7.下崎財閥
「こっちが私の部屋だ、遠慮なく入ってくれ」
アスチルの黙認を得てソニア王女に連れられた僕は、王女本人との距離感を掴めないまま部屋に入ることになってしまった。王族らしい言葉使いと振る舞い方からは想像できないほど、中身は純粋な年相応な少女だった。
「失礼ですが王女、あなたは異性をこうも簡単に招き入れるのですか?私としては異性との関わりはもう少し慎重に行った方が良いと思うのですが...」
「おや...私の部屋に入るのは何かしら不満があるのだろうか?」
「いえ...『不満』はありませんが、『不安』はあります」
「確かに異性となると兄上くらいしか入れたことはないね...でも安心していい、なにも監禁しようというわけじゃないんだ、自分の家だと思ってくつろいでくれ」
(そういう意味じゃないんだけどな...「監禁」ってソニスに何したんだよ)
「では、失礼します...」
王女に性関係のことを話しても理解が及ばないと判断し、このまま王女の話を聞くことにした。だが王女のペースに飲まれないように細心の注意を払った。
「椅子は好きな方に座っていいよ、兄上以外だと別の国の友人くらいかな?」
「しかし王女はなぜ私とお話をしようと思ったのですか?」
王女はティーカップを二つ用意するとお湯を淹れ始めた。準備からスピーディーで手際がいい。僕らを部屋に入れる前提だったのか、あとは茶葉を選ぶだけだった。
「名前はガーベラだったかしら、好きな種類のお茶はあるのかな?」
「特にこだわりはないです、王女のおすすめを淹れていただいて構いません」
「なら、今回はアールグレイにしよう」
ソニスと王女の関係は本当に良くないのだろうか?言っちゃなんだが、楽観的すぎる態度の妹にただ疲れているだけかもしれない。が、それだけで客人の前でもあんなに嫌そうな顔をするだろうか?今はそれが一番聞きたいことだ。
「できたよ、熱いからゆっくり飲むといい」
「ありがとうございます...」
「おっと、その前にきちんと自己紹介をしないといけないね。改めて私はソニア=ルナ・ニサーカだ。ソニスとは双子だが、公式的には私が妹ということになっている。これが私のプロフィールだよ」
似ている。兄妹そろって世間知らずなところがあるというか、自分へのこだわりが少ないというか...プロフィールはある程度は見せても問題ないが、普通こんな簡単に出さないんだけどなぁ...
「私のもお見せします」
お互いの顔の前にプロフィールが浮かび上がると、無言の状態が続いた。
〈「名前:ソニア=ルナ・ニサーカ」「年齢:19」「職種:王女」「ハートスタイル:闇」〉
(やっぱすげぇ...)
「...旅人という職種の人に会うのはあなたが初めてだ」
「私はあなたのプロフィールをのぞけただけでも幸運ですよ...」
「そうだ、私もあなたも王女と客人の関係として話しているがそれも疲れるだろう。ぜひこの間だけでも気軽に接してくれ、呼び捨てで呼び合うくらいの友人に私となってくれないだろうか?...いや、この場合は私もそうしないといけないnk...のね?」
「王女にご無理はさせられませんよ」
「いいnd...のよ、私が勝手にそうしたいだけなんだから、遠慮はなしね」
もう一度言う、この兄妹は本当に似ている。どんなところがと言うと、他人にとてもフレンドリーであること。そして自分に執着がほぼないこと。
「じゃあ、ソニア...でいいの?」
「ええ...改めてよろしく、ガーベラ?」
「ハハハ...」
(うぅ、誰か僕に助言してくれ!)
〈ガーベラとアスチルの借りた部屋〉
「あ~暇だ!ガーベラのやつひとりで女の子の部屋に行きやがって...しかも国の王女様だぜ?”あの世界”じゃ絶対になかっただろうな...」
大きな独り言も広い空間にすぐかき消されるという虚無感に浸っていると、無性に窓の外を見まわした。城下町の方はとても賑わっている、自分も許可をもらえば外ぐらいは行かせてもらえないだろうか?特に外出制限はされてないはずだ。
「あれ、ベランダなんてあったのか」
よく部屋を見ていなかったのか、ベッドが置いてあるさらに奥に、ベランダに出ることができる扉を見つけた。
ガチャ...
