踊り、肌を突く寒さと共に美しい情景を北近江にもたらしていた。
「ふっ! はっ!」
そんな寒空の下、浅井屋敷の庭先では木槍を振るう男が一人。
名を、浅井長政と言った。
真冬だと言うのに上着をはだけて、たくましくも傷だらけの肉体を晒しながら汗を流すその男こそ、この北近江一帯を統治する浅井家の当主その人である。
昨年末、浅井家は若狭の国吉城を巡る戦いの中で国吉城と西近江の今津城を接収し、その領地を三十五万石に拡張した。
これは動員兵力が約一万に及ぶ石高数で、ついに浅井は独力で万に至る兵を挙げられるようになったのだった。
また、西近江今津城を接収したことで石田川から北は全て浅井の領地となったため、石田川沿いに更に西への進出も可能となった。
結果、浅井は隣国に攻め込むもよし、残る西近江勢力を併呑するもよしと展望は明るくなり、基盤もまた盤石になりつつあった。
今こそまさに、浅井家は隆盛の時を迎えようとしていたのだ。
――だと言うのに、その結果をもたらした長政の表情は優れない。
ひたすらに険しく、まるで雑念を振り払うかのように一心不乱に木槍を振るうばかりだった。
長政が心に影を落とす理由。それは、昨年末に知らされたある出来事がずっと引っかかり続けていたためだった。
朝倉景垙、自刃。
遠藤直経によってもたらされた火急の知らせは、昨年昵懇となった盟友の最期を知らせるものだった。
国吉城の戦いの折、長政の策によって越前は二十万もの一向宗に襲われ、景垙は本国救援のために撤退を決意した。
その後、越前にて当主朝倉義景率いる本隊と合流した彼は、一向宗二十万の軍勢と相対したとのことだった。
かつて九頭竜川の戦いで一向宗三十万を散々に打ち負かした朝倉の守護神、朝倉宗滴。
その孫であり、宗滴に負けず劣らずの戦上手である景垙の参戦は、一向宗にとって恐怖そのものだったに違いない。
それが理由なのか、それとも農繁期だったためか。一向宗の中核をなす加賀の百姓達は、景垙の着陣を知るなり碌に戦うことなく撤退を始めたのだと言う。
ただし、問題はその後だった。朝倉軍の意見は、撤退する一向宗を追撃するか否かで真っ二つに割れたのだ。
追撃すべしと進言したのは大野郡司を務める朝倉景鏡。
朝倉家の親族衆であり景垙同様に重臣格の彼は、これを好機と見て一向宗への追撃を進言した。
これに対して待ったをかけたのが件の景垙だった。
敦賀郡司を務める彼は、その卓越した戦術眼からか、このまま一向宗と戦うのは不利と読んだ。
当時、季節は秋。加賀の一向宗がそうであるように、朝倉軍の主力を担う農兵もまた、米の刈り入れ時期を迎えていたからだ。
こんな時期に戦を始めれば彼らは米が気が気でなく、士気も上がらない。そうなれば二十万もの敵がもし反転してきた場合、万が一が起こってしまう。
だからこそ景垙は追撃の中止を進言したが、その進言を景鏡は臆病者だと嘲笑った。
元々不仲であった両者はそのまま激しい対立に至り、意見は真っ二つに割れた。そして総大将たる朝倉義景は悩み抜いた末に景鏡の言い分を認め、一向宗の追撃を決断した。
その結果、己の意見を蔑ろにされ、あろうことか景鏡に笑われることとなった景垙は義景をいさめるために自刃を選んだ、という訳だった。
自刃とはやりすぎでないか。そんな思いが長政の中に巡ったのは、きっと彼が未だ現代人としての感覚を有しているからなのだろう。
景垙からすれば、きっとこの上ないほどの屈辱だったに違いない。
臆病者と呼ばれてまで家の事を第一に考えて撤退を進言したと言うのに、その思いは義景に伝わらなかったのだ。
それどころか一向宗を追う軍の指揮を任されたのは景鏡の方で、景垙は景鏡に従うよう命令された。
当主を諌めるためか。己の名誉のためか。はたまた景鏡の下に付くくらいなら死んだ方がマシという当てつけのためか。
とにかく景垙は腹を切り、当主一門衆が陣中で自刃するという前代未聞の事件によって、朝倉軍は混乱に陥った。
そのため総大将の義景は慌てて軍を引き上げ、一向宗への追撃は結果的に景垙の望み通り取りやめとなったのだった。
結果、今まで水面下で火花を散らしていた大野郡司朝倉家と敦賀郡司朝倉家は表立っての対立を始め、景垙の父である朝倉景紀はこの出来事に憤慨し景垙の子と共に敦賀へと引き上げた。
そして、景垙の子はまだ幼いことから景垙の弟である朝倉景恒が還俗し、後を継ぐという大騒動へと至ったのであった。
「ふっ! はっ……!」
木槍を突き、振り上げ、振り下ろし、舞い散る小雪を次々と薙ぐ。もやもやとまとわりつく雑念を何度も振り払おうとして、しかしその度に長政の心にもやが覆い被さっていく。
それらの知らせを受け取ってから、長政の中にはある迷いが生まれていた。
もしあの時、景垙を越前へ行かせなければ。そんな考えばかりが脳裏を過ぎるようになっていたのだ。
長政にはこの時代の者たちが本来持ちえない、未来の知識が生まれつき備わっている。
それはかつての長政となる前の人間の記憶なのか、それとも天から与えられた知識なのか。もはや長政にその判断はつかないが、周りの者たちが何もかも見通す『鷹の目』と呼ぶそれは、本当にこの戦国の全てを見通しているわけではない。
現に長政は朝倉景垙という人物の名を知らなかった。
故に長政は思うのだ。もし長政が書き換えた浅井の国吉城攻めによって、朝倉景垙の運命がねじ曲がってしまったのだとしたら。
いや、景垙だけではない。もしこれから先もこうして誰かの運命を捻じ曲げ、そのせいでその者たちが、本来はあり得なかった最期を迎えることになってしまったのだとしたら。
……そしてもし、それが自分に近しい人物の最期に繋がるのだとしたら。
最小の犠牲による最大の戦果。かつて半兵衛に語ったその言葉の意味が、少しずつ変容していくような気がした。
「戦国を終わらせるための、最小の犠牲……か」
その最小の犠牲が自身の身の周りに降りかかる時。果たして長政はそれでも尚、戦国を終わらせるという志を掲げ続けることができるのだろうか。
歴史を変え、戦国を終わらせる。それは言葉にするほど易くはなく、実現させるにはあまりに難い。
歴史とはすなわち必然の応酬。一つの歴史が刻まれるまでには幾重もの事実と因果が絡まり、それらが蜘蛛の巣のようになって史実を手繰り寄せる。
その中の一つを断ち切った程度では、手繰り寄せられる結末が変わることはないのだろう。
幾重にも絡まったこの糸は、今も着実に浅井家滅亡の時を引き寄せ続けている。故に長政は『鷹の目』を使う。自身のために。或いは家のために。
しかし、時に大きすぎる力は自身の思うよりも凄惨な結末を引き起こすことになる。長政がそれに気付くには、既に遅すぎたのかもしれなかった。
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