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第3話 自殺クラブ(2)

探偵。


依頼を受けて情報を収集し、調査し、隠された事実を暴き、依頼者へ報告する仕事だ。


だが21世紀を半ば過ぎたこの世界において、探偵の業務は少しそれよりも拡張されたものとなっている。


ボディガードを請け負う者もいれば、危険な場所への物品の配達を行う者もいる。

時代が進むにつれ「困り事」が増えていき、警察ではどうにもならないトラブルを解決してほしいというニーズが発生したのだ。


トラブルバスターとしての仕事を請け負い、困り事を解決する。それが「探偵」だ。


◆◆◆


「ねえ、大丈夫? 怪我とかはしてないよね?」

「あ、あぁ……大丈夫だ。五体満足だ」


突然現れた探偵ーー鷹見小晴は、心配そうに俺の傍へ近づき肩をさする。


俺は突然のことで気が動転して、何を話せばいいかわからなくなっていた。

鷹見は少し首をかしげ、尋ねる。


「貴方、名前は?」

「俺は……矢守。矢守令次郎」

「そっか。もしかして自殺志願者の人?」

「あ、ああ、そうだ」


鷹見は俺の顔をまじまじと見つめ、言いづらそうに口を開く。


「その顔、もしかして何かひどいことでもされた?」

「これは元々だ!」

「そ、そうなの、そりゃ失礼」


俺はというとわけがわからなかった。自分が人体実験されかけたと思ったら、探偵を名乗る少女に助けられたのだ。

自殺願望は頭からすっ飛んでいた。ひとまず、こんなわけのわからない状態で死にたくはないと思った。


「な、なん……。あんたは一体……」

「ほんとならキチッと自己紹介したいところだけど、そこまでの時間はないみたい。矢守さん、立てる?」


促され、俺は立ち上がる。ここはなんだ、お前は誰だと聞きたいことは山ほどあったが、先に彼女が口を開いた。


「あたしはここを調べに来たの。そしたら貴方が襲われてるのを見かけて助けに入ったってわけ。

ひとまず安全なところまで逃げよう。走れる?」

「あ、ああ、走れるとは思うが」

「上出来! じゃ、あたしについてきて!」


◆◆◆


俺と鷹見は部屋から出て、薄暗い廊下を走る。鷹見は間取りが頭に入っているらしく、先導してくれる。


ビルの廊下はお世辞にも綺麗とは言えず、壁にヒビは走り、電灯は古くなって点滅しているものもあった。


「おっと、マズい! 矢守さん、一旦ストップ!」

鷹見が立ち止まり、銃を取り出して構える。遠くの方から焦ったような足音が聞こえた。


「怖いお兄さんたちが、貴方が逃げたことに感づいたみたい。邪魔なのは倒しながら行くからね」


鷹見はそう言うと銃を前方に構える。前は薄暗くてよく見えない。鷹見の左目が一瞬金色に光る。


「あそこか」

鷹見は呟くと、引き金を何回か引く。軽い銃声がして、遠くで人が倒れる音がする。


「これで大丈夫。じゃ、行こう!」

「……探偵さん、向こうに人がいるのが見えたのか?」

「見えますとも。あたしは“鷹の目”を持ってるからね」


鷹見はよくわからないことを言う。だがその自信満々な表情ははったりではなさそうだった。


薄暗い廊下はさらに続き、迷路のように入り組んでいた。鷹見がいなければ今頃迷ってしまっていただろう。

やがて真っ白な大きい廊下にたどり着いた。番号が振られたドアがあちこちにある。最初に案内された廊下だった。


「ここ見覚えが有るぞ! もうすぐ出口だ!!」

「オーケー! ちょうど前からも団体さんが来てる! ちゃっちゃと片付けて逃げよう!!」


鷹見はまた前の様子が「見える」らしく、銃を突きつけて目の前を睨んでいる。

そのとき、背後からバタバタという足音が響いた。


「逃げんじゃねえ、モルモット!! 大人しく捕まっとけ!!」


俺の後ろからもいつのまにか黒いスーツの男が迫ってきていた。腕をがっしりと掴まれてしまう。体全身から冷や汗が吹き出した。


「矢守さん!!」

鷹見も気づいてこちらを振り向くが、前からも同様に黒いスーツの男たちが迫ってきていてこちらを助ける余裕がない。


――ここで掴まったら今度こそ殺される。

――死にたくない!!