ベランダに出てみると城下町を一望でき、活気づいた声が聞こえて、なんか嬉しくなって笑顔になった。
「おっ、いいねぇ!こんなに高かったのかこの部屋、ガーベラよりも先に発見できたの最高じゃん!夜景はどんな景色なんだろうな~」
自分が回ったところがどこかをしばらく探していると、自分たちが助けた洋菓子店を見つけた。夫が外で宣伝を一生懸命に頑張っていて、周りの人も美味しそうに試食品を食べて店内に入っていった。
「・・・」
この景色が”あの世界”でも見られればいいんだけどな。あんな仕事を自分が選んだわけではなかったが、理想的な職場を考えるならあの景色だ。
「...楽しそうでいいなぁ」
お店を見ていると”あの世界”で自分が勤め始めていた会社を思い出していた。決して楽しいという感情は無く、パワハラで訴えたいくらいの上司暴力を受けていた記憶が嫌でも頭に浮かんでくる。
〈約一年前・とある会社〉
アスチルこと上田推利は、高校を卒業した後、それなりにいい会社「遠田AIグループ」に勤務することができていた。彼は情報処理能力が長けていて、情報系の会社に好印象を持たれていた。主な業務はまだ教えられる段階にはなかったが、同期の人とはいい関係を築いていた。
が、全て上手くはいかなかった。
一番推利が恐れていたのは彼の上司・下崎王樹の存在だ。とにかく鬼だった。新人の担当を任されるのが嫌だったのか、それとも推利を気に入らなかったのかは知らなかったが、褒められた記憶がまるでない。
もっと嫌なことにあいつはなぜか周りからの評判が高い。理由は二つ。
まず一つは下崎本人がそれなりの大金持ちの「下崎財閥」出身の身であること。嫌でも彼に都合の悪いこと公で言えば、財閥から狙われかねないのである。俺の上司を中心に、会社の中で「下崎派」と呼ばれる派閥ができてしまう程に。
二つ目、その下崎財閥が事実上「遠田AIグループ」を乗っ取ってしまっていることだ。社長である遠田知貴は必死に一族からの圧力に対抗しているが、社員から見ると押され気味になっているような気がして怖い。でも、今の下崎財閥を止められる人がいるならば社長ただ一人...知貴社長は俺が会社の中でも好きな人だ、彼が自分の入社に関わったと言っても過言ではない。絶対にあんなクズのいる家なんかに負けてほしくなかった。
「下崎さん、次の仕事って俺何すればいいんですか?」
「あぁん?!んなこと自分で考えろや、アホが!」
「いえ、あなたの指示で動くことになってるんですよ」
「るせぇよ、お前はオレに見せられるぐらいの企画書を早よぉ完成させろ、明日までな!」
(はぁ?教育の役割ほったらかしで何自分の仕事全部任せようとしてんだよ)
「・・・」
「なんだその顔は、文句あんのか?!」
「いいえ」
「口を動かす前に手を動かさんかい!」
(お前が答え求めてきたんだろうが)
コーヒーを片手に持ちながらそんな偉そうなことを言うやつだ。下崎のたったひとりのせいで、彼はあの会社はブラックだと認識しはじめていた。もう少し言えば、下崎だけでなく自分より年が上の先輩のほとんどがそうだった。都合のいい道具のようにこき使い、気に入らない部分があればすぐ説教。「パワハラで訴える」と同期の人がカチコミに行ったことがあるが、次の日から彼を見なくなってしまった。恐らく理不尽な訴訟対策を提示されたか、心を折られて金を渡されたかのどっちかだろう。
ある日、そのことを下崎に聞いてみたことがあった。
「下崎さん、昨日カチコミに行ったあいつどうなったんですか?」
「お前が知ることじゃねえだろ、仕事しろ仕事」
真実を求めようとしたが、逆ギレさせてはいけない。それを見越した同僚の武田が小さな声で耳に語り掛けてきた。
「上田、あいつのことだが...クビになったらしいぞ?」
「マジか...」
「ああ...パワハラで訴えようとしたが、噂では家族まで人質っぽく取り扱われたらしいぜ」
「濁りのないブラックじゃねぇか...」
「...ブラックに濁りも薄いもないだろ?」
「おいそこ何コソコソ話してんだ、無駄口叩く暇あったら働けっていつも言ってんだろうが!」
武田が下崎に聞こえない程度に舌打ちし、推利も目を盗んで怒りのままパソコン越しで上司の顔を睨みつけた。
