第7話
「……」
庶民たちの宴が終わった後の夜、ミメルト王国の妃の部屋。
そこでエテリアは頭の後ろで腕を組み、ベッドで寝転がっていた。
天井をじっと見つめて考えている。
ふいに、扉をノックする音が聞こえる。
「エテリア、入るぞ」
ミメルト国王、アレスの声だ。
「……勝手にしろ」
エテリアが返事をするとガチャリと音を立てて、扉は開いた。
ワゴンの上に紅茶をのせてきたアレスが、ゆっくりと扉を閉める。
「どうだった、今日の観光は」
「……」
アレスを前にしてもまったく動じず、ずっと天井を見つめているエテリア。
「私が、怖くはないのか?」
疑問符が、アレスの頭に浮かぶ。
「なんで恐れる必要があるんだ」
「私は獣人だぞ、それを嫌わないなんて」
クスッと小さく笑ったアレスは
「それは、ここがそういう国だからだよ」
と告げた。
たしかに、果物屋のおばさんは言っていた。この国は差別をしないと……。
しかし、そんなことが現実にありえるのだろうか?
帝国ではあんな仕打ちを受けたのに……。
そんな疑問が、エテリアの中にあった。
「お前が、変えたのか?」
「……ああ」
「そうか」
少し間を置いた後、あっさり答えられてしまったエテリアは
アレスが今一度、すごい人物だということが理解できた。
「すごいな、お前は」
「ただ、自分の意志に従っただけだよ」
そうしたいと想ったからそうしただけ、そうしたいと願ったからそうしただけ
そう、ただそれだけだった。
アレスは窓の外を見て、つぶやいた。
「ここは、俺の家族の住む街だから」
「家族?」
「あぁ、沢山の……本当にたくさんの家族の住む大きな家さ
俺はその大黒柱だ」
夜風に当たりながらカーテンがふわふわとなびき、揺れる黒いショートヘアー。
その横顔をじっと見つめていたエテリア。
そのアレスの瞳はとても優しかった。
エテリアの父親のように、強く、暖かく。
「エテリア?……エテリア?」
自分がぼーっとしていたことに気付いたエテリアだったが
「な、何でもない!何でもないぞ!」
慌てて首を横に振る。
まるで小さな子供のように。
「窓を開けっぱなしにすると虫が入る、閉めておいてと
さぁ、紅茶でもどうだエテリア」
「どうして、お前たちは……」
何か言おうとしたエテリアだったが、なんでもないといわれて
それっきりだった。
その紅茶、熱いからと言おうとしたアレスだったが
その前にエテリアが一気飲みしようとしてこぼしてしまった。
そんなエテリアの口をナプキンで拭き取る。
「やれやれ」
その姿を見て可愛いと思いつつため息をつくアレスだった。
………
……
…
少し空が曇っているが、雨は降っていない
今日も比較的いい日和だ。太陽の光が雲の隙間から差し込んでいる。
朝の食事と謁見、報告会を終えたアレスは
いつもどおり裏口から外へ出る。
今日もエテリアと一緒だ。
そんな二人を見てノレッジが愚痴を言った。
「熱心なことで……はぁ」
アレスがやっていない仕事がノレッジに回って
報告書などの書類が数十枚彼の机の上に増えている。
「まぁ、お妃が決まるのでしたら大したことはないのですが、ね」
そんなノレッジに申し訳なく思っているところもあるが、
今はもっと大事なことがある、そう感じているアレスだった。
今日も上級騎士の衣をまとい、街に出るアレスだった。
エテリアも革のビスチェを着ている。
「今日はどこに行くんだ?」
「ちょっとした催しがあってね、そこへ案内するつもりだよ」
街の中を歩くアレスとエテリア、すると途中で大柄な男がいた。
身長は190cmほどの体格、鍛えられた体の男。
スカームだ。
「何をしているんだ、スカーム」
「おお、坊ちゃんか。見てのとおり木材運びさ」
