エスパーラ帝国
俺がイラリオとファガレスに襲われて、大分たつ。
すぐにでも飛び込んでくると見立てた衛兵は、影も形もない。
何故か。
気配に聡いカナミは、ずっと気づいていたのだろう。
監視者の存在に。
草歯にこすれるクツの音が聞こえ、ドアの向こうから二人組みがやってくる。
こんこん。
「ノックってのは、ドアが閉まってる時にやるものです」
「今回は仕方ないでしょう?もともと開いてましたから」
フォールだ。
俺たちをさらったこの知将は、こんな時でも眠そうに目をたらしている。
そしてその後に……城都レッドフィールの主、ゲイル将軍も足を踏み入れる。
「見ていたんですね。ずっと」
「ええ、なかなか面白い見世物でしたよ」
「それはいいご趣味をお持ちのようで」
「でしょう?おかげであなたの底も見れました」
いつまでたっても衛兵が来ない。
イラリオたちの仕業ではないようだった。
もっと上にいる誰かの企みだと容易に推測できた。
俺とフォールはうさんくさく笑いあう。
「奇貨、置くべし。それはあなた方の安全を示す言葉ではないということです」
フォールの言に、ゲイル将軍が続ける。
彼の言葉には力がある。
それは獰猛な狼のそれよりも痛烈で、理性的なヒトのそれよりもずっと怖い。
「言ったはずだ、器を示せと」
ゲイル将軍、間違いなく彼は傑物だ。
口を開くと重力が生じる。
恐怖と言う名の重力が。
「イラリオとファガレス。二人の企みは知っていた。しかし、見過ごさせてもらった。俺には、貴様らを救う義理もなければ、ぬるま湯を与えるつもりもない」
「こちらも助けてもらうつもりはない」
カナミは、初めてゲイル将軍と会った時には委縮していた。
彼の発する重圧に、ただただすくみ上っていた。
しかし、そんなカナミが今ゲイルの正面に立つ。
背筋を伸ばし、胸を張る。
それは虚勢か、それとも慢心か。
「貴様のおかげで分かった。私の主君はディムル様だ。私は身命を賭してこの方を守る。どんな刺客が来ようとな」
「偉そうに吠える。自分が強いとでも思っているのか?」
ゲイル将軍が腰の刀に手を添える。
瞬間、鮮烈な殺気が辺り一面を埋め尽くした。
言いようのない存在感に、ディムルですらひるむ。
カナミは、震えていた。
武者震いではない。
間違いなく怯えている。
しかし、決して退かなかった。
なけなしの勇気を振り絞り、鋭くにらむ。
そして二人はしばらく視線をぶつけあい、
「ふ、獣が。ようやく飼い犬と言ったところか」
ゲイル将軍はそう言って、満足そうに肩を落とした。
「貴様達は、見捨てられてもなおエメラルドの血から逃れられない。これからも刺客は後を絶えないだろう。守る気はない。独力で生き延びて見せろ。奇貨、置くべし。価値を示し、器を示すつわものだけが、この世界で生き残る」
そう言い残して、ゲイル将軍とフォールは去っていった。
彼らは知りたかったんだろう。
俺たちの器を。
底を。
俺たちを試して試して試して磨き上げ、脂の乗ったところをいただくつもりなのかもしれない。
奇貨、居くべし。
手元に置いているだけでは満足せず、激しい環境で叩き上げる。
まったく、すがすがしいほどに強欲な理屈だ。
「怖いな、あの人は」
いや。この国、か。
そう言うと、カナミが俺をのぞき込む。
「殿下。その、大丈夫なのですか……?お怪我は……」
「カナミこそ、血まみれだよ」
「いえ、私のはほとんどが返り血です」
「そっか」
俺は一息ついたように肩を落とすと、我慢していた血をぐぺっと吐き出す。
「じ、実はさ…。お腹の臓器、治せてないんだよね…」
「ええっ!?あ、えと、『ヒーリング!』『ヒーリング!』……ああ、もう、私の魔法じゃっ!医者あっ!」
眼をぐるぐると回しながらあたふたとする。
そんなカナミを見てディムルはおかしくなって吹き出した。
先程までの鋭い目つきはどこへ行ったのか。
窮地を抜ければいつものカナミだ。
生真面目で、どこか抜けていて、頼りになる守り刀。
いつしか、カナミもくすくす微笑んで、ともに笑いあっていた。




