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乱世の転生者  作者: 情熱のデンプシー
第二部 河の国編  第3章 商人クウガ
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仇


 ばしゃっ。



 カナミはうだるような熱気を冷ますため、頭から水をかぶった。



 この季節、髪につたう水はややぬるい。



 そもそもエスパーラの気候はエメラルドのそれと違いすぎる。


 引かない汗や消えない熱気に不快感を感じながら、カナミは修練場を後にした。



「お、もういくのかカナミ。たまには一緒に呑んでいかねえか?」



 同じように頭から水をかぶる兵士たちが陽気に声をかけてくる。


 カナミはじろりと睨んで一蹴する。



(気に入らないな)



 カナミは毎日修練場に通っている。


 鍛錬にいそしむエスパーラの兵士たちを、剣で負かし槍で負かされ来る日も来る日も高め合ってきた。


 初めて訪れた日こそ険悪な雰囲気だった。

 エメラルド国の山猿と侮蔑された。

 しかし、彼らの態度は日に日に軟化していった。



(お人よしどもめ…)



 もともと気のいいやつらなのだろう。


 また、時間をかけてカナミの腕が認められたということもあるのだろう。


 元服も済まない子供が、決して折れずに修練を積む。

 才能に甘んじず、膨大な基礎訓練を積み上げる。

 そんな剣士が敬意を持たれるのは必然かもしれない。



 とにかくカナミは彼らに受け入れられた。



 しかし、それがカナミは気に入らなかった。



 何故か?


 交戦中の敵国兵士だから?

 強引に連れ去られた人質だから?



(いや、違う。私が苛立っているのは……)



 不機嫌を隠すこともせず、平らな道を歩く。

 視界の端に、知った顔が映った。


 哀し気に眼を伏せて、大きめの石を見下ろす。



 そこは、やせこけた場所であった。



 この区画の端、そこら中に聳え流れる運搬用の川々から離れた場所。

 皆に忘れ去られたようなちっぽけな丘だった。



 川を小舟で移動することが基本の城都において、小舟を使わない自分のような者以外こんなところ通らない。


 何故こんなところでつっ立っているのか。その理由は恐らく……



「墓標か?」



 私の声を受けて、彼女はゆっくりと振り向いた。



 やや小柄な体格。

 兄に似た、たれ気味の眼をきつく釣り上げて私を見上げる。



「ちっ。……嫌なところで嫌な奴に会うものね」



 ゲイル将軍の秘書官にして、参謀フォールの妹。



 名をカノンノと言う。



 彼女は秘書。つまりは文官だ。

 

 しかし、乱世のたしなみと言い張ってよく修練場に足を運んでいる。


 剣の腕はカナミ以下。

 長物を持てばカナミ以上。

 実戦を想定した乱闘ならばカナミよりもずっと上。

 それくらいの腕前。


 遠目からでは気づかなかったが、彼女は泣いていたようだ。

 目じりにたまった涙をごしごしと拭く。



「まさか、殺した張本人が来るとはね」


「なに?」


「イラリオとファガレスの墓よ。って言っても骨も何も埋まっていないただの石だけどね。あいつらの墓ってことにしてみんなで作った」



 イラリオとファガレス。


 その名を聞き、カナミは眼を釣り上げる。



 上の命令に逆らい、ディー様の暗殺を企てた男たちだ。

 そして、私とディー様が返り討ちにした。……この手で命を絶つことで。



 彼らは造反者。


 彼らの首は城内でさらされたらしい。

 生首はすぐに腐り落ち、ウジ虫やカラスに食い散らかされた。

 骨は遺族に返らず無残に捨てられたとも聞いている。



「だからこんなところに作ったんでしょうが。将軍の眼の届かないように」


「なら、私に見つかったのは運の尽きかもな。私の口は軽いぞ」


「お生憎様。聡明な将軍閣下はとっくにお気づきよ。見て見ぬふりをしてくれてるの。あの方はお優しいから」



 カノンノは少し笑い、そして再び墓石に向き直る。



「イラリオは下種だった。間違いなく女の敵よ。鍛錬にかこつけて何度セクハラされたか……。ファガレスはファガレスでうっとうしいやつだった。自分の方が技が切れるからって。何度も小ばかにされたわ。ああ、思い出したら腹が立ってきた」



 カノンノは心底不快気に舌を鳴らす。


 しかしそこに恨みつらみは無かった。


 部署は違えど、彼女にとってあの二人は仲間だったのだろう。



「恨んでいるだろうな。私のことを」


「……恨んでないわよ」



 カノンノの肩は震えていた。まるであふれ出る憎しみに耐えるように。



(何故耐える必要がある……?)



 カナミはきつく奥歯をかみしめた。



「あの二人は造反者よ。あんたたちに討たれなかったとしても、どのみち処刑されてた。そもそも仕掛けたのはあの二人。丸腰の子供を襲って返り討ちにあったのよ。ダサすぎ。あんたたちを恨む道理は全くないわ」



 そう言いながら、カノンノは唇を震わせる。

 隠しきれない感情は胸を駆けずり回り、にじみ出ていく。

 それでも彼女は耐えていた。



(気に入らない……)



 カノンノだけではない。


 エスパーラの兵たちは、皆同じスタンスだ。


 イラリオとファガレスを殺した我らに恨み言ひとつ言わない。


 理性をもって、憎しみを懸命に押さえている。



 エスパーラ帝国は、血みどろな紛争を経験した集合国家だ。


 いちいち憎しみなど背負っていてはきりがない。それがこの国の感性である。



 それでもカナミの苛立ちは止まらなかった。



(耐えられない私が、愚かだとでもいうのか……)



 カナミには二つの大望がある。



 一つは、主君であるディムルのことだ。


 武人は二君に仕えず。


 ディムルを守り支え、生涯を通してご奉公する。


 その誓いに偽りはない。



 しかし、もう一つ。譲れない望みがある。



(ディー様のおかげで立ち直れた)



 一族の死に、悲しみに暮れる自分を抱きしめてくれた。



 おかげで、前を向けた。



 乗り越えたのではない。前を向けただけだ。


 一朝一夕で忘れることができるほど、一族の死は軽くない。



 全ての元凶は、あの男……。裏切者、ナクラ・ムーンストーン。



 カナミの心の中を、一つの感情が渦巻いていく。



 冷たい、凍てつかせるような憎しみだった。



(あの男を殺す)



 どんな手を使ってでも。



(斬ってやる)



 必ずこの手で。



(ナクラ・ムーンストーン……!!)



 溢れんばかりの憎しみは、やがて炎に変わっていった。


 消したくても消せない冷たい炎に。



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