たった一人で大きな木材を片手で運んでいる、かなりの怪力だ。
「何のために?」
アレスが疑問を投げかけるとスカームはとても気さくに笑って答えた。
「家を建てることになった場所があってな、そこの手伝いさ。
いやぁ、頼まれるとなかなか断れなくてなぁ」
そこがスカームの長所だと、アレスは思っていた。
とても義理堅い男だ、アレスは幼少期にスカームには世話になったことがある。
「家ってのは大事だぜ、特に柱はな。
大事なのが一本折れたら、そのまま倒れちまうこともあっからな」
そんな哲学を語ってくれているスカームの方を向いていた
アレスとエテリアだったが、いきなり後ろから女性の声で話しかけられた。
「あら、こちらにいらっしゃいましたか」
金髪のロングヘアーに紫のドレスを着た麗人が口元に右手を当てて
クスクスと笑っている。エテリアは気づいていたが、アレスは気づいていなかったので
少し驚いた。
「ベルジュか」
「なんでびっくりしたんですか?」
「いや、気配を感じなかったんだ」
再びクスクスと笑っているベルジュ、しかしやはり目が笑っていない。
感情がないのだろうかと、エテリアは考える。
「それで、案内する方というのはこちらのエテリアさんでお間違いないですか?」
「あぁ、頼んだ」
エテリアの頭に疑問符が浮かぶ、どういうことだろうか。
「彼女を闘技場へ案内してくれ」
「仰せのままに」
「じゃあ、エテリア。俺はちょっと用事があるから」
とうぎじょうとは何だろうか、と疑問を持っているエテリアをよそ眼に
ベルジュがエテリアに声をかける。
「あ、自己紹介が遅れましたね
わたくし、ベルジュ・フランドールと申します。
以後、お見知りおきを」
右手でドレスの端をつまんで目をつむり、礼をする。
よく見ると左手には1mの大剣があった。
しっかり鞘に収まっている。
「ついでに俺は、スカーム・オルフェズだ。
よろしくな、お嬢さん。
……ベルジュ、がんばってなー!」
木材をもってその場を立ち去るスカーム。
「さぁ、行きましょう。エテリアさん」
「あ、あぁ……」
困惑ぎみのエテリアだが、とりあえずベルジュについていってみる。
闘技場に到着したベルジュとエテリアだった。
入口の受付に話しかけ手持ちの大剣を預けると、木剣を受け取った。
ニコニコと笑いながら歩いてくるベルジュ。
「何をしていたんだ?」
「試合の申し込みですわ」
しあいとはなんだろうと疑問を感じながらエテリアは
立ち尽くしていた。
「そろそろですね」
「待たせたな」
先ほど別れたスカームが闘技場の入り口から入ってくる。
「お嬢さんは客席のほうだ、一緒に行こうぜ」
「エテリアさんは、客席から見ていてくださいな」
今度はスカームに連れられ、闘技場の階段を上る。
そして座席に座った。
「何が始まるんだ?」
「試合だよ」
「試合?」
周りを見渡すと、アレスが闘技場の一番奥の目立つ座席で立ち上がり。
「王国暦49年記念の剣技大会の開会を宣言する!」
と大声で言うと、会場に拍手が鳴り響いた。
「簡単に説明すると一対一の力比べだ」
「ほう」
最初からそういえばいいものを。などと思いながら
エテリアは腕を組み、足を組んで座って試合を見ていた。
………
……
…
2時間ぐらいだろうか。
何人かの者たちが一対一の木剣での戦いをして、勝ち残ったものが
次の対戦相手と戦うことを繰り返していた。
最後に残ったのはミメルト王国騎士団長とベルジュだった。
少しつまらなかったのは、ベルジュの試合相手が全員が棄権したことだ。
どういうことだろうか。
試合会場では騎士団長とベルジュがにらみ合う。
「お久しぶりですね、騎士団長さん」
「ベルジュ様、手加減はしませんぞ」
先ほどと同じように白い旗と黒い旗を持った審判が叫ぶ。
