第4話 自殺クラブ~探偵志願~
今回は少し分量が多いです。
事務所の中は6畳ほどの広さで、机の上には書類やちらしが積まれている。
俺はふっくらとしたソファに腰掛け、ようやく気持ちを落ち着けることができた。
「はい、お茶どうぞ。落ち着いた?」
「ああ、すまない。だいぶ落ち着いたよ」
鷹見がお茶を入れてくれる。からからの喉をそれで潤すことができた。
心臓の鼓動も少しずつ収まり、呼吸も整っていく。
鷹見は俺の目の前のソファに腰掛ける。俺は深呼吸を一つして、鷹見に質問をぶつけることにした。
聞きたいことが色々とある。
「教えてくれ。まず――あんたは一体何者なんだ」
「ああ、そういやちゃんと自己紹介してなかったね」
鷹見が胸元から一枚の名刺を差し出す。ピンク色のファンシーな名刺だった。
「それじゃ、改めて。私、こういう者です」
“ 私立探偵 鷹見小晴 どんなトラブルもオールオッケー! お気軽に相談してください(´▽`) ”
そんな表記が可愛らしい文字でされてあった。裏側には事務所の住所などが羅列されている。
「探偵……?」
「そ。こんなご時世でしょ、警察じゃアテにならないトラブルが増えてるってことだよ」
探偵。様々な依頼や頼まれごとを引き受けるトラブルバスターだ。
「それじゃあんたは何かの依頼を受けてあの建物にいたのか?」
「うん。ここらへんで、怪しい団体が怪しいことしてるから、調べてくれって依頼があってね。
とある組織が「自殺クラブ」っていう集会を開いてるんだけど、実はそれは人体実験の材料を集めるためのものらしくて。
うっかり参加しちゃうと、手足を無理やり義手にされた挙句、殺されて臓器売買されるらしいの」
「それは……」
改めて聞かされると背筋に悪寒が走る。
あのままだったらきっと殺されるところだったのだ。
「調べるといってもただ調べるだけじゃダメでね。人体実験をやってる首謀者を突き止めて、その証拠を入手しないといけないんだ。
だから人体実験をやってる現場をあたってみたんだけど……あそこには何もなかった。ハズレだったよ。
それで帰ろうとしたら、君が人体実験されかけたのを見つけて、助けてやらなきゃと思ったわけ」
つまり全くの偶然だったわけだ。
鷹見が俺を見つけてくれなかったら、あるいは俺を助けようという親切心を出してくれなかったら、俺はこうしてここにはいない。
少し前まで死にたいと願っていた俺が、今こうして、無事であることに心から安堵している。
奇妙な気持ちだったが、良かったと思う。
そういえば、鷹見にはろくに感謝の言葉すらも伝えていなかった。
俺は少し頭を下げて礼を言う。
「探偵さん、肝心なことを言ってなかった。ありがとう。おかげで命を拾ったよ」
「ん? あはは、どういたしまして」
鷹見は歯を見せてニッと笑う。
「そういうふうに言ってくれるってことは、死にたいとはもう思ってないってことかな?」
「ああ、今のところ大丈夫だ。自殺したいなんて思ってない。というか、本当は死にたくなんてなかったんだ。
ただ逃げ出したかっただけなのかもな」
これからちゃんと生きていけるか、と言われると分からないが、少なくとも自殺願望はもうない。
死ぬことは普通に怖い、と思い知ってしまった。
もし今、首吊り用のロープや多量の睡眠薬を渡されても、それを使おうとは思わないだろう。恐らく。
鷹見は嬉しそうに笑い、お茶のおかわりを淹れてくれる。
「ああ、良かったよ。なんで助けた、なんて文句つけられたらどうしようってちょっと怖かったんだよねー。
目の前で困ってる人とか弱ってる人がいたら、助けないわけにはいかないからさ。
……ありがとうって言ってくれて、こっちこそありがとね!」
そんなことで礼を言われたのは初めてだった。言われたこっちがむず痒くなってしまう。
というか、そんな風に誰かに礼を言われたことが本当に久しぶりだった。
自分が対等に扱われた気がして、少し嬉しくなった。
「それはそうと、体は大丈夫? ケガとかは無い?」
鷹見が朗らかに聞いてくる。俺は自分の両手の手のひらを見た。握ったり開いたりしてみる。痛みは別段感じなかった。
「痛みはないよ。ただ、改めて見るとやっぱり違和感があるな。元の腕じゃないんだから」
「え、もしかして」
「残念だけど、この両腕はもう俺の腕じゃない。義手にされちまったらしい」
鷹見が俺の傍まで歩み寄ってきて腕を触る。彼女の片目が一瞬金色に輝いた気がした。しばらくして鷹見は悲しそうな表情になる。
「もう手術された後だったんだね。ごめん……あたしがもっと早く駆けつけてれば」
「いや、いいよ、命が助かっただけでも儲けもんさ」
にこやかな鷹見が落ち込んでるのを見るとこっちまで悲しい気分になってしまいそうで、俺はつとめて明るく答えた。
すると鷹見は机の上から血圧計のようなものを持ってきて、机の上へ置く。
