↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/21

エピローグ 王国最強の女騎士は、夫の溺愛に勝てない

 結婚してから、1か月が経った。

 離宮での暮らしは、以前とそれほど変わっていない。マーサは相変わらず世話焼きで、リネットは毎日元気いっぱい。ガレス殿やノエルたちも、護衛としての仕事に励んでいる。

 私も午前中は騎士たちの訓練に付き合い、午後はルシアン様のお仕事を手伝ったり、庭園で一緒に過ごしたりしている。

 ただし、ひとつだけ、大きく変わったことがあった。

 それは、毎朝、愛する夫の隣で目を覚ますようになったことだ。

 私は寝台の上で横になり、隣で眠っているルシアン様の顔を見つめていた。

 柔らかな銀髪に、整った目鼻立ち。長い睫毛が頬へ影を落とし、穏やかな寝息を立てていらっしゃる。

 何度見ても、綺麗なお顔だと思う。

 こんな方が、私の夫だなんて。

 結婚式を挙げた今でも、ときどき夢を見ているような気持ちになる。


(……もう少しだけ、見ていてもいいかしら)


 私はそっと身を寄せ、ルシアン様の寝顔を眺めた。

 すると、不意に彼の唇が動いた。


「……おはようございます、セレナ。そんなに近くにいらっしゃると、少し照れてしまいますね」


「なっ!? お、起きていらしたんですか!?」


 私は慌てて身を起こした。

 ルシアン様は楽しそうに微笑みながら、私の手を探すように伸ばしてこられる。

 その手を取ると、彼は優しく指を絡めてくださった。


「ええ。少し前から。あなたが近くで動いたので、目が覚めました」

「そ、そうでしたか……。申し訳ありません。起こしてしまいましたね」

「いいえ。大好きな妻が隣にいるとわかる朝は、とても幸せですよ」


 朝から、なんてことをおっしゃるのだろう。

 私は顔が熱くなるのを感じながら、視線を逸らした。

 けれど、ルシアン様はそんな私の様子など知らず、穏やかに続けられる。


「……セレナ。おはようの口づけを、いただいてもよろしいですか?」


 私は思わず息を呑んだ。

 結婚してから、こうして口づけを交わすことは珍しくなくなった。

 それでも、いまだに慣れない。

 けれど、嫌なわけではないのだ。

 むしろ、私だって……。


「……はい。喜んで」


 私は彼の頬へそっと手を添え、唇を重ねた。

 ほんの短い口づけのつもりだった。

 けれど、離れようとしたところで、ルシアン様が私の腰へ腕を回し、優しく抱き寄せてこられた。


「……ル、ルシアン様?」

「もう少しだけ、このままでいませんか?」


 耳元で囁かれ、胸が大きく跳ねた。

 私は彼の胸へ顔を埋めながら、小さく答える。


「……でも、そろそろ起きませんと。朝食の時間が……」

「まだ少し余裕がありますよ。それに、今日はあなたとゆっくり過ごしたい気分なのです」


 そんなことを言われてしまったら、断れるはずがない。

 私は小さく息を吐き、彼の胸へそっと身を寄せた。

 ルシアン様は満足そうに微笑み、私の髪を優しく撫でてくださる。

 王国最強の女騎士と呼ばれた私が、こんなにも簡単に降参してしまうなんて。

 けれど、不思議と悔しくはなかった。


❀ ❀ ❀


 結局、私たちが食堂へ向かったのは、いつもより少し遅い時間だった。

 食卓には焼きたてのパンと温かなスープが並び、マーサが紅茶を用意してくれている。

 私が席へ着くと、リネットがにこにこと笑いながら声をかけてきた。