「では、はじめっ!」
審判の合図と同時に騎士団長が先に切りかかった。
木剣による右斜めからの斬り。
ゆらゆらと幽霊のような動きでその一撃を回避し背後をとるベルジュ。
「こちらですよ?」
木剣を右手だけで持ち、スッと振り下ろす。
その一撃を騎士団長は剣で弾きながら横にステップする。
「あら、腕をあげましたね」
「まだまだっ!」
その動きを見たエテリアが感嘆する。
人間にあそこまでの動きができるのか、と。
スカームが素直に感想をのべる。
「ベルジュは強ぇぞ~。
勝てるのはアレス陛下ぐらいじゃねぇかな」
「アレスが、あの動きについていけるのか?」
「なんだ、知らないのか?」
「それよか、その尻尾さ……痛いんだけど」
興奮しているのか、エテリアの尻尾が振り回されベシベシとスカームに当たっている。
1、2、3、4……。
何度も斬りかかる騎士団長だったが、最後にベルジュに足をかけられて転ぶ。
起き上がろうとした騎士団長の前に差し向けられたのは木剣だった。
「くっ、はぁ……降参だ」
審判が白い旗を振り上げた。
「勝者、ベルジュ・フランドール」
決勝戦を勝利したベルジュは会場の全員から拍手喝采を受ける。
騎士団長はトボトボと入口へ歩いていった。
その背中はとても悔しそうであった。
「ボクも参加させてもらえませんかねぇ?」
怪しげなローブを身にまとった男が一人、闘技場のベルジュが入ってきた側の
入口から入ってくる。
男はフードをかぶっており、顔が見えない。
会場が静まり返る。
「……わたくしは一向に、かまいませんよ」
「では、よろしくお願いしますよ。シスター」
審判はまだ何も言っていないのに勝手に試合が始まった。
お互いの一撃が、すれ違う。
ベルジュの一撃は空振り、しかし男の一撃はベルジュの太ももをかすめて
キズが入り、ドレスが破れ血が垂れてくる。
会場がざわつき、男の持っているのが鉄のナイフだということがわかった瞬間、悲鳴や叫び声があがった。
「木剣じゃない!反則だ!」
審判が叫ぶと、その男は着ていたフードを空中へと脱ぎ捨てた。
その脱ぎ捨てたフードは生きているかのようにふわふわと宙を舞う。
「ボクの名はジラボック・グーファン。ガストラル帝国暗殺部隊の総長を務めております」
「暗殺……部隊の……総長」
槍を持ち、鎧をまとった衛兵が駆けつける。
衛兵5人に取り囲まれたジラボックだったが……。
「そこまでだ、抵抗するな!」
「それでは、ボクはこれにて……」
しゃがんだ状態から空中へ跳躍する。
5mほどの高さを飛び、闘技場の出入り口に着地すると、そのままジラボックは去っていった。
「……暗殺部隊の総長ジラボック」
ベルジュがつぶやく、その瞳は何か悲し気な瞳になっていた。
ざわつく会場をしずめたのはアレスだった。
「うろたえるな!ほかにも敵が侵入している可能性がある、警備のものは敵の探索に当たれ!」
「はっ!」
剣技大会は中止となり、周辺はミメルト王国の兵士だらけになった。
アレスはエテリアのところに来て部屋に戻るように伝えるとその場を去っていった。
スカームはエテリアを城に案内した。
エテリアには、もうわけがわからなかった。
ただ一つ分かったのは。……敵襲。
………
……
…
アレスたちが会議室にいる間、ベルジュだけが、まだ自室にいた。
ベッドと机以外何もない、まるでからっぽの部屋の棚の上に一つの小箱があった。
それをゆっくり開けるベルジュ。
「……ルシオ」
ベルジュは、とても悲し気な瞳で小箱に入った銀のナイフを見つめていた。
さて、起承転結の承の2の中間ぐらい、かな?
4まで予定しています。
あのジラボックとベルジュはどういう関係なのか
これからどうなっていくのか、気になりますね!
次回へ続く。