「なんだ、それ」
「簡単な健康診断キット。血圧とか体温を測れるんだけど、義手や義足が人体に合ってるかを調べることもできるの。
無理やり義手を取り付けると、神経との拒絶反応を起こすこともあるから、これで調べる」
鷹見は俺の腕に心電図で使う電極のようなものを貼り付け、健康診断キットとやらのボタンをいじっていく。
少し間があって、鷹見は軽くうなづいて電極を取り外した。
「……大丈夫。手術そのものは丁寧なものだったみたいだね。神経も筋肉もすごく安定してる。
最初は慣れないかもしれないけどそのうち普通になると思うよ」
「良かった」
俺はひとまず胸をなでおろす。少なくとも、腕が使えなくなって不便することはなさそうだった。
鷹見は心配そうに俺に色々と聞いてくる。
「矢守さん、気分が悪いとかはない? 体がだるいとか、めまいがするとかは?」
「大丈夫だ。とりあえずは五体満足だよ」
「そっか」
「あんたに助けられたおかげだ。だからそんな悲しそうな顔しないでくれ」
「……そう言ってもらえると助かるよ」
鷹見は健康診断キットをしまい、俺の向かい側へ座る。
俺はさらに質問をぶつけてみた。
「あの連中、こんなことを他でもやってるのか。俺みたいな犠牲者が他にもいるのか?」
「うん、そうだね……闇に葬られてる被害者は相当いるんじゃないかな。この“ストレス社会”だもん、自殺志願者は何人もいるだろうしね」
ニュースをつければ、ストレスについての話題がひっきりなしに聞こえてくる。
地球が発する振動波が、人間に悪い影響を与えている――小学生でも知っている、当たり前の情報だ。
「こんなの絶対に許しちゃダメだ。警察に連絡したほうがいい」
「警察なら、もう通報してる」
「え、いつの間に?」
「バイクから降りて事務所に入る前に、ちょっとね」
なら一安心だと思ったが、鷹見の表情は暗い。
「けどあまり効果ないかもね。これまでにも何回も警察に自殺クラブのことを通報してる。
あたしだけじゃなくて、色んな人が被害を訴えてる。けど捜査が進んでる気配はないんだ」
鷹見は苦々しげに語り始める。
「私にこの一件を依頼した人も、君と同じように人体実験させられかけて、途中で逃げ出してきた人なんだよ。
警察に調査を依頼したけど、一向に犯人につながる情報は出てこなくてね。
それで、ここに依頼を持ち込んだってわけ」
「それなら、さっきの黒スーツの男たちをとっ捕まえて尋問にかけるってのは?」
「あの場にいた人間は、全員首謀者に日雇いで雇われてる人間で、記憶調整を受けてるみたい。
たぶん、事前にサイコセラピーを受けてるんじゃないかな。
無理やり捕まえて情報を聞き出そうとすると、人体実験に関わることを全部自動的に忘れちゃうらしいんだ」
「な……」
「自殺クラブが行われた現場は、すぐに警察が調べるんだけどそれっきり。未だ解決に繋がってはいない」
鷹見は自分の分のお茶を一気に飲み干す。矢守も無言でお茶をすすった。
頼れるはずの警察ですら解決できないならどうしようもないではないか。
「……だからあたしの出番ってわけ。警察でどうにもならないなら、探偵であるあたしがこの事件のシッポを捕まえなきゃね!」
鷹見は満面の笑みで自らの胸を叩く。その笑顔には一片の曇りもなく、抜けるような青空のように晴れ渡った笑みだった。
「けど、首謀者の情報を手に入れて、それからどうするんだ」
「依頼者に渡すんだよ。依頼者は雑誌のライターをやってるらしくてね。それを世間に公表して事件解決につなげたいんだってさ。
世論が動けば警察も動くんじゃないか――てさ」
「……ほんとうに首謀者の情報なんて入手できるのか?」
「地道に調べていくしかないだろうね。ああいう人体実験をしてそうな場所の情報を集めて、怪しい場所を調査する。結局は足で稼ぐしかないけど」
「足で稼ぐ、か……」
どこの誰かも分からない人間のことを調査する。
鷹見はさらりと言ってのけるが、それはきっと言葉で言うよりも難しい仕事に違いない。
俺が二の句を継げないでいると、鷹見が眉根を寄せて不満そうにする。
「むぅー、矢守さん。さてはあたしのことを信用してないな?」
「え、いや、そんなことは」
「あたし、こう見えても仕事はできる人間なんだよ? ちょっと待ってて。証拠持ってくるから」
鷹見はそう言うと部屋の奥へ引っ込み、数分してから大事そうにたくさんの板のようなものを持ってきた。
「これは……?」
「ふふん、まあ、いわゆる感謝状ってやつだね」
板状のものは、賞状などをおさめる額縁だった。企業などから贈られたもので、事件解決への感謝が記されている。
数にして十数枚はあるだろう。
「すごいな、こんなに」
「へへへ。すごいでしょぉ? これなんかすごいよ、通り魔事件の犯人をあたしが捕まえたんだから」
