第6話
辺りも暗くなり始めている夕方のミメルト王国。
その水路で溺れ、助けを呼ぶ少年と、周りを取り囲んで助ける方法を話し合っている庶民たち。
あの果物屋のおばさんも来ている。
「だ……だずげ……ごぼぼ」
水路の深さは15mほど、庶民たちがいる場所から水面までは8mはある。
柵の前まで来て立ち止まるアレスとエテリア。
「あぁ、旦那様!子供が、子供があやまって水路に!」
慌てた顔で果物屋のおばさんが言う。
ここの水路はかなり深い。あの少年はこのままだと溺れて死んでしまうだろう。
もう考える余地なんてなかった。
アレスが鎧とマントを脱ぎ捨てて、革の服を着た状態で水路に飛び込んだ。
エテリアは柵をつかんでアレスと溺れている少年をみる。
なんとかアレスは少年を抱きかかえることができた、しかしここからどうするか……。
そう思っていた時、上からロープが投げられた。
「旦那様、こっちへ!」
左腕で少年を抱きかかえ、右手で水かきをしながら水面を泳ぎ
ロープへ近づこうとする。
かなり動きづらく体力を消耗するが、この少年の命には代えられない。
一度をスカしたが、もう一度手を伸ばしたらロープに手が届いた。
ロープをつかんだアレスは右手と両足をロープに挟みつつ、水路の壁に体をこすりつけながら
よじ登っていく。
「先に、この子を!」
アレスが子供を両親と思われる男の手に渡す。なんとか届いた。
「坊や!よかった……」
「……ごほっごほっ、ママ、パパ……」
少年の救出は成功した。
あとは自分が上にあがるだけ……そう思っていた矢先、突風が吹いた。
「ッ!」
風にあおられ、ロープが揺れる。
残った左手をロープに伸ばそうとしたが、少し遅かった。
気が付いた時には、もうロープから手が離れてしまっていた。
アレスが落下してしまう。
ばしゃりと大きな音を立てて、アレスは水しぶきをあげながら
水中に落ちた。しまった、と思った時にはもう遅かったのだ。
その姿を見ていたエテリアが柵に足をかけて勢いよくアレスの落ちた水面になんの迷いもなく飛び込んだ。
二人とも、水路に落ちてあがってこない……。
庶民たちが心配していたその時だった。
勢いよく水中からエテリアはアレスを抱きかかえて跳躍した
20mほど高く飛び、そして地面に着地する。
「エテリア……」
「……ふん、食事の礼……とでも言っておこうか」
エテリアはアレスをゆっくりと地面に降ろす。ケガはしていない。
周囲の庶民は驚愕したが、すぐに笑顔になった。
果物屋のおばさんも安心したのか
「陛下、よかったご無事で」
と禁句を言ってしまった。
笑顔だった周囲の庶民がざわめきだした。
「え?陛下?」
「……あっ」
果物屋のおばさんは口元をおさえたがすでに遅かった。
周囲からのざわめきを感じたアレスは、エテリアの手を握りしめて、逃げるようにその場から立ち去った。
………
……
…
街の路地裏までやってきてだらしなく倒れるアレス、それを見たエテリアは問いただした。
「なぜ逃げる必要がある?」
「……俺がアレス・ミメルトだってことは秘密なんだ」
肩を大きく上下させ、息を切らせるアレス。
エテリアの頭に疑問符が浮かんでいる。
「私と初めて出会った時は名乗っただろう?」
「あれは君を試したんだ、身分を気にするかどうか」
「ふーん……」
「それに、あの時は二人きりだった」
とても残念そうな顔をするアレス。
「今日が、街を散歩できる最後の日になるなんてな」
「自分が王だということがバレてはいけないのか?」
「あぁ、流石に王が街を平然と歩いていて、騎士のふりをしていた……なんて」
「そこまで気にすることか?」
夕日が完全に落ち、日が暮れていく、あたりは暗くなり始めた。
座って壁にもたれかかっていたアレスが体を起こして立ち上がる。
「エテリア、すまないな。もう街を案内できない」
「……それは困るな、まだ私の知らないことは多いぞ」
よろよろと千鳥足で路地裏から出るアレス、後ろからゆっくりついていくエテリア。
隠れながら、なんとか商店街を抜けて城の裏口から戻らなければならない。
