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第二話

ララティア追放後、王都での出来事です。

 その日は良く晴れた日だった。城の見張り番はのんびりと遠くの山を眺めていた。


「今日も平和だ……ん? 何だ、あれは?」


 昼間にも関わらず、山の向こうに一つの光が瞬いた。徐々にその光は数を増し、あっという間にどす黒く色を変えていった。


「あ、あれは魔物だ……!! 魔物が生まれるぞ!!」


 その知らせはあっという間に王都中に広まった。ある者は家財をまとめて町を出る準備を始め、ある者は泣き叫び、ある者は神に祈りを捧げた。


 この国では周期的に魔物が生まれ、人を襲ってどこへともなく去って行く。人の一生よりも長い周期にも関わらず、その恐ろしさは長く語り継がれてきた。


 魔物は生まれた場所から最も近い町を襲う傾向を持っている。人の臭いを探し当てるのかもしれない。

 今回の魔物の発生地から最も近い町、それはこの王都だった。



「アレクセイ!! 魔物が生まれるのだぞ、何をのんびりと構えている!」


 前王イヴァンは病身を押して王都に駆けつけた。しかし王位を譲った現国王のアレクセイは悠長にセシルと談笑していたのだ。


「これは父上、御加減はよろしいのですか?」

「陛下、御無沙汰しておりますわ」

「お、お前たち、魔物だぞ!? 知らせを聞いていないのか?」


 のんびりとした二人の様子にイヴァンはその目を疑った。しかし青ざめるイヴァンをアレクセイは笑い飛ばしたのだった。


「ははは、父上。魔物が生まれたとは聞きましたよ。でも我が国の何百年もの歴史の中で、王都が襲われたことなどなかったはずです。今回だって大丈夫に決まっていますよ。慌てすぎです」


 そう言ってセシルと共に笑うアレクセイをイヴァンは信じられないものを見るような目で見つめた。


「アレクセイ、それは本気で言っているのか……?」

「いやだなぁ、父上。心配しすぎですよ。どうですか、一緒にお茶でも――」


 アレクセイの言葉が最後まで語られることはなかった。病で衰えたとはいえ、王として有事の際には前線に出るべく鍛えた拳がアレクセイの頬を抉った。


「――うぎゃっ!?」

「きゃぁぁっ!! アレクセイ様! 衛兵、衛兵っ、前王陛下がご乱心です!」


 完全に油断していたアレクセイは、イヴァンの拳を真正面から受け止めてしまった。床に倒れ込んだアレクセイにセシルが駆け寄り声を上げた。その声に応えた衛兵が集まってきたが、イヴァンは構わず叫んだ。


「この大馬鹿者っ! 魔物が王都を襲わなかったのではない! 払われていたのだっ!」

「……払われていた?」


 アレクセイがすでに腫れ始めている頬を押さえながら問い返した。


「ほうきだ! 大魔導士ジュナイブの魂を封じ込めたほうきを持ってこい! 譲位の時に渡してあるだろう? あれには王都を守るための魔法がかけられている。これまで歴代の王は大魔導士ジュナイブの力で魔物を追い払っていたのだ」

「大魔導士……。ほうき……」


 アレクセイはうわごとのように呟きながら、みるみる顔を青くしていった。


「あ、あれは……」

「前王陛下、あれは以前ララティア様に盗まれてしまいましたの」


 アレクセイが何か言う前にセシルが口を挟んだ。セシルは目にたっぷり涙を溜め、イヴァンの足元に跪いた。

 イヴァンはどういうことかとセシルに問い返した。


「なんだと? それはどういうことだ」

「ララティア様は私のことがよほど憎かったらしく、私の悪口を言いふらした後すぐに突然侍女の職を辞してしまったのです。その時に持ち出していたことに気づかなくて……」


 はらはらと涙を流しながらセシルは語った。その様子にイヴァンは顔を真っ赤にしながらわなわなと震え始めた。セシルは自分の訴えによってララティアへの怒りが湧いているのだろうと内心ほくそ笑んでいた。しかし次の瞬間イヴァンの怒りが向けられたのはセシルに対してだった。


「そんなわけあるかっ! あれは王族の命がなければ所有者を移せない契約になっているんだ。関係の無い者が手に取った瞬間砂のように崩れてしまうものを、盗むことなどできるわけがないだろう!」

「そ、そんな……」


 セシルはそんな契約がなされているなんてアレクセイから一言も聞いていなかった。キッとアレクセイを睨みつけるが、彼もまた頬を押さえたまま信じられないといった顔をしていた。

