落ちたら異世界(2)
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車のヘッドライトが整地されてはいるが、舗装はされていない夜道を照らしている。
乗せてもらっている、運転席の窓が割れたり側面の至る所が凹んだりしている一台の豪華なキャンピングカーがそんな夜道を進んでいた。
そして僕は未だに鈴音さんにギュッと抱きしめられている。
「―――もう少しで王都に着きますぞ」
「―――はぁ、漸く着くのですね。この車とは言え疲れましたね」
山城さんによると、もう少しで王都に着くらしい。
確かに長い道のりだった。
徒歩だったら五日ほどはかかる道のりだったんじゃないだろうか。
いや、先程―――盗賊に襲われていたのを救った時、いや救ったって言えるのかな?―――のように今度は自分が何かに襲われたりしていれば更に数日かかっていたのかもしれない。
まあ、それは今となってはどうでもいいことだけどね。
それにしても漸くの町だ。
異世界なのはほぼ決定してしまった今となっては初の町だ。
どんな感じなんだろう?
そして早めに抱きつきを解除して欲しい。
美少女にギュッとされるのは嬉しいんだけど、元男で両性具有ときてるんだ……後は察して欲しいな。
「―――そう言えば狐白さん、荷物を何も持っていなかったようですけど?」
「ああ、ええと……そう、とられちゃったんです。いつの間にか無くなっていて困ったなぁって……あ、あはは」
「そう、ですか。大変でしたね。と言う事は、身分を証明できるものやお金も無い……と?」
「はぁ、そうなりますね」
魔法アリのこの世界にいきなり放り出された訳だから当たり前だ。
知らない場所、知らない風景、一文無し。
くぅ、本当に運が良くてよかった。
あの場面に遭遇して鈴音さんと山城さんが助かって無かったら、僕は今頃……考えないでおこう、うん。
それに、今の僕の見た目の種族である『獣人』が当たり前に存在していて、僕の言葉も通じているということはとてもありがたい。
獣人が当たり前じゃなくて、言葉が通じないって絶対生きていけないよね。
小説の世界だとその場合、最悪奴隷?
……ほんっっっとうに良かったよ!
―――でもそれにしてもこの世界観は何処かで見た事があるんだよね。
どこだったかな?
「では王都の門を通る時は私たちの知人と言う事にしましょう。それで通れるはずです。身分証は……お金を稼ぐのと並行してFAGに登録するのがいいかもしれませんね」
「ふむ、それがいいですな」
「あの、FAGってなんですか?」
「「え?」」
げっ……やばい、この世界の常識だったのかもしれない。
でも、マジでFAGってなんなのさ!?
「―――FAGとは、フリー・エージェント・ギルドの事です。この頭文字をとってFAGと言うんですが……本当に知らないんですか?」
「えーっと……」
「はぁ、FAGがない村なんてあったかしら?」
あっ! あぁ……フリー・エージェント・ギルドか。
思い出せた、思い出せた。
このFAGって言葉どっかで聞いたなぁと思ったら、僕がハマってたあのオンラインゲームにあったんだよ。
焦って損した気分だよ。
そのFAGは居酒屋のアルバイトから商人の護衛、魔獣や魔物狩りまで何でもござれの所謂ファンタジー小説特有の冒険者ギルドの様なものなんだよね。
お金が手に入るから、良いかもしれない。
こんな仕事を一度はやってみたかったんだよね。
異世界に来た時にいつの間にか身につけてる不思議パワーを使って千切っては投げ千切っては投げ……とか。
ま、そう言うのは趣味じゃないんだけどね。
それに、あのゲームはステータスもスキルもレベル制だったからそんなに簡単に強くなれないし、僕は後方支援型だったから、更に成長遅かったし、この世界が完全にあのゲームの世界だとは分からないしなぁ。
それと、この異世界に落とし穴で落ちて来た時に女神様とか神様に出会わなかったもんね。
そう言えばあのゲームの僕の種族は銀狐族だったな。
ん、そう言えば今の僕の姿はそれに近い様な気がする。
あのゲームの世界だと言う可能性が更に上がったね。
「思い出しました。ええ、思い出しましたとも。依頼を受けてお金を稼ぐところですよね?」
「なんだ、知ってるじゃないですか。そこで登録すればFAGカードがもらえて身分証の代わりにもなりますし、お金も稼げますからね。登録していて損は無い筈です」
「まぁ、そこら辺は王都に着いてから考えてみればよいのではないですかな。今日はもう遅いですし、明日考えても遅くは無いですぞ」
「そうですね。そうしましょう。それでは、貴女が今日泊まる場所は私の家でいいですね。それと明日FAGに行く時は私も付いて行きます。そして貴女の武具や道具を揃える、と言う事に致しましょう!」
「―――えっ、なんでですか?」
「貴女は私たちの恩人ですから」
「……そこまでしてもらう訳には―――はい、わかりました! わかりましたから顔を離してください! 近いです!」
「うふふっ」
お金が無いからありがたい……ありがたいけど、いかんせん顔が近すぎるんだな、これが。
その所為で自分の意見を押し通せなかったよ。
だって鈴音さんはきれいな女性なんだもん。
元男としては胸がちょっぴり以上に高鳴ってしまうではないかっ。
でも、鈴音さんにとっては女同士なので気にしていない様子だしっ。
ここは大人しく相手の気が済むまで付き合おうではないか、うん。
僕は大人なのさっ……大人なのさ……。
それに買ってもらうにしても、さすがに高級品過ぎたら断らせてもらえばいい。
……ん、あれ? そう言えばいつの間にか僕が鈴音さんの家に泊まるのが決まってるよ?