「セレナ様、今日はずいぶんお顔が赤いですね?」


 私は思わず肩を跳ねさせた。


「そ、そうかしら? 少し暑いだけよ」

「そうですか? 今朝は涼しいですよ?」


 リネットは不思議そうに首を傾げた。

 その隣で、マーサまで穏やかに微笑んでいる。


「新婚ですもの。朝はもう少しゆっくりお過ごしになってもよろしいのですよ」


「マ、マーサまで……!」


 私は思わず両手で頬を押さえた。

 すると、隣に座るルシアン様が、何事もなかったかのように紅茶を口へ運ばれる。


「セレナは、朝からとても可愛らしかったですよ」


「ル、ルシアン様!?」


 私の声が食堂に響いた。

 リネットは嬉しそうに両手を合わせ、マーサは口元へ手を添えて笑っている。

 どうして皆、こんなにも楽しそうなのだろう。

 私は恥ずかしさのあまり、今すぐ食卓の下へ隠れたくなった。

 けれど、ルシアン様はそんな私の手をそっと取り、穏やかに微笑まれる。


「……本当のことを言っただけなのですが、いけませんでしたか?」

「い、いけなくはありませんけれど……! 皆の前では、少し……」

「では、2人きりのときなら、たくさん伝えてもよろしいのですね?」


 私は言葉に詰まった。

 そんな私の反応を聞いて、ルシアン様は楽しそうに笑われる。

 剣の稽古なら、そう簡単に負けることはない。

 けれど、この方とのやり取りだけは、どうしても勝てる気がしなかった。


❀ ❀ ❀


 午前中は、いつもどおり訓練場へ向かった。

 今日はノエルたちの剣術を確認する予定だ。

 私は訓練用の剣を手に取り、向かいに立つノエルへ声をかけた。


「準備はいい、ノエル?」

「はい! 今日こそは、一本取らせていただきます!」


 ノエルは気合十分に剣を構えた。

 私は小さく微笑み、軽く頷く。

 合図と同時に、ノエルが踏み込んできた。

 以前よりも鋭い一撃だ。私はその剣を受け流し、彼の重心が前へ移った瞬間を狙って足を運ぶ。

 次の瞬間、私の剣先はノエルの胸元でぴたりと止まっていた。


「……参りました!」


 ノエルは悔しそうに笑いながら、剣を下ろした。

 私は彼の肩を軽く叩き、動きを振り返る。


「以前よりずっとよくなっているわ。ただ、攻めるときに少し重心が前へ寄りすぎるの。そこを意識すれば、もっと強くなれるはずよ」

「はい! ありがとうございます!」


 ノエルが元気よく頷いた、そのときだった。


「……セレナ。今日もお疲れさまです」


 聞き慣れた優しい声が、訓練場の入口から響いた。

 振り返ると、ガレス殿に案内されたルシアン様が立っていらっしゃった。

 私は慌てて剣を置き、彼のもとへ向かう。


「ルシアン様! どうかなさいましたか? お仕事はもう終わられたのですか?」

「ええ。午前中の書類はひと段落しましたので、少し休憩をしようと思いまして」


 ルシアン様は穏やかに微笑まれた。

 私は頷きながら、彼の手を取る。

 すると、ルシアン様が何気ない口調で続けられた。


「それに、少しあなたの声が聞きたくなったのです」


 私は思わず固まった。

 背後では、ノエルたちが何やら小声で話している。

 振り返る勇気はなかった。


「……ル、ルシアン様。ここには、皆が……」

「ええ、わかっていますよ」


 ルシアン様は楽しそうに笑われた。

 そして、訓練場にいる騎士たちへ向けて、穏やかに声をかけられる。


「皆さん。少しだけ、私の妻をお借りしてもよろしいでしょうか?」