心からそう思った。できることなら生きたいと思った。生まれて初めてそう強く願った。必死に腕を振り回し、俺は目の前の黒いスーツの腹に拳骨で突き出す。


勢いに任せた適当な一撃。テクニックや工夫は一切ない、ただただ力に任せたパンチ。


だが黒いスーツの男は衝撃波でも食らったかのように弾き飛ばされ、壁にぶつかって動かなくなった。


「なっ……」


ただのパンチでこうも人が吹っ飛ぶのを見たのは初めてだった。

自分で自分が信じられない。

なんの訓練もしていない俺が、ここまでのパワーを発揮できるだろうか。


すると、様子を見ていた鷹見が軽く口笛を吹く。

「ひゅう、すごい。やるじゃん!」

「い、いや、その、必死で腕を腕を振り回してたらこんなことに」

「何でもいいよ、今は逃げるのが先決! ほら走るよ! あともう少し!!」


鷹見が銃をくるくると回して腰のベルトへ収める。


真っ白な部屋を抜け、上り階段にたどり着く。あちこちに黒いスーツの男が倒れている。鷹見が無力化したらしい。


「探偵さん、逃げるったってどうするんだよ!?」

「外に出れば分かるよ!」


そのまま階段を上りきってビルの外へ出る。真夜中のビル街は死んだように静かだ。冷たい風が吹いてやや土埃が舞った。


「こっち!」

鷹見がさらに先導する。もう体力の限界が近かったが何とか足を動かした。


目の前には紫色のオートバイが止めてあった。


「これ、あたしの愛車! 後ろに乗って!」

「こんなのを用意してたのか……運転できんのか?!」

「モチのロン。“暴れ馬の鷹見”ってあだ名も付けられたことあるからね。安心して乗っていいよ!」

「安心できるあだ名じゃないだろ!!」


しかし俺に選択肢などない。鷹見が運転席に跨り、エンジンをかける。ドルン、という重低音が空気を震わせた。

どうにでもなれ、と俺は心の中で毒づき、鷹見の後ろに跨る。


「矢守さん、出発するよ! 準備いい?!」

「大丈夫だ! だけど探偵さん、一つだけ約束してくれ!」

「なに?」

「……なるべく安全運転で頼む!」

「あはは、オーケー!!」


鷹見は明るく笑い、バイクを急発進させる。景色が一気に後方へすっとんでいった。


「しっかり捕まっててね! 逃げるよーーッ!!」

「あ、安全運転しろーーーーッ!!」


オートバイは、ご機嫌な鷹見の笑い声と、俺の叫び声を乗せて、夜の街を駆けていった。


◆◆◆


30分後、オートバイは小さな建物の目の前で停車した。


建物のドアには「鷹見探偵事務所」という文字が見える。


バイクから降りるが、足元がおぼつかない。ふらりと地面に膝をついてしまう。


「あ、あのなぁ……安全運転しろっつったろう……」

「ごめんごめん、いつもより慎重に運転したつもりなんだけど」

「死ぬかと思ったぞ!!」


鷹見の運転はジェットコースターのように荒く、しがみついているのでやっとだった。

車から降りた今でも体が揺れている気がする。本当にひどい体験だった。

しかも鷹見はにこにこと楽しげに笑っており、あれで平常運転らしい。タチの悪いライダーだ。


「悪かったって。ひとまず事務所に入ろう。お茶くらいは出すよ」


鷹見に促され、俺はよろめきながら事務所の中へ入る。


ひとまず命は助かった。

それだけは確かだった。

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