第三話
私は山の上に浮かぶ禍々しい光の渦に目を凝らした。どす黒い光の渦の中に虫のように蠢く影が大量に見える。
「うわぁ、気持ち悪いですね」
「ホントよぉ~。前に見た時より気持ち悪くなってる気がするわぁ」
「前っていつ?」
「……」
私はジュンに尋ねたが、その問いにジュンが答えることはついになかった。
その後、ベック殿下は私たちに簡潔に状況を説明してくれた。
「今、王都に残る者はおりません。城に残るのもわずかな兵と……囚人のみです。もし討ち損ねた場合に備えてもう少し兵を呼び戻すことが出来ますが、いかがしますか?」
(なんだかアレクセイ様とどうしても比較しちゃうわね。彼が今どこにいるのか知らないけれど、この有事でこの場にいないということは避難したか、それとも……)
私がそんなことを考えていると、ベック殿下の問いにジュンが私に代わり答えてくれた。
「何おバカなこと言ってるのよ。この子が討ち損ねるわけないでしょう? 誰が鍛えてやったと思ってるのよ。アタシよ、ア・タ・シ! このほうき姿にされてウン百年だけど、その中でも最高の仕上がりよ」
「……季節の酒の出来みたいに言わないでください」
ジュンは軽く言ったものの、私にとって追放されてからの生活はかなりの苦行だった。
森に足を踏み入れてからは、休みない猛獣の襲撃。うっそうと茂る木々の中で長い得物を振り回すのはかえって命取りだった。私とジュンは幾度となく「作戦会議」という名の言い争いを繰り返し、その技に磨きをかけてきた。
『あんたいい加減学習しなさいよ! 枝にぶつけるの何回目よっ、突きなさい! 目と喉を狙いなさいよっ、この間抜け!』
『んなこと言われましても、こちとらずっと令嬢生活送って来たんで戦闘の知識なんてありませんからぁ!? 魔導士って言ってるくせに物理攻撃の得意なあなたとは違いますので~』
『はぁ~? あんた誰に向かってモノ言ってんの? 大魔導士ジュナイブ様よ!』
『ほうきでしょ?』
『~~~~っ! あんたって子はぁ~~っ!』
そんな言い争いをしていると、その隙をついて獣たちは襲い掛かってくるのだ。
『――ふっ!』
獣にしてみればこちらの隙をついたつもりだろうが、逆を返せば獣には油断しかない。がら空きの喉元に私はほうきの柄を素早く突き刺した。
獣は断末魔の叫びすら上げられず地面に沈んだ。
『あら、今の良いじゃない』
『私の動きに合わせてジュンが魔力を流してくれたからよ』
『……うふふ。アタシ、あんたのその素直なとこ好きよ』
『ありがと……』
そんな感じで返り血にまみれた生活を数か月送りながら森を抜け、ようやく隣国にたどり着いた私たちはすぐに魔物発生の話を耳にすることになった。
「チャンスよチャンス! ララ、今すぐ戻るわよ!」
「何がチャンスなのよ……」
妙にはしゃぐジュンに私は尋ねた。ちなみに私ははたから見るとほうきと話している変な女としか見られなかったので、残念がられて皆に優しくしてもらえていた。今着ているワンピースもそういった経緯でもらえたものだ。
ジュンの言うチャンスの内容は教えてもらえなかったが、初めてジュンに乗ることを許された私はあっという間に森を越え、追い出された国の忌まわしい思い出しかない城に舞い戻ってきたのである。
「まぁ、戻ってきたからにはしっかりやらせていただきます」
そう語ると前王陛下は安心しきった表情になった。一方でベック殿下がまだ魔物への警戒を解いていない様子に、やっぱりベック殿下の方が為政者には相応しいんだろうなぁと思ったりもした。
空に浮かぶ光が徐々に小さくなり、黒い影がはっきりと魔物の姿を現し始めた時、私はジュンと一緒に城のバルコニーに立った。
「さあ、見せてやりましょうか!」
「アァん! ララ、男前〜っ」
体勢が崩れないよう、しっかり地面を踏みしめ、ジュンの穂先を立てて持つ。
「うふふ。こういう所がアレクセイ様は気に入らなかったらしいですけど、やっぱり誉めてもらえると嬉しいわね」
心なしか手の中のほうきからも興奮している様子が伝わってくる。
「腕がなるわぁ〜」
「さあ、思いっきりぶっ飛ばして差し上げますわよぉっ」
今まで影のように蠢いていた魔物が一斉にこちらに向かって来た。とてつもない速度でみるみるその姿が大きくなる。
「ジュン、出力最大よっ」
「いくわよぉ~」
ジュンの掛け声と共にほうきの穂先にジュンの魔力が集まる。膨大な魔力はまるで大きな槌のように膨らむ。
魔力が最大まで高まったその時、私は思い切りジュンを振り抜いた――。
「どっせぇぇっいっっっ!!!!」
――ズゴゴゴゴォォォッ!!!!
