それから1年
城に来てから1年がたった。
「アイシャー。休憩入っていいよ」
「まだいいよ、まだまだ体力余裕。せめてここの頑固汚れは落としたい」
「うわはー、全く働き者だねぇ」
「モニカがモノグサなんだよ、モノグサ」
「ほーう、言うようになったなぁ。これは私の恐ろしさを見せつけるしかなさそうだ。ほちゃーっ!」
「ぬ、はちょーっ!あっはは。私に当たるわけ無いっしょ!」
いつも通り、真面目に働き、時にはブラシで同僚とちゃんばらをし、上役から怒られる。
「かーっ!この一杯のために生きてるねえ!」
「相変わらず、上手そうに飲むもんだな」
「そら、んまいすからよシェッフ!!酒だけでなくこの煮込みも最高―!」
「おいおいお子ちゃまアイシャ!酒なんて飲んでてもいいのか!?」
「いいんだよ、ロニー。なぜなら私はU15.先月元服したのです!どうだ、恐れ入ったか!」
労働の後には上手いものを食べ、時にはぐびぐびと酒を飲む。
「おー、アイシャっち。また大きくなったんじゃないか。これは男の気配だね。毎夜毎夜殿方にもまれてるコースだね」
「あは、ばれた?」
「え、マジ?」
「わわ、アイシャん問題発言だよっ」
「あっはは。冗談なのにすぐに真っ赤になる。気娘たちは単純だね~!」
「うーわ、見下し入りましたよ、これは」
「びっちのくせに!ビッチのくせに!」
風呂に入って一日の疲れをいやし、同僚とまたふざける。
その後、明日に備えてぐっすり寝る。
人から見たら何でもない日常なのかもしれない。
それでも私は知っている。
こんな日常こそが幸せなのだと。
餓える心配も、殺される心配もない。
衣食住、すべてが満たされる。
人間は食って働いて寝る生き物だ。
そんな生活こそが至上の幸せだ。
私は、幸せを手に入れた。
「ふふ、アイシャちゃん。今日も元気ね」
「うおー、こんばんはっすミーア先輩!明日もファイトっす!押忍!」
半年ほど前、若くして姫殿下の守り役へと選ばれたパイセンだ。
1人でいるのを見るなんて、相当珍しい。
「姫様はもうおねむよ、ふふ。