 その瞬間、ノエルが勢いよく返事をした。


「もちろんです! セレナ様、どうぞごゆっくり!」


 周囲からも笑い声が上がった。

 私は真っ赤になりながら、ノエルを睨む。

 けれど、彼はまったく悪びれた様子もなく、嬉しそうに笑っていた。

 ガレス殿まで苦笑している。

 私は小さくため息をつき、ルシアン様の腕を取った。


「……まったく。皆、楽しそうなんですから」

「ふふっ。あなたが愛されている証拠ですよ」


 そう言われると、もう何も返せなかった。

 私は照れくささを感じながらも、彼と並んで訓練場をあとにした。


❀ ❀ ❀


 午後は、離宮の庭園でゆっくり過ごすことになった。

 白い月鈴草が咲く、私たちにとって思い出深い場所だ。

 私は木陰の長椅子に腰掛け、ルシアン様の隣で本を読み上げていた。

 穏やかな風が吹き、花の香りがふわりと漂ってくる。

 しばらく読み進めたところで、ルシアン様が静かに声をかけてこられた。


「……セレナ。ひとつ、お願いしてもよろしいですか?」

「はい。何でしょう?」


 私は本から顔を上げた。

 すると、ルシアン様は少しだけ照れたように微笑まれる。


「あなたの膝を、お借りしたいのです」


「……ひ、膝ですか!?」


 思わず声が裏返った。

 ルシアン様は穏やかに頷かれる。


「ええ。妻に膝枕をしてもらうのは、いけませんか?」


 そんなことを言われてしまったら、断れるはずがない。

 私は頬が熱くなるのを感じながら、そっと膝の上を整えた。


「……い、いえ。もちろん、構いません。どうぞ」


 ルシアン様は私の手を頼りに体勢を変え、ゆっくりと頭を預けてこられた。

 銀色の髪が膝の上へ広がり、柔らかな感触が伝わってくる。

 私は緊張しながらも、そっと彼の髪を撫でた。

 すると、ルシアン様は心地よさそうに息を吐かれる。


「……とても落ち着きます。あなたの声が、すぐ近くで聞こえるので」


 私は思わず微笑んだ。

 こんなにも無防備な姿を見せてくださるのは、きっと私を信頼してくださっているからなのだろう。

 そう思うと、胸の奥が温かくなる。

 私は彼の銀髪を優しく撫でながら、小さく囁いた。


「……私も、ルシアン様とこうして過ごす時間が大好きです」


 すると、ルシアン様が私の手を取り、指先へそっと口づけをされた。


「……愛していますよ、セレナ」


 私は思わず息を呑んだ。

 胸が大きく跳ね、手にしていた本を落としそうになる。

 ルシアン様はそんな私の反応を楽しむように、穏やかに微笑まれた。


「……ふふっ。まだ、慣れませんか?」

「な、慣れるわけがありません……! そんなふうに、突然……」

「ですが、本当の気持ちですから。何度でも伝えたいのです」


 私はもう、何も言えなくなってしまった。

 ただ、彼の髪を撫でながら、胸の奥に広がる幸せを噛みしめる。

 王国最強の女騎士と呼ばれた私が、こんなにも簡単に心を乱されるなんて。

 けれど、それも悪くないと思えた。


❀ ❀ ❀


 夕方になり、庭園に柔らかな橙色の光が差し込み始めた。

 ルシアン様は私の隣へ座り直し、穏やかに風の音へ耳を傾けていらっしゃる。

 私はその横顔を見つめながら、ふと考えた。

 今日1日、私はずっとルシアン様に甘やかされてばかりだった。

 朝も、食堂でも、訓練場でも、そして庭園でも。

 もちろん、嬉しい。

 けれど、少しだけ悔しい気持ちもある。


(……いつも私ばかり、こんなにドキドキしている気がする)


