剣士カナミ
キン、キン、ギィィィンっ!
木刀と刀身が鳴り合う。
(完全に押されている……!!)
剣の立ち合いにおいて、カナミはファガレスに負けたことがない。
しかし、それは稽古場での話である。
「くっ!」
ファガレスの猛攻に、カナミはじりじりと後退する。
正に防戦一方。
何故押されているのか。
カナミはその答えに気付いていた。
相手の攻めを、大きく避けすぎているのだ。
「おらあああああっ!死ねやあああああああっ!!」
ファガレスは、血走った眼で一撃一撃に渾身の力を込める。
その眼に浮かぶのは純粋な憎しみと、殺意。
カナミは実戦経験に乏しい。
生きるか死ぬかの戦いは、兄ナクラに襲い掛かった時。
その一度だけ。
ひゅんっ!
またしてもカナミは、大きく飛び下がり距離を取る。
襲い来るのは木剣ではない。
研ぎ澄まされた刀身だ。
当たれば死ぬ。
相手も殺す気で振っている。
一振り避けるごとに、背筋が冷える。
心臓がなにかに掴まれる。
「ふーっふうーっ」
気づけば呼吸が乱れていた。
冷たい汗が吹き出す。
カナミは、ディムルとは違う。
人並みに恐怖を感じる。
世の中には、恐怖に鈍い者たちがいる。
兄のナクラにアメジスト家のローラン。
そしてディムル王子。
私は彼らとは違う。
昔、父に聞いたことがある。
恐怖とは何かと。
父は言った。
『恐怖とは、己が身を守る警報だ』
「はあっ!」
カナミは斬り払う。
記憶の残証を。
亡き父の教えを。
「しゃらくせえっ!」
ファガレスの打ち込み、力がこもる、殺意がこもる。
それをカナミは大きくかわした。
(遠い……)
もっと引き寄せる。
引き寄せられる。
勝つためには小さくかわせ。
リスクを背負え。
カナミはここ最近やられてきた、長槍をイメージする。
あれほどのリーチの差。
堅実にさばくことはできない。
薄皮一枚、紙一重のところをさばき、懐に潜り込む。
「ふー、ふーっ」
軽やかな足取りでステップを踏む。
集中力を上げるルーティーンだ。
リスクを負え、恐怖を使いこなせ。
「そろそろ死ねやっ!」
ファガレスは大きく剣を振り払う。
カナミはそれを、
(さばくっ!!)
振られる刀身。
カナミはそれに左手を添え受け流した。
わずかに刀身に触れたカナミの頬は深くえぐれ、血が溢れた。
(今度は近すぎるか)
距離感の見定めが甘い。
攻め気を押し出しすぎた。
だが、
「来い。コツは掴めてきた」
カナミはくいくいと手招きする。
ファガレスは怒りで血管が破裂し、鬼のような形相で襲い来る。
カナミは冷たい眼光を向け射抜くようにのぞき込む。
『恐怖にふたをしてはならない』
『恐怖を乗り越えてはならない』
『恐怖を感じる事、それが我らのアドバンテージだ』
それは、過去に教わった一族の極意。
厳しかった父、優しかった叔父。
もういない。
私の胸の内にはもう何もない。
唯一あるのは、
(勝負は一瞬、ギリギリのところを……)
ファガレスの打ち込み、それが眼前まで迫る。
カナミはそれを……
(さばくっ!)
ほんの半歩のことだった。
鋭く速い、わずか半歩の退き。
カナミの鼻先をかすめたそれは、大きく大きく遠ざかっていった。
あまりに華麗なスウェーバック。
無様に空ぶるファガレスは、重心を崩す。その隙を、見逃さない……!!
「はあっ!!」
顎先に一撃を入れる、それで終わりだ。
カナミが勝利を確信して、木刀を振った、その時。
「っッ!?」
……もともと古びた稽古用の木刀だった。
何度も真剣と打ち合うたびに、嫌な音を発していた。
兆候は見えていたのだ。
……振り上げた瞬間、木刀は根元からぽっきり折れた。
カナミの眼には、ファガレスの、恍惚とした笑みが見えた。
『獣のような奴だな』
「……う、あああああああああああああああああああああああっ!!!」
不覚にも、思い出してしまったのはゲイルの言葉。
憎むべき、敵将の言葉。
カナミは勢いよくファガレスに抱き着いた。
噛みつき、押し倒し、両の腕で首を締め上げる。
「が……ああ……っ」
酸素を求め、よだれをたらし、ファガレスは暴れる。
カナミの長い髪を掴んで引きちぎる。
カナミは歯を食いしばり、それに耐える。
全ての力を振り絞る。
(多くのものを失った……)
家族も一族も、もういない。
涙を流し、王子に守られ、貴族としての誇りもなくなった。
長槍にかなわず、敵兵に嬲られ、剣士としての自信も失った。
だが、それでも。
(意地と言うものがある……)
私は武人だ。
主君を守り、ご恩を返す。武人としてこの矜持。
これだけは。
せめてこれだけは。
ざしゅっ!
焼けるような痛みがカナミを襲う。
苦しみに悶えるファガレスの、無茶苦茶に振り回す剣。
それがカナミの背中を切り裂いた。
それでも歯を食いしばり、悲鳴の代わりに叫ぶ。
「……失ってぇ、たまるかあああああああああああああああっ!!」
……次の瞬間。
暖かい光がカナミを包んだ。
黄緑色の優しいそれは、背中の痛みを消していく。
眼をやると、そこには。
『ヒーリング……バレット……』
辛そうに、這い這いの姿勢で、ディムルが腕をかざしていた。
ぎりりっ。
奥歯を噛みしめる。
何が魔力切れだ、嘘つきめ……。
何が任せただ、嘘つきめ……。
最後まで、おんぶにだっこだ。子ども扱いだ。
この……っ!!
「嘘つき王子いいいいいいいいいいいいい!!」