とてつもない衝撃波に城全体が揺れる。前王陛下はベック殿下に身体をかばわれるように地面に臥せていた。
空を見ればほうきから放たれた巨大な魔力の塊がこちらに向かってくる魔物より早く飛んで行く。
「ピギャァァァァッッッッ!!」
避ける余裕すらなく、魔物の群れはジュンの魔力の塊にぶつかり跡形もなく燃え尽きていく。
「おまけよっ、うらあぁぁぁっっ!!」
私はまだほうきに残っていた魔力を全て出し切るかのように薙ぎ払った。
鋭い刃の形になった魔力はおぼろげに残るどす黒い光の渦に突き刺さり、あっという間に消えていった。
「ふん、こんなもんでしょ」
先程まで魔物が蠢いていた空を見遣った私の視界には、きれいな青空だけが広がっていた。
「さすがは大魔導士ジュナイブ……」
よろよろと立ち上がった前王陛下が私とジュンの元にやって来た。
「そしてララティア嬢も。我が国のために戻って来てくれたこと感謝する。ほうきが戻れば我が国はこれで……」
「――あっ!」
それまで緩慢な動きしかしていなかった前王陛下は、私の手の中のほうきを奪おうと素早く手を伸ばした。
驚いた私は声を上げることしか出来なかったが、それ以上に驚く光景に私は息を飲んだ。
前王陛下が触れたそばから、ジュンがさらさらと砂になり崩れ落ちたのだ。地面に落ちた砂はまたほうきの姿に戻った。
「なぜだっ!? 私はこの国のためにこのほうきが必要なんだ! おいララティア嬢、このほうきを手放すと言うんだっ! ほうきを返してくれっ」
地面に這いつくばり、必死で砂をかき集める前王陛下の様子には狂気しか感じられなかった。
「ちょっとあんた、何してんのよっ! 頭打ったんじゃない? ねぇ、息子その2。突っ立ってないで早くこいつ回収しなさいよ! アタシ怒るわよ!」
「っ、ち、父上! お止めください!」
それまで父親の姿を唖然としながら見ていたベック殿下は、ジュンの苛立つ声に弾かれたように動き出し、前王陛下を羽交い締めにした。
「離せっ! これは命令だっ、離せ! この国を守っていくためにはこのほうきが必要なんだっ」
喚き散らしながら前王陛下はベック殿下の腕の中でもがき続けていた。ただ大の大人が暴れるのを一人で抑えるには限界がある。
私はほうきを手にどうしようか戸惑っていた。そんな時、ジュンの声が響いた。
「ララ、ちょっと早いけど最後の仕上げよ」
「何が早いの?」
謎の発言に私は質問したが、ジュンはまたしても答えてくれなかった。その代わりに私にあるお願いをしたのだ。
「アタシの柄に口づけてちょうだい」
「はぁ?!」
この状況からは全く想像できない頼みに、私は疑問の声を上げた。だがジュンは急かす一方だった。
「いいから早くっ! またあいつに触られるのは我慢ならないわっ」
「えぇぇ、わかんないけどわかったわよ……。んっ……、こう?」
世話になってきたほうきの頼みだ。
仕方なく私は柄に口づけした。ザラッとした木材の固い感触が唇に残る。
パッと顔を離すと、目の前に見知らぬ生地の模様が広がっていた。
「ひぇ」
思わず後ずさった私の視界に入ったのは、歴史書でしか見たことのない古めかしい格好をしためちゃくちゃきれいな顔立ちをした男性だった。
「きゃぁ〜! 久しぶりの肉体っ!! やだぁ、アタシってばやっぱり美しいわぁっ」
男性は透き通るような白い肌を紅潮させながら、興奮した声をあげた。
私はそこでハッとした。ほうきがないのだ。ジュンの姿が消え、突然現れた謎の男性……。
「あの……私、今から名推理するのですが、その声、その喋り方……もしかしてあなたは――」
「やだぁっ! このおバカっ。アタシよ、ア・タ・シ」
そう言って、男性はバチンっと片目をつぶって見せた。
「ジュン……?」
私の不安げな答えにジュンは満面の笑みで答えた。同時にドサッと何かが崩れ落ちるような音がした。ベック殿下に羽交い締めにされていた前王陛下だ。