そんなこんなの話をしていると、車のスピードが落ちてきた。
「どうしたんですか?」
「―――王都の入り口が見えてきましたぞ」
山城さんがそう言うので前方を見る。
そこには巨大な壁がそびえたっていた。
そう、高くて大きい。
まさに巨大という言葉が似合う壁だ。
しかしそれ以上に、巨壁の奥の方には高くて大きなビル群が存在感を顕にしている。
何というか、中世の風景―――平らに整地されてはいるようだが舗装されていない土が剥き出しの道と周りに鬱蒼と生い茂る草や森―――に現代の町をミスマッチさせたようなあやふやな感じを持たせる。
壁の内側には現代式のビルが見えるのに壁の外側は中世……完全にあのゲーム、『残酷な真実Online』だね、確定だろうさ。
ゆっくりと車が巨大な壁に近づいて行くと、大型車が余裕で通れるほどの大きさの門が見えてきた。
その門の前には門番の兵士が立っていた。
こんな夜遅くにお疲れ様でーす。
「―――どうした! 何があった!」
どぅわっ、びっくりした!
立っていた門番の兵士が車の状態を見て驚いたのだろう、駆け寄ってきた。
そう言えばこの車は運転席の窓が割られていたり、側面が凹んだりしていたんだった。
心配するよねぇ。
「ふぉふぉふぉ、ご苦労様です。いやなに、途中で盗賊に襲われた程度ですぞ」
「……!! こ、これは森之宮家の御令嬢と執事長殿。御無事で何よりです! ……おや、そちらの可愛い御方は?」
「こちらは稲荷狐白様と言ってお嬢様のご友人です。ちょうど道を進んでいるときにお見かけしたので載せている次第ですな」
「おお、そうでしたか。あ、長々と話してしまい、申し訳ありません。―――どうぞお通りください」
大きな門が開いていき、巨大な壁の中に入れるようになる。
とうとう、初の町を見ることができるようだ。
どのような町並みなのだろう……ビル群は相変わらず見えるがって、これもあのゲームと同じか。
変わってるところもあるのかな?
というか、僕たちの身分を念のためでもいいから確認しなくてよかったのだろうか……鈴音さんって案外有名なのかな?
そんなことを考えていると隣に座る鈴音さんが徐に口を開いた。
「―――さぁ、ようこそ、王都『トウキョウ』へ! 稲荷狐白さん?」
「は~、ここが王都『トウキョウ』ですか……へ、東京!?」
なんと、ここは東京と言うそうだ。
しかし、僕の知っているゲームの王都の名前とは明らかに違う。
日本名の人たちと王都って言うぐらいだから僕がやっていたゲームの日本サーバーのヌハン国首都『カンバル』だと思ってたけど……あれぇ?
「ふぉふぉふぉ。まあまずは何もかもが屋敷に着いてからですな。屋敷に向かうとしますかの。冒険者登録と武具や道具の準備は明日でよろしいのでしたかな」
「そうしましょうか。御父様たちも心配しているでしょうし」
町中になると周りはやはりそびえ立つビルの群れだった。
所々に武器屋や防具屋、道具屋に宿屋等が目に入る。
それらの店は未だに活気に満ち溢れているようだ。
それに、路上には酔っぱらった人たちがいるのはどこの世界でも同じなのだろう……武器や防具を身に着けていなければ。
しかし、ちらほらと見える人たちの中には獣人と思しき人はいなかった。
髭もじゃの人や耳が長い人などもいたけど、やっぱりエルフやドワーフだよね。
明日じっくり見られることを期待しよう。
……あ、何人か車にひかれてる人がいる。
でも無傷っぽいぞ。
すごいなこの世界の人たちは。
化け物かなんかかな?
鈴音さんに聞いてみたところ、冒険者である程度上位のランクになった人は車にひかれた程度ではどうにもならないそうだ。
かなりの速さの車に轢かれても最悪ちょっぴり傷を負う程度らしい。
じゃないと、高ランクの魔獣に太刀打ちできないようだ。
まあ、それでも超高ランクの魔獣は人に太刀打ちできる存在ではないそうだが。
魔獣にもランクがあるらしいがそれは明日のFAG登録の時に教えてくれるらしいね。
それまで楽しみに取っておこう。
聞いたときに絶望しないように心の準備も必要だしね。
「―――もうすぐ付きますよ」
「もうすぐですか。鈴音さんってどんなところに住んでいるんですか?」
「それはですね―――」
先程から長い塀の横を進む車。
漸く塀が途切れたと思ったらそこは屋敷へ入る門だった。
「―――ここが、私のお家です。いらっしゃいませ森之宮家へ」
「宿に泊まらせて頂きま―――」
「―――却下です」
ニッコリ速攻で却下されてしまった。
駄目だ、この笑顔に勝てる気がしない。
勝てる奴は男じゃないねっ、あ、僕今男じゃ無いや! HAHAHA!
……こほんっ、それにしてもかなりのお金持ちな方々に僕は拾われたようだ。
喜ぶべきなのか、恰好が格好なので恥ずかしがるべきなのか。
ただ、どう見ても場違いであることはわかる。
さっき、門番の兵士さんが森之宮家のご令嬢と執事長って言ってたのはこういうことだったんだね。
う~ん、鈴音さんが見た目ぽややんとした人だからご両親もやさしい人だとは思うんだけど、もし怖い人だったら……あ、あわわわわ。
「……こ、心の準備が」
「心の準備なんて必要ないですよ? さあ、早く入りましょう」
「も、もうちょっとだけ待っ―――」
「ふぉふぉふぉ、問答無用。全速前進、発車しますぞ」
山城さんが勢いよくアクセルを踏んだことにより身体が後ろにひかれ最後まで喋ることができなかった。
この車の勢いの中、鈴音さんはニコニコと笑顔である。
そして、屋敷の入り口の門はゆっくりとしまっていった。