ディムルの本領③
「困難を茶番に変える力でも持っているんですか?」
「あっはは。茶番って、人聞きが悪いですよ」
「こちらは入念に準備をして、命を捨てる覚悟で敵国の奥深くまで潜入したんです。そうまでして手に入れた人質を、『こんないい子が死ぬなんて不憫だ。助けよう』なんてふざけた理由でひっくり返されたんです。茶番も良いところですよ」
「みんなのおかげで生きている。世界って素晴らしいね!」
恨めし気にのぞき込むフォールに対して、ディムルは親指を突き立てる。
フォールはため息をついて眼をそらした。
「これがあなたの言うパーソナルブランドですか」
ディムルはにっと笑う。
「彼」の前世は世界有数の経営者であった。
しかし「彼」は並み外れた頭脳を持っていたわけではない。
他者より画期的な発想力を持っていたわけでもない。
何でもできるが何にもできない器用貧乏な青年であった。
だが、「彼」にとってそれはさしたる問題になりえなかった。
なぜなら「彼」は、一人で戦う必要などなかったのだから。
「コミュニケーション能力?」
「ええ。友達作りの力、と言い換えてもいいです」
「あなたはソレに秀でていると?」
「これだけは誰にも負けない。少なくとも、そんな自分でありたいと思っています」
俺は無力な人間だ。
圧倒的な力も、冴えわたる頭脳もない。
そんな俺にできる事と言えば、味方を創り助けてもらうことくらいだ。
俺にできないことはみんなにやってもらう。
関係構築・対人折衝・人脈づくり。
それが俺にできる、俺にしかできない俺だけの売り。
俺のパーソナルブランドだ。
「本当は、どんなことでも負けたくないんですけどね」
ディムルはいたずらっぽくほほ笑んだ。
フォールはやれやれと肩をすくめる。
「しかし王子。あなたの読みには一つ穴があります」
「え?」
しゅっ!
フォールはディムルの腕をつかみ、懐から抜いたナイフを首に押し付けた。
流れるような動作。
抵抗する間もなく、首に冷たい感触が広がる。
「峰打ちですか、驚いたな」
ぽりぽりと頬をかく。
フォールの抜いたナイフには刃がなかった。
あくまで反応を見るためのものだったのだろう
「こういうこともあるということです。あなたは交戦中の敵国の王子。皇帝陛下が愚君であれば、激情で殺されていた可能性は十分にありました」
内心、フォールは舌を打つ。
ディムルは眉一つ動かさなかった。
刃が首に触れる瞬間までほとんど反応が見られなかった。
恐怖も焦りも絶望も。
「人を動かすのは利だけではない。重要なのは情。もちろんわかっていますよ。正直、それが一番怖かった」
こんな時でも、ディムルはにっこり笑う。実に楽しそうに。
「ララード大河域の偉大なる覇者、レイゾル・エスパーラ帝。この国の価値観、『奇貨、置くべし』。若くしてこれだけの城都を任せられるゲイル将軍。決して浅慮な判断はしない、そう考えました」
どこまでも冷静な少年だ。
フォールの襟に、わずかな冷や汗が染みる。
それすらもディムルには見えていた。
彼は底知れないニヒルな笑みを浮かべた。
フォールはふいに恐怖した。
刃がその身に迫っても動じないその胆力。
敵国で多くの味方を作るその人徳。
知恵とスキル、魔法と剣技。
なにより、持ちうる力全てを従者の少女を守るためだけに使った。
(そんな人間がいるわけがない)
これではまるで物語の英雄だ。
底知れないこの少年。
あなた、いったい何者なんです?
問いは、夜の静寂に消えていった。