 イヴァンの怒りは収まるどころか、さらに激しさを増した。


「そういうことか! だとすればこれまでのお前たちの報告も虚偽があったということか! お前たちを信じた私が馬鹿だった! ああ、なんということだ。ララティア嬢があのまま王妃になってくれていたら……」


 イヴァンのその言葉はセシルが一番聞きたくなかったものだった。ララティアとは何につけても比較され、彼女との差を憐れまれてきたのだ。幸いにもアレクセイが色仕掛けによってセシルに落ちてくれたから良かったものの、王妃の座を得てからもララティアと比較されることは止まなかった。


(貴族の世界から追い出し、私に使われる身分になっているというのに、皆『ララティア、ララティア』と……。あの女がいなくなってせいせいしていたところなのに、ここでまたその名前を聞かなければいけないの?!)


 セシルは今度はイヴァンを睨みつけ、噛みつくように叫んだ。


「あんな汚いほうき、私には相応しくありません! あの女は『果ての森』に追放したわっ! きゃははっ、今頃野垂れ死んでいるでしょうねっ」

「なんと、『果ての森』に……」


 絶句するイヴァンに構わずセシルは叫び続けた。


「隠居したんだから私達の事に口出ししないでいただきたいわっ。もう王でも何でもないんだから、あんたなんか早く死ねばいいのよっ! あんたが生きていると好きに買い物も旅行もできないんだからっ! 死ね死ね死ね、あの女もあんたも死んじゃえばいいんだわっ! あははははは――!」

「――セシルっ!?」


 アレクセイの悲痛な叫びがセシルに届くことはなかった。イヴァンがさっと手を上げると集まっていた衛兵があっという間にセシルを拘束した。


「お前たち、いったい何てことをしてくれたのだ……」


 イヴァンは暴れながら連行されるセシルを横目にがっくりと肩を落とした。そして力なくアレクセイに眼差しを向けた。


「父上――!」

「お前は王の器ではなかった。亡き王妃との約束を守らねばと、その一心だったが、私は間違えてしまったのだな……。このままでは国民を守れぬばかりか、国自体も……」


 イヴァンはその場に頭を抱えて座り込むことしかできなかった。




「父上、城下の者も全員地下通路からの退避が完了いたしました」


 執務室のイヴァンの元に報告に訪れたのは、アレクセイの弟ベックだ。アレクセイとは五つ離れているが、その判断力と見識の広さで兄以上に評価されていた。


(私はアレクセイを王にすることしか考えていなかったが、ベックは良く育ってくれたものだ……)


 イヴァンは今まで振り返ることのなかったもう一人の息子の成長をしみじみと感じながら、己の未熟さを嘆いた。


「よくやった。お前もすぐに向かって避難民の指揮を取れ」


 イヴァンの指示にいつも冷静なベックが珍しく驚いた表情を見せた。


「父上もお逃げくださいっ!」

「私はここで最期まで戦う」

「何をおっしゃいますか! 兄上がああなった以上、今指揮をとれるのは父上しかおりません」


 アレクセイはその後、狂人のようになってしまったセシルと共に王城内の牢に入れられた。行く行くはほうきを失い、国を脅かす原因を作った責任を問われることになるだろう。ただ魔物の襲来をやり過ごせれば、という条件付きではあるが……。


「私も責任を取らねばならぬだろう……。しっかりとアレクセイに大魔導士ジュナイブについて伝えられず、ララティア嬢についてもしっかりと調査をしないまま、あの娘の訴えを鵜呑みにしてしまった」

「父上……」


 イヴァンはバルコニーから魔物が生まれたという山を見た。山の上に生まれたどす黒い光は渦を巻き、その中でチラチラと魔物が蠢く姿も見える。


「私の命はもう長くない。その命を使い、少しでも魔物を食い止められば、少しは王妃に報いれるだろうか」

「そんなっ――!」


 ベックがイヴァンの方へ駆け寄ろうとした、その時だった。


「ふっふっふ〜、呼ばれてないけど参りました」


 そんな声と共に、バルコニーにしゅたっと降り立った人物があった。

 庶民のようなシンプルなワンピースに、雑に編まれた長い髪。勝気な瞳は意思の強さを伝え、細い手足はしなやかに伸びている。そしてその手の先には、自分の背丈と同じくらいのほうきを携えている。


「――ララティア嬢!」

「あら、陛下? どうしてこちらに? 王弟殿下もお久しゅうございます」


 イヴァンの声にララティアは驚いた顔になったが、すぐに滑らかな所作で見事なカーテシーを見せた。


「祖国の危機と聞き及びまして馳せ参じましたわ」

「んまぁ~、散々ゴネてたくせに!」


 そしてほうきからは呆れた声が響いたのだった。

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