旅路
出立の日。
王家の間で、俺は家族と別れを惜しんだ。
「ああ、ディムル……。サラに続いてあなたまで……力のない母を許してください……」
「泣かないで下さい、母上。ただ留学に行くだけですよ。それも大国のセリア王国に。向こうには僕の知らない知識がたくさんあるんでしょうね。むしろ行くのが楽しみなくらいです」
そう言うと母は一層おいおい泣き出した。弱ったな……。
隣では、一つ年上のサーシャ姉さまも涙ぐむ。
「あれれー、あれれー?サーシャ姉さまも泣いてるー?まったく泣き虫だな姉さまは。恥ずかしー!」
「な、泣いてなんかないよー!母上とは違うもんっ!ディディ―のバカっ!マジ生意気っ!死んじゃえっ!!」
顔を真っ赤にしながらぽかぽか叩いてくる。
姉さまの顏は母に似ており父に似ており、何より俺に似ている。
俺はそんな自分そっくりな姉の肩を掴み、
「生きて帰って来るよ」
にっこりとほほ笑んだ。
「う…あ、うわあああああああんっ、約束だよおおおおおおおお」
あーあー、結局泣くのかよ。
最後に俺は父に向き直った。
父は、いつも離れたところにいる。
家族の輪から離れ、子供と深くかかわろうとしない。
それは、愛しすぎないためだと分かっている。
「向こうには、嫁入りした姉上がいます。会うのが楽しみです」
「…………セリア王国との和議を結んでから3年。同盟は強固なものとなった。……信の置けぬ同盟国ではあるが、それでも一線は超えず、我が国の独立は守られた。……サラは、向こうで上手くやっているのだろうな。我が国にかの国の矛が向かわないように立ち回り……大したものだ」
「当然です。僕の姉ですから」
そう言うと、父は少しだけ笑った。
様々な人たちに見送られ、ムーンストーンの一団と共に王城を発つ。
アザールたちに襲われ、イリーナに守られた城下の街を抜け、生まれて初めて外の世界へと足を踏み出す。
「王子いいいいいっ!がんばってください!!」
「うん!がんばるよっ!!」
最後には、最近避けられていたアイシャも見送ってくれた。
これが王都出立の顛末。
俺が再び王都の地を踏むのは、数年後のこととなる。
*
俺たち一団は、道中最寄りの街々を立ち寄りながら、くねくねと進んでいく。
正直遠回りだ。
だけど、こうして街々を練り歩くことは王家の威を見せつける重要な儀式らしい。
そうした街々では、戦やなにやらで忙しい王族がわざわざ来るなんて大変珍しいようで。
一目見ようと行列を作る群衆。
これをビジネスチャンスと出店を出す商人。
行列により倒れる老人迷子になる子供交通整理にてんやわんやな役人。
あまりのお祭り騒ぎに俺は少しとまどった。
実質的には人質に向かう悲しい旅路だというのに。国民はやけに爽やかだ。
いや、人間ってそんなものか。
下々の者たちは王族の動向になんてさして興味がないのだろう。
自分たちの生活さえ守られればそれでいい。
アメリカの著名な作家の言葉に、こんなものがある。
『人間はそれほど他人に興味がない』
『世界のどこかで起こっている戦争や貧困よりも、自分のニキビの痛みや髪のくせ毛の方が重要である』
この言葉は、ヒトの本質足るものをよく表していると思う。
*
そんなこんなで、ディムル王子の一団は西へ西へと進んでいった。
ディムルはもともとマイペースな性格である。
慣れてくると群衆の波を意にも介さず普通に店に入って買い物するし買い食いもする。
何気に初めての買い物である。
「えーと、リンゴ一個が350ゴールド。ジャガイモは……280ゴールド」
「王子サマ、いつも何やってんスか。町に着くたびにメモってますけど」
顎に手を当てのぞき込むのはナクラ。
その隣には妹のカナミ。
同じく若手であるアワギが周囲を警戒している。
この3人が俺の身辺警護の係だ。
「物の相場を調べているんです」
「相場、でございますか?」
カナミがきょとんとして首をかしげる。