「そ、そんな……呪いのほうきが、呪いが解けるなんて……。この国はどうすれば……」
ぶつぶつと呟く前王陛下の目は虚ろだった。その様子を見ながらジュンは冷たく言い放った。
「こいつのひいひいひいひいひいひい婆さんがこれまた傲慢だったのよね。アタシの美しさに嫉妬して、当時の王宮魔導士総がかりで私をその時そのへんにあったほうきに閉じ込めたのよ」
その時のことを思い出したのか、ツンっと不機嫌な顔をしたジュンは続けた。
「でもね、その中にかなりロマンチストな魔導士がいて『呪いを解くには呪いをかけられた場所で、愛する者と初めての共同作業をして、初めての口づけを交わすこと』っていう条件をつけてねぇ〜〜〜っ、きゃぁ〜恥ずかしいっ!」
「へ、へぇ……」
「チャンスを生かせてよかったわぁ〜」
少女のように悶えるジュンを私はまじまじと観察した。私が見上げるほどの身長、シミ一つない肌、つやつやのブロンド、ぱっちりおめめに長い手足。そしてあの強大な魔力。
(なんだろう、この妙な悔しさは……)
じっとりした私の視線に気づいたのか、ジュンはまたもや得意気に片目をつぶった。
「うふふ、どーお? こっちのアタシもなかなかなものでしょ?」
「なかなかって言われても……」
そんなやりとりを繰り広げる私達の元に、ベック殿下がおずおずと近づいてきた。
「大魔導士ジュナイブ様、そしてララティア様。この度は我が国を救っていただき、心から感謝いたします。国王アレクセイと前王イヴァンに代わり、御礼申し上げます。本当にありがとうございました。数々の無礼、どうかお許し下さい」
ベック殿下は深々と頭を下げた。そしてどこか照れくさそうに続けた。
「あの、それとお二人が愛し合っているとは、全く存じ上げず……よろしければこの度の魔物討伐の祝賀も含め、お祝いをさせては頂けないでしょうか」
その言葉に私は目を丸くし、ベック殿下に尋ねた。
「はひ?! 誰と誰が愛し合ってると?」
「ジュナイブ様とララティア様ですが……? 先程『愛する者と初めての共同作業をして、初めての口づけを交わす』と呪いが溶けると、ジュナイブ様が仰っていましたが……」
ベック殿下の言葉を聞き終えた私はゆっくりとジュンを見上げた。ジュンは済ました顔をして私を見下ろしてきた。
「き、聞いてないわよ……」
「言ってないから当然でしょ。さっきのが初出よ」
私は顔にみるみる熱が集まっていくのを感じた。
さっきまでただのほうきだったのに。なんならほうき姿で会っている時間のほうが長いのに――。
(なんでこんな奴に〜!)
何も言い返せないでいる私に、ジュンはさらに得意そうな顔をして続けた。
「言ったじゃない。大事なのは『弱肉強食の“強”になることよ』って。アタシの方が強いんだし、ちゃんと愛してあげるから安心しなさい」
そんなくっさいことを恥ずかしげもなく言う元ほうきだが、残念なことに悪い気がしなかったので悔しいが私は素直に頷くことにしたのだ。
§
その後、前王陛下は病が悪化し崩御なされた。アレクセイ様とセシルの行方は誰も知らないが、新たに王座についたベック様は広い視点から物事を判断できる王として非常に評判が良い。
さらに今後魔物が発生したときの対策として、魔導士の育成にも力を入れているらしい。
私はと言えば王都の近くに屋敷をもらい、ジュンと一緒に暮らしている。しばらく一緒に戦っていたほうきが無くなり、手持ち無沙汰になるかとも思ったが、ジュンが年がら年中引っ付いてくるので全くそんなこともなかった。
ただ私はほうきを振り回す癖が抜けず、勢い余って魔導士用に「ほうき戦術」を考案してしまった。
ジュンには「共同作業の賜物ね!」と喜んでもらえたことに嬉しくなるくらいには、私も彼を愛してしまっているのである。
【おしまい】
お読みいただきありがとうございました。