ただそれ以上のことを新人の立場でやったら確実にクビにされる。ある程度のことはこの男や先輩に従う心の広さを確保しないといけないのは課題だった。
〈それから11か月後・会社内〉
年を越し、人の異動や新人が入ってきたりして少し雰囲気が変わった。
ただし”ほんの少しだけ”である。
2、3人自分にも後輩ができた。だが推利は先輩や下崎のような人間にだけは絶対になりたくなかった。せっかく仲良くなれそうな後輩に会社に対して悪印象を抱かせないよう丁寧な対応を心がけた。まあ、下崎や先輩の暴動にかき消されるのだが。
そんなある日、社内で変な噂と動きがあった。
下崎が急な失踪を遂げたのである。
正直俺は嬉しかった。会社でも特に嫌なあいつがいなくなってくれたんだ、代理はまた違う先輩になるだけだが、それだけで十分に心が解放された気分だった。下崎を嫌っていた一部の同期はこのことをSNSに上げ、下崎派の上層部は会社のイメージダウンを避けるために隠蔽や説明に追われた。もちろん社長もこれに巻き込まれている。
「いい気味だな下崎も、人を散々使いまわした罰が下されたんだ。なあ上田、滝川?」
「ちょっと武田先輩!あまり変なことは言わないほうが...」
「そうだぞ武田...でもこれで少しでも会社のイメージが良くなればいいけど...」
だが会社は良くも悪くも、一人抜けたところで環境が変わるなんてことはまずない。本人には大した実力がないくせに、人の手柄は自分のものにするクズだが、彼と直接仕事をしたことがない者にどれだけ言っても無意味なことは明白だ。さらに残念なことに次の上司も下崎派の人間だった。
「おいお前ら、なんで下崎のことをそんな悪いやつみたいに言うんだ?あいつはちゃんと実績を残して会社に貢献した素晴らしい人だぞ...!」
(あいつ本人じゃなくて”部下”がな?)
「そんなあの方を悪く言うなんて、どこまで無礼者なんだお前たちは。むしろ感謝の一言くらい大声で叫べよ、おい?!」
(あ~あ...面倒くせ)
...その会話があった次の日、その上司もいなくなった。
(...どういうことだ?)
下崎本人が失踪したあの日から、下崎派の人間がぽつぽつといなくなっている。まさか知貴社長が暗殺者を雇ったのか?でもそれだったら下崎財閥が黙っていないだろう。
しかし社長はある日、自ら、直接、社員や財閥の者をできる限り集めて社内にビデオメッセージを流した。
『...社員及び関係者の皆様、おはようございます。本日は緊急のお話をしなければなりません。この会社には下崎派と名乗る派閥ができていることはご存じでしょうか?派閥の親である下崎財閥との関係を考慮し、私は今まで彼らの存在を黙認してきましたが、ある日を境に派閥構成員の失踪が相次いでいます...』
俺は社長がこっそり暗殺者を雇い、財閥の圧力を抑えていることを最大限隠すための映像だと思っていた。極端な話、財閥の人間は社長を訴えるとも思っていた。
『断言します。私は決して彼らに手を出してはいません、それらの失踪の原因を現在信頼できる仲間と解析中ですが、まだわかっていません。皆さんも社内や周辺で異常を見つけた際には、信頼できる人に連絡をお願いいたします。私に直接でも、上司を通してでも、警察でも構いません、会社が崩壊する前に手を打ちたいのです』
すると、”財閥側には責任はない”と言ってきた。なんと社長の隣に財閥トップのお爺さんが立っていたのだ。これで俺の最初の仮説は消えた。
『みなさんこんにちは、下崎財閥会長の下崎節馬です。私は最初の失踪人が発生してから、知貴社長と常に対面を行ってきました。今回の件については会社側と我々の連帯責任で対応するつもりです...』
このビデオは翌日、公にも流れてニュースになった。
だが事態は止まらない。人が消えると、また次の日別の人が消える。
遂には派閥に所属していない人間も消えるようになった。
武田も、滝川も、いなくなってしまった。
もうお察しだろう、今の自分なら自覚もできる。
(”俺はその失踪者の一人になったんだ”ってな)
「...下崎王樹、俺はあんたに感謝してるぜ?」
アスチルは今が楽しいと思っている。だからガーベラにはそれを話していない。




