カナミの戦い①
一夜明け、ディムルは眼を丸くさせた。
昨夜カナミがボロボロになって帰ってきたことについて、事情は教えてもらっていない。
ただ、哀し気に眼を伏せるのみであった。
それについて問い詰めようとしたその日、俺たちの前に珍しい来訪者が現れた。
1人はいつものごとくフォールである。
相変わらずドアを開けてからノックをする。
それに続き、ゲイル将軍が入ってきた。
「ディムル・エメラルド。此度はやってくれたな」
ゲイルは薄く笑った。
「えーと、なんのことでしょう?」
何度見ても、この人の笑みは怖い。
いちいち気にするほど繊細なたちではないが、カナミが怯えないか非常に心配である。
「来い」
ゲイルがあごで示す。
視線が向いているのは俺ではなく……カナミ?
「ああ」
少しためらい、カナミは付き従った。
「え、ちょ、ちょっと」
なに、この以心伝心なやりとり。 俺に用があったわけじゃないの!?
止めようと手を伸ばすとフォールによって制される。
「ディムル殿下は部屋でご謹慎を。まあどうせ聞かずにどこぞに忍び込むんでしょうが」
「……カナミに何の用?」
「なに。取って食いやしませんよ。ただ働いてもらうだけです。あなた方には無期限の間ここで暮らしてもらうこととなったんです。ただ飯ぐらいというわけにはいかないでしょう?」
……確かにそれは予想していた。
状況は変わったんだ。
もう自分たちはただの人質ではいられない。
エスパーラに利益を与えるべき奇貨だ。
自分たちがエスパーラに利益を与える存在でないとみなされれば、即刻切り捨てられるだろう。彼らにはその権限がある。
「あなたにも、近々仕事を与える予定です。まあ今は待機していなさい」
ゲイルとフォールはそう言い残し、カナミを連れて去っていった。
*
ディムルに対して律儀に拝礼をして、カナミはゲイルに連れ添って歩く。
小川に止められた小舟に乗せられ、敷地の端まで連れていかれる。
「不服か?」
「何を今さら」
二人が剣を交えた昨夜、ゲイルは言った。
肩の関節が外れ、鮮血にまみれた死屍累々のカナミに。
『器を示せ』
さすれば此度のことは不問にすると。
「私は弱い。貴様に負けるほどにはな」
「そのうえ頭も悪いな。忍び込んでいるというのに、全力で咆哮する刺客がどこにいる」
「ぐっ……」
カナミは力が欲しかった。
武人である己には、それを求めるのがまっとうであると考えた。
だから、ゲイルの案に乗った。
やがて、兵士たちの掛け声とともに大きな広間が見えてきた。
屋外に作られた、若手軍人たちの修練場である。
兵士たちはゲイル将軍を見ると掌で拳を包み頭をたれた。
何度か見たことがある。エスパーラ流の礼儀作法なのだろう。
「貴様にはここにいる者たちと立ち会ってもらう」
木刀を渡され、ぶしつけに言われる。
「険しい山国により独自の発展を遂げたエメラルド剣術。それを見せろ。兵たちに経験を積ませ、戦に役立てる。それが貴様の仕事だ」
カナミは、眼だけでうなずく。
……これは祖国への裏切りとなるだろう。
なにせ祖国の秘伝をばらすのだ。
幾度となく自分と戦いエメラルド剣術との戦闘経験を積んだ兵士たちは、やがて多くのエメラルド兵を殺すはずだ。
しかし、カナミにはもうどうでも良かった。
他に捕虜がとられればいつかはこうなるのだし、なにより自分たちを切り捨てたエメラルド国に義理立てするつもりは既になかった。
今はとにかく力が欲しい。
(……見ていろ。戦闘経験を積むのは貴様らだけではない)
強くなるための地獄が目の前にある。
カナミは強い覚悟をもって木刀を構えた。