額縁をなでながら、鷹見は誇らしげに説明しだす。
俺はそんな鷹見を見て、これまでに無い感情がふつふつと湧き上がっていた。
ーー俺が、もし冤罪をかけられたとき、こんな人間と知り合いだったら、きっと俺は真っ先に相談しただろう。
ーー鷹見のような人間が近くにいたなら、きっと自殺しようなんて考えなかっただろう。
心の底から鷹見がうらやましかった。俺が世の中に絶望して、すっかり参っている時も、鷹見は誰かを助けるための仕事をしていたのだ。
「鷹見さん。すごいな、あんた。こんなにいっぱい……すげえよ」
「おっ。初めて名前で呼んでくれたね」
「……教えてくれ。あんたはなんで、探偵をやってるんだ?」
「ん? うーん……何でって言われてもね」
鷹見は腕を組んで考え込む。
「結局あたし、目の前で苦しんでる人がいたら、つい助けちゃうんだよね。なんだろうなあ、お節介なのかなあ。
でも探偵をやってるとさ、誰にも相談できなくて苦しんでる人を、時々なら助けてあげられるんだよね。
もちろんいつもじゃないし、絶対じゃない。でも……“時々”なら救える。
その“時々”をいっぱい増やしたくて、探偵やってるんだと思うよ」
言い終えて、鷹見は恥ずかしそうに頭を掻く。
「いやあ、なんだろう、うまく説明できないや」
「いや、十分伝わったよ」
俺は軽く頷き、お茶を一気に飲み干す。
「鷹見さん。人体実験のせいで、俺みたいに苦しんでる奴が他にもいっぱいいるんだよな」
「うん。いると思う」
「これからも調査は続けるんだよな」
「続けるよ。首謀者が誰かわかってないからね」
「それなら……」
俺は一拍置いて深呼吸し、言葉を続けた。
「俺をここで雇ってくれないか。協力させてほしい」
「ふぇ?!」
鷹見が目を丸くして驚く。静止の言葉を投げかけられる前に俺は続けて話す。
「言っておくけど本気だ」
「いきなりどうしてさ? 色々自慢しといてなんだけど、それなりにしんどい仕事でもあるよ?」
「今までの俺よりはしんどくないだろ」
俺は顔の右半分を軽く撫でた。爆破事故によって残ってしまった火傷跡。
だが心の傷のほうがよっぽど深かったのかもしれない。
「この火傷は、爆破事故のせいでついたんだ。道を歩いてたらいきなり巻き込まれた、つまんない事故さ。
それで俺は、その爆破事故の容疑者ってことにされちまったんだ」
鷹見の表情が少し変わる。俺の目をじっと見つめ、俺の言葉に耳を傾けてくれる。
「しばらくして俺の容疑は晴れたけど、周りはそうは思っちゃくれなかった。
心無いことをずいぶん言われたよ。俺はもう生きてちゃいけないんだなって思った。だから自殺しようとした。
……俺みたいな奴って、この街にきっといっぱいいるんだろ? 心の底から悩んでて、誰かに助けて欲しいと願ってる奴が」
死のうと思ってた俺が、助けられ、命を拾ったのは何かの縁なのかもしれないと思った。
運命なんて言葉を信じてるわけではなかったが、どうせ生きてるからには、その縁を前向きに捉えたかった。
「誰かに助けられるのって、悪くないなって思った。だったら今度は助ける側に回ったっていいだろ?
それに、俺の体をこんなにした奴らはやっぱり許せない。報いってやつを受けさせてやりたいんだ」
鷹見は腕を組んで俺の話をじっと聞いていたが、ふうと息を吐いて頬をゆるませた。
「一応聞いとくけど、何か得意なことってある?」
「そうだな。警備員やってたから体力には自信あるぞ。それから、そうだな」
俺は辺りを見回す。事務所は書類やらティッシュ箱やらチラシやらが所々に積み重なっており、整理されているとはあまり言えない。
「俺は人並みに几帳面さは兼ね備えてるつもりだ。事務所の掃除や整理なんかもぜひやらせてほしいが」
「そ、それは……。なかなか整理する時間がとれなくて、その」
しどろもどろになる鷹見を見て、思わず吹き出してしまう。鷹見も笑った。彼女の笑顔はほんとうに眩しくて、太陽のような笑顔だった。
「……わかったよ。正直言うとさ、探偵助手をバイトとかで募集しようかなと考えてたところなんだよね。一人きりじゃ手が回らないこともあったりしてさ」
鷹見は立ち上がり、右手を差し出す。俺も立ち上がってその手を取った。鷹見は嬉しそうに腕をぶんぶんと上下に振って強く握手してくれる。
「オーケー! それじゃ矢守さん、これからはあたしの探偵助手ってことで、ひとつよろしく!」
「おう、よろしく。……助手なんだから俺の名前は呼び捨てでいいぞ。矢守、でいい」
「あ、そう? それじゃ、あたしのことも別に呼び捨てでいいよ。気軽にいこうよ、気軽に」
手の温もりを感じることはできないが、鷹見の楽しそうな顔を見ていると、俺の心に灯が点ったような気がした。
希望という灯。
それがあれば、今の俺はきっと大丈夫なんだと思えた。




