スカウト
大陸歴1531年、夏。
ディムル王子誘拐から数か月。
セリア王国は、エスパーラ帝国に宣戦布告。
同盟国であるエメラルド国と連携を取り、エスパーラ-エメラルド戦線に介入。
エスパーラ帝国はたまらず戦線を撤退。
事実上の敗戦である。
「城都にいるのが口惜しいな」
自分が戦場に出てさえいれば……。
ゲイルは悔しそうに舌を打つ。
辺りに凍えるような威圧感を充満させる。
「やはり、難敵はセリアですね」
そんな中、気にせず言葉を発したのはフォールである。
どこの生まれとも知れぬこの青年は、ゲイルに見込まれ引き上げられた。
今ではゲイルの軍事相談役である「参謀」の地位にまで上り詰めている。
そんな彼は寝ぼけ眼をこすりながら羊皮紙を長机に広げる。
「もともとエメラルド国攻略は、対セリア戦の足掛かりを手にするためのものでした。かの国にはセリア王国が長年攻めあぐねた天然の砦、ダイアナ山脈があります。ダイアナ山脈はセリア王都にもそれなりに近い。セリアを攻め込むための中継地点として、上が眼をつけるのもわかるというものです」
「想定外は、セリアがエメラルドを守ったことですな。此度の防衛戦にセリアのうま味はそれほどないはず。ふむ。王子殿下を我らが横取りした以上、セリアの援軍はないと思われたのですが。いったいエメラルド王はかの国とどのような取引をしたのか」
顎に手を添え思案する老兵、名をレアンドロと言う。
城都を任せるにはあまりにも若すぎるゲイル将軍。
そのお目付け役、ご意見番として帝都から派遣されたゲイルの副官である。
「……エメラルド王子の様子はどうだ」
「その……相変わらずの人気者です」
実に言いづらそうに、報告するのは秘書官の女性カノンノ。
彼女はフォールの妹にあたる。
兄に比べてきつい印象を与える彼女は、報告を続ける。
「最近では、城都に仕える多くの者と接触を図り、同志を募っております。その試み、我が国によからぬことを企んでいるのは明白。所詮は野卑な山猿エメラルド、早いうちに斬り捨てることを愚心致します!将軍っ!」
「ふむ。実は私も声をかけられております。自分の野望は乱世を終わらせること、そのために時が来たら力を貸して欲しいと。副官である私にまで声をかけるとは、なんともまあ大胆不敵です」
と、レアンドロは苦笑した。
そして、
「俺も誘われた」
「「え」」
ゲイルの言葉に、フォールとカノンノは声を重ねて驚いた。
ありえない……。
城都を治める将軍本人にまで話をするなど、傲岸不遜にもほどがある。
こういうことはもっとこう、コソコソやるものではないだろうか。
どういう神経をしているのか……。
「フォール。王子殿下と関係を持った者のリストを作ってはどうか。裏切り者が出るならその中から割り出せる。いざと言う時に使えるやもしれん」
「ええ、レアンドロ副官。実は現在作成中です。ただまあ、あまり意味がないでしょうが」
秘書官のカノンノは兄の顔をにらみつける。
一体どういう意味か、と。
「リストに入るのは、城内を出入りする人間ほぼ全員。近いうちにそうなりますよ」
「なっ、なななななな……!やはり殺すべきです!これは我が国への謀反といっても差し支えありませんっ!そうそうに始末いたしましょう!」
二の句がつげないほど狼狽するカノンノ。
ゲイルはクツクツと笑った。
相変わらず好き勝手やる。
隠すつもりもないその行動。
こちらがこうして慌てるのも計算通りか。
あの道化師、真面目に相手をするだけ馬鹿を見る。
「捨て置け」
終始抹殺を主張する、タカ派のカノンノもすぐさま黙る。
それほどまでにゲイルの言葉には力があった。
「皇帝陛下の命はあの小僧の活用だ。フォール、あの小僧の今後は?」
「はっ。研究室の準備がようやく整いました。そこで労務に着かせようと思います。後は結果でご覧に入れて見せますよ」
「……いいだろう。上手く利用しろ。エスパーラのためにな」
城内における玉座の間。
そこにはゲイルが信を置く腹心たちが集っている。
例えば、参謀フォールに副官レアンドロ、そして常にゲイルの側に控える秘書官カノンノ。
ゲイルは腹心たちに向けて告げる。
「奇貨、置くべし。全てはエスパーラの繁栄のために」
『はっ!全てはエスパーラの繁栄のために!!』
いつも淡白なゲイルは、薄く、しかしはっきりと幸喜な笑みを見せた。
ディムルとカナミが関わると、この将軍は良く笑う。
秘書官のカノンノは、苦渋の思いで唇をかんだ。




