研究室②
この研究室では、よろずのことを調べているらしい。
奇貨、置くべし。
とにかく役立ちそうなことは調べまくる。
何がアイディアに繋がるかなど分からない。
特に最近のテーマは「不死」らしい。
この国は長年の紛争により人が死にすぎた。
領土に対して人口が少なすぎる。
だからこそ、限りある人財を最大限に活用しなければならない。
例えば、人を生かす医療の実験を。
例えば、死者を蘇らせる蘇生の実験を。
(だとすると)
俺の持つ前世の知識、専ら医療に関する知識を押していくのが正解かもしれない。
「……皆さんに質問です。戦場で、多くの兵士が死んでいく。まだ、臓器は無事で首も繋がっている、意識もはっきりしている。なのにそれでも死んでいく。徐々に徐々に衰弱して。何故ですか?」
「……出血死でしょうか?」
「正解です」
ディムルは薄く笑い、鋭利なナイフで自分の腕を斬りつける。
動脈が縦に裂かれ、器に向かって勢いよく血が滴り落ちる。
「!?」
周囲の文官たちは驚愕し、彼らの顏はみるみるうちに青ざめていった。
この傷は危険だ。
早く手当てをしなければ。
しかし、そんな文官たちをフォールは眼で制した。
「なるほど。先般、ファガレスに腹を裂かれても意識を保てていた。その魔法のおかげですか…」
ディムルはにっと笑った。
「どっきり大成功!」
あふれ出る血は、未だに止まらない。
もう500ccは出ただろうか。しかしディムルは顔色一つ変えなかった。
古い話をしよう。
あれはまだ俺が7歳になったばかりの事。
アザール達セリア王国からの刺客に襲われ、死に瀕したイリーナ師匠の腹部を切開して治したことがあった。
その時はあふれ出る血を放置するしかなかった。
その反省を活かして考案した、第三のオリジナル魔法。
『血液生成』
「無くした血は足せばいい。魔法を使ったただの輸血です」
この世界には輸血の概念はない。
……俺の知る限りはだけど。
ならば俺はエスパーラに輸血の知識を授けよう。
もしこれが画期的なアイディアとして認められるのならば、俺の知識は重要なカードたり得るだろう。
「輸血の研究は、ちょうど我が国でも進めています」
あるのかーい。
「人は多くの血を失えば死んでしまう。ならば無くした血を外部から摂取させる。凡愚でも真っ先に思いつく理屈ですね」
「その研究の成果は?」
ディムルが恐る恐る聞くと、フォールはぽりぽりと頭をかいた。
「色々試しているんですけどね。血を失った重症人に水をがぶ飲みさせる。これは全く意味がありませんでした。管を通して血管にヤギの血を流し込む。または蛇の血、尿、母乳、炭酸。多くの者は汗を吹き出しもだえ苦しみ息絶えました。成功率は0に近い」
……無茶苦茶やるなー。
人の血を入れろ人の血を。
と考えるのは俺が前世の常識に縛られているからだろう。
この世界は未だ中世封建時代、血の概念が未発達なのだ。
王家の蒼き血、貧民の卑しき血。
血に貴賤があるという考えが根強いこの時代。
人の血を輸血することには忌避感が強いのかもしれない。
「いえ、人の血も普通に試したことありますよ?」
あるんかーい。
「まあエスパーラは所詮戦しか知らない蛮国ですから。使えるものは何でも使います。しかし、禁忌に触れた割には効果はありませんでした。人に人の血を与えても意味はない。それが我々の結論です」
その後もフォールは輸血に対してのこれまでの研究について語る。
驚くべきことに動物の血を入れて命が助かった人もいるとか。びっくりだ。
「我が国の輸血研究はこんなものです。さあ、今度はあなたの番です」
「……エメラルド国では、人の血を輸血する研究が長年続けられています」
「エメラルド国が?聞いたことありませんね」
「ご存知の通り、人の血を輸血するのは禁忌です。知れれば民の間に動揺が広がります。だからこそ、国家の機密事項として秘密裏に行われてきました。また、我が国は大国セリアの脅威に長年さらされてきました。求められるのは短期的な結果です。そういった背景から予算があまり回されてきませんでした。人様に言いふらせるほどの成果は出ていません」
はあ、なるほど。
と周囲の文官たちはしたり顔で納得する。
全部でまかせなんだけどね。
「何が言いたいのか要領を得ませんね。あなたのオリジナル魔法はその集大成とでもいうのですか?あなたの魔法で生成した血ならば輸血が可能だと?」
「残念ながら、『血液生成』は未完成なんです。あれは自分の血を作ってるだけ。これでは自分にしか使えない。自分と同じ血液型の人が分かれば別なんですけどね」
「血液型?」
フォールはきょとんと首を傾げた。
「エメラルド国の研究によると、血液には型があるんです。数種類の型があり、人は同じ型の血しか受け付けない。あなた方の輸血実験が失敗に終わったのも、この血液型が問題だったんだと思います」
「その血液型とはどうやって調べるんですか?」
「知りませんよ、そこまでは」
「おい」
フォールががたっと崩れ落ち、ディムルはゲラゲラ笑った。
他の文官たちも肩を落とす。
この話に大分興味を持ち始めたようだ。
「一緒に探しましょうよ、その方法。治癒魔法に優れた僕と知識に優れたあなた方、力を合わせて安全に命を救える輸血法を探しましょう」
これが俺の交渉のカードだ。
価値を示さなければこの国を生き抜くことはできない。
しかし、エメラルド国に不利な情報を与えすぎては潰されてしまう。
エメラルド国が潰されると、俺を生かしておく意味は薄くなる。
ならば俺のとるべき選択肢は、軍事とも政治とも関係のうすい産業に貢献することだろう。
前世で学んだ俺の医療知識。
あくまで教養レベルしかないけども。それでも使い方次第では武器にできる。
上手く使ってこの国に医療革命を起こしてやる。
それがこの研究室での俺のビジョンだ。