ゆっくりと歩いていたアレスとエテリアだったが、
路地裏から出た途端に、庶民に取り囲まれてしまった。
「……ッ!」
「陛下!アレス陛下なんですね!?」
数十名の庶民に取り囲まれてしまうアレス。
「……そうだ、私がアレス・ミメルト国王だ」
毅然とした態度で対応しようと心がけるアレスだった、が
庶民たちはその言葉を聞いて笑い始めた。
「あっはっは!みんなが気づいてなかったと思ってましたか、旦那様……いえ、アレス陛下」
「な、なに?」
周囲の庶民たちはどうやらアレスが王であることを知っていたようだ。
エテリアがアレスの肩に手を置いて、言葉を発する。
「どうやら、気づいてなかったのはお前の方だったようだな」
ふと、肩に力が入っていたアレスはがくっと力が抜けた。
その途端に笑いが込み上げてきた。
小さく笑うアレス。アレスの肩に手を置いていたエテリアがスッと手を離しそっぽを向く。
「陛下、私の子を助けてくださり本当にありがとうございました!」
「何とお礼を言えばいいか……」
先ほどの少年の父親と母親がアレスにお礼を述べに来た。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
少年もお礼を言ってくれる。
「今度は、気を付けるんだよ」
「うん!それから、お姉ちゃんも助けてくれてありがとう!」
「し、食事をおごられた代わりだ」
父親、母親、少年の三人はいっせいにアレスとエテリアに礼をすると
去っていった、その去り際の後ろ姿でキスを交わしていた。
その光景を見たエテリアは顔が赤くなる。
「……」
ぼーっと立っていたエテリアだったが、アレスがエテリアの顔を見ようとすると
またそっぽを向いた。
「こっちを見るな!」
腕を組んで苛立たしそうにしているエテリア。
そこへ男が一人やってくる。
「勇敢なアレス陛下に祝福を!よーし、みんなで祝うぞ!」
男が酒を片手に叫んだ、それと同時に周囲の庶民たちも空高く叫んだ。
周囲の男たちに手を引かれ、アレスは酒場に連れていかれる。
それと同時にエテリアも女たちに取り囲まれ
「なんて綺麗な……。アレス陛下の妃なの?」
「獣人を選ぶなんて、陛下はよほど飢えてらしたのねー」
「獣人は性欲が強いというのは本当なの?」
「……え?……あ、え?」
完全に混乱しているエテリアは、そのまま手を引かれ
先ほどの酒場に連れていかれる。
夜の宴がはじまった。
………
……
…
一方そのころ、ガストラル帝国の皇帝ロゲン・ガストラルの玉座では反省会のようなものが行われていた。
「何、逃がしただと?」
ガストラル皇帝が野太く低い声でトーレイに言葉を発する。
「はい、しかし毒の矢が当たったという報告は来ていますのでご安心を。
相当な学のある者、または錬金術に長けた者でなければ解毒は不可能」
「……」
「それこそ旧タリアス共和国時代の錬金術でもなければ……」
「もういい、下がれ」
トーレイは身の危険を感じ、水晶玉を握りしめながら一礼して
玉座から去っていった。
そこへ、ロゲンと同じぐらいの体躯の大男が歩いてくる。
190cmはあるその身長、そして体格は筋肉の塊が動いているといってもいい。
「正面からとっとと潰そうや、皇帝」
右手の拳を前に出し、握りしめる大男。
ロゲンは少し考えた後、答えた。
「ふむ、ザグナの言う通り、今一度仕掛けてみるのも手か」
ザグナと呼ばれた大男は笑いながら赤い鎧の騎士を一人呼び出した。
玉座から立ち上がるロゲンは右腕を振り払いながら。
「総員に通達せよ、ミメルトを我が領土にするために
今一度、攻め込むとな!」
その夜の空の月は、赤く染まっていた。
夜の赤い月を眺めながら、ロゲン皇帝の城の外にいたジラボックは
「ボクは勝手にさせてもらおうかな、そのほうが面白そうだし」
そういって、姿を闇夜に消した。
さて、水路から子供を助けたのはいいですが
どうやらまた帝国が攻め込んでくるようですね。
ジラボックは何をするつもりなんでしょう?
続きは次回……。