「うん、例えばこのリンゴ。前の街では300ゴールドだったよね?その前の街では200ゴールド。なんで値段が高くなってるか分かる?」
「それは……この辺りではりんごが採れないからでしょうか?」
「正解。原産地から離れるほど、物の本来の価値に運送代がかさんでくるんだね。エメラルド国は険しい山岳地帯だ。ふもとの街からふもとの街への移動だからまだ価格の変動は小さいけど、山の向こうの街に運ぼうとしたら価格は爆発的に吊り上がるはずだよ」
俺は8歳まで城の外にほとんど出たことがなかった。
それ以降も外出が許されたのは城下町まで。知っている市場は王都のものだけである。
せっかく外の世界に出ることができたんだ。市場調査くらいしておきたい
「殿下はちょいと貧乏性っすね」
と、ナクラがからかってくる。
「こう見えて、前世はケチな商人だったからね」
「あはは、前世ですか。物語の英雄みたいですね」
カナミは苦笑した。
「現実は小説よりも奇なりだよ、カナミ君。さ、行こうか」
お邪魔しました。
と、平伏する店主にそう言って人数分のリンゴを購入。
店を出る。
シャリシャリと林檎を頬張りながら4人で街を散策していく。
「なるほど。王子殿下は外に出るのは初めてでおいでですか」
「ええ、だからいろいろと教えてくださるとありがたいです」
「滅相もない。自分なぞまだまだ世間を知らない若造です」
「花街なら俺詳しいっすよ~」
「ナクラ、しばらく口を閉じろ。馬鹿がうつる」
アワギはナクラの言に辛辣な対応を見せる。
俺の横ではカナミが小首をかしげた。
「花街?なんですか、それ。殿下はご存知でしょうか???」
「え。えーと……春を売るお仕事というか」
「春を売る、花の街……。そんな素敵なところがあるのですね!」
カナミが目を輝かせる。
その横ではナクラが笑いをこらえており、アワギはじろりと睨んでいた。
カナミの質問攻めに困っていると、人気のない広間まで来る。
広間なのに人がいないってのはどうしたことか。
「父者たちが広間を封鎖しているんでしょう」
カナミが耳を澄まして眼を閉じる。
「1里以内に16名が警護に控えております」
「わかるの?」
「気配で何となく」
何それ凄い!
まあ流石に警護を若手3人だけに任せるとは思ってなかったけど。
年の近い剣士たちを側において他のものは目の届かないところで控える。
人質に行く少年王子を少しでもリラックスさせようって気遣いだろう。
「サラ王女殿下の時もこうでした」
この場で最年長のアワギはそう呟いた。
「3年前の王女殿下嫁入りも、我らムーンストーン一族が同行したんです。街々を立ち寄るたびに、広間を封鎖し、不審者を捕獲し。姫君を一目見ようとする不埒者が多かったので、腕が鳴りました」
アワギは懐かしそうに、少しだけ切なそうに語る。
姉上は見目麗しいから。少しだけ淡い感情を抱いたのかもしれない。
俺はアワギの肩に手を乗せる。
「失恋ドンマイっ!」
「ちげ……違いますよ王子っ!そんなんじゃねすからっ!!!」
やけに慌てて否定する。彼の顏は真っ赤だ。
ふふふ、まだまだ青いな。
「その話は夜しっかり聞くとして、アキサメ大将は気配り上手なんだね。それに、姿をこれだけ見せずに警護できるなんて最強じゃん」
「はいっ、父者たちはすごいんですっ!私も早くああなりたいと思います!」
「なんでさ、これは内側の警護が信頼できるからこその布陣だよ。カナミも警護の立派な一員だよ」
そこまで言うとカナミは顔を赤らめる。
「は、はいっ!もったいなきお言葉賜ります!私もムーンストーンの一員として、身命を賭して王子殿下をお守りします!はい!」
カナミは相変わらず真面目だ。
アワギもその言葉に賛同し、いつでも刀を抜けるように握りこむ。
ナクラは……
「……くだらねえ、一族な」
明後日の方を向いて、一人密かに嗤っていた。




