責任
その日もカナミはズタボロになって帰ってきた。
「いい加減、見過ごせるレベルを超えてるよ」
痛々しいカナミの身体を癒しながら、ディムルはそう言った。
しかし、何を言われようとカナミの問いは一つだ。
「転びました」
「またそれかい……」
まるでイジメを受けている生徒と先生だ。
カナミみたいに真面目な子ほど、ここで意固地になってしまうのかもしれない。
俺は努めて優しい声をかける。
「たまには腹を割って話そうよ。力になるから」
カナミが修練場に通っていることは知っている。
それが彼女に与えられた仕事であることも。
ゲイル将軍と交渉すれば、解決は可能かもしれない。
しかし、カナミは自分から望んで通っているようにも見えた。
3年前。
ズタボロになってもラモスに挑み続けるローランの姿が彷彿された。
また、そんなローランに俺も挑み続けた。
彼女は武家の一族だ。
彼女なりに譲れないものがあるのかもしれない。
だとしたら、それをないがしろにするわけにもいかないが……。
「殿下だって、私に何も言わないくせに……」
ようやく口を開いたカナミは、責めるようにじっと俺を見つめた。
これは、想定外の反応だ。
「なんで、私なんかを救ったんですか!ご自分のことだけ考えておられればいいものを」
カナミの口調はどんどん厳しくなっていく。
彼女は怒っているようだ。
知らずのうちに、プライドに傷をつけてしまったのかもしれない。
カナミはじっと俺をにらんで、再び口を開いた。
「私が姉君に似ているからですか?」
「はい?」
あまりに予想外の問いに、すっとぼけた返しをしてしまう。
「父や叔父が言っていました。私の顏はサラ王女殿下によく似ていると……酒の席の話ですが」
顔を赤らめて言う。
自分で自分のことを見目麗しい姫君に似ていると言ったのが、恥ずかしいのかもしれない。
俺はそんな彼女をまじまじと見つめた。
長いまつげ、切れ長の眼、高い鼻に小さい顔。
髪色や雰囲気があまりに違うから気づかなかった。
確かに、言われてみると……。
「…………ぷ、ふくくく。あははははははははははは。本当だ、全然気づかなかった!!似てるよ、似てるっ、あっはははははははは!!!」
「な、なんで笑うんですか!」
「い、いや、ごめ、気づかなかった自分が滑稽で、あっはははははは。ひいー、おっかしいぷくくく」
何がそんなにおかしいのか、ディムルは完全にツボに入ってしまい笑い転げた。
ひとしきり笑い終えた後目じりの涙を拭う。
「確かに似てる。14歳って年も俺の知ってる姉上ジャストだよ」
「……サラ王女のご婚礼が決まった時、王子殿下が暴挙に出たとお聞きしました。王陛下はまだ7歳のご嫡子を謹慎なさったとか」
「……うん、そうだよ。あの時は本当に冷静じゃなかった。信じられないくらいぶっちギレてたなあ」
「……愛しておられたのですね、姉君のこと」
カナミは至極まっとうな感想のつもりだったのだろう。
しかし、ディムルは意外そうに眼を丸くした。
そして、くしゃりと顔を潰して無理やりほほ笑んだ。
そんなんじゃないよ、と。
「俺が生まれてしまったせいで、彼女は立場を失った。だから、何が何でも助けたかった。明日も知れない人質になんてなって欲しくなかった。でも、俺は無力だった。だから、暴力にはしった。未熟だったんだなあ、心が」
ディムルは、とても寂しそうに笑った。
カナミは胸が苦しくなった。
いつもにこにこしている方だが、こんな顔もするのか、そう思った。
「でも、関係ないんだ」
ディムルの顏から笑みが消え、真っすぐとした眼でカナミを射抜く。
「俺がカナミを守るのは、俺にはそうする責任があるからだよ」
「責任、ですか……?」
ディムルは、実に申し訳なさそうに続ける。
「ムーンストーン一族は、俺を狙ったエスパーラの一団に襲われた。俺が巻き込んだ。俺がいなければ君はここにいる必要も無かったし、家族も仲間たちも生きていた」
……カナミは、ディムルを直視できなかった。
彼の顔を、今は見てはいけない気がして。
それほどまでに辛そうな顔をディムルはしていた。
「カナミ、君は真面目でいい子だ。家族が亡くなった胸の喪失感をこらえて、俺を救うために君なりに動いてくれた」
ディムルは、カナミの両肩を掴む。そして額をこつんとあわせた。
「ごめんね。本当に、ごめん……お父上のこと、一族のこと、仲間たちのこと。一生かけて償う。だから、今は守らせて?」
……ディムルの手は震えていた。
違う、殿下が悪いわけがない。
殿下はただの被害者で、我らは殿下をお守りするのが任務だった。
我らはそれを失敗した。いわば自業自得だ。
しかし、カナミは何も言えなかった。
力のない、何一つ守れない自分には、慰める資格なんてないと思って。