 私は小さく息を整え、勇気を出して口を開いた。


「……ルシアン様。今度は、私のお願いを聞いていただけますか?」


 ルシアン様はすぐに顔を向けられた。


「もちろんです。何でしょう?」


 私は少しだけ俯き、頬が熱くなるのを感じながら答えた。


「……少しだけ、抱きしめていただきたいんです」


 ルシアン様は一瞬、驚いたように息を呑まれた。

 けれど、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべられる。


「……少しだけ、でよろしいのですか?」


 私は思わず顔を上げた。

 彼の声には、どこか楽しそうな響きが混じっている。

 私は少し迷ったあと、正直に答えた。


「……できれば、もう少し長く」


 ルシアン様は柔らかく笑われた。

 そして、私の手を取り、そっと腕を広げられる。

 私はその胸へ身を寄せ、彼の背中へ腕を回した。

 温かな腕が私を包み込み、優しく抱きしめてくださる。

 私は彼の胸へ顔を埋めながら、静かに目を閉じた。

 かつての私は、誰かに甘えることなんて考えられなかった。

 騎士として強くあらねばならない。

 誰かを守る側でいなければならない。

 そう思い込んでいたからだ。

 けれど、今は違う。

 私はこうして、自分から愛情を求められる。

 そして、この方はそれを喜んで受け止めてくださるのだ。


「……セレナ。あなたが甘えてくださるのは、とても嬉しいです」


 ルシアン様は私の髪を優しく撫でながら、静かに囁かれた。

 私は小さく頷き、さらに身を寄せる。


「……私も、嬉しいです。こんなふうに甘えられる相手がいるなんて、以前の私には想像もできませんでした」


 ルシアン様は何も言わず、ただ優しく抱きしめてくださった。

 その温もりが、何よりの答えだった。


❀ ❀ ❀


 夜。

 夫婦の寝室には、柔らかな灯りがともっていた。

 私は寝台の端に腰掛け、髪をほどいている。

 ルシアン様はその隣へ座り、私の手を取ってくださった。


「……セレナ。今日は、とても幸せな1日でした」


 私は思わず微笑んだ。


「私もです。……でも、少しだけ困っています」

「何かありましたか?」


 ルシアン様は心配そうに尋ねられた。

 私は少し照れながら、正直に答える。


「……ルシアン様が、あまりにも私を甘やかしてくださるので。私、どうしたらいいのかわからなくなってしまいます」


 すると、ルシアン様は楽しそうに笑われた。


「それは困りましたね。ですが、やめるつもりはありませんよ」


「……もう!」


 私は思わず笑ってしまった。

 ルシアン様は私の頬へそっと触れ、優しく口づけをされる。

 その指先が、左頬の傷へ触れた。

 けれど、私はもう、その手から逃げようとは思わない。

 むしろ、もっと触れていてほしいとさえ思う。


「……私は、あなたを幸せにするために、これからもたくさん甘やかすつもりです」


 私は胸がいっぱいになり、そっと彼の胸へ身を寄せた。

 ルシアン様は優しく腕を回し、私を抱きしめてくださる。

 その温もりに包まれながら、私は静かに目を閉じた。


(……王国最強の女騎士と呼ばれた私にも、どうしても勝てない相手がいる)


 それは、私を誰よりも愛してくれる、大切な夫だ。

 けれど、勝てなくても構わない。

 むしろ、これから先もずっと、この方に甘やかされていたいと思ってしまう。

 私は少しだけ顔を上げ、彼の手をそっと握った。


「……ルシアン様。明日も、こうして甘えていいですか?」

「もちろんです。明日も、その次の日も。……一生、私に甘えてください」


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!(*´ω`*)


『醜いと蔑まれた女騎士は、盲目の王子に溺愛される。』は、これにて完結となります♪


傷を抱えながらも懸命に生きてきたセレナと、そんな彼女を優しく包み込んでくれたルシアン。


いろいろなことを乗り越えてきた二人が、こうして幸せな日々を迎えられて、書いている私まで幸せな気持ちになってしまいました(*´꒳`*)


二人の恋を最後まで温かく見守ってくださったみなさま、本当にありがとうございます!


少しでもほっこりしたり、きゅんとしたりしていただけていたら嬉しいです♪


もし「面白かった!」「二人の幸せをもっと見ていたい!」と思っていただけましたら、ぜひ★評価やブックマークで応援していただけると、とっても嬉しいです!


みなさまからの応援が、次の物語を書く大きな励みになります(*´ω`*)


これからも、読んでくださる方の心が少しでも温かくなるような物語をお届けできたらと思っています。


また別の物語でもお会いできますように♪


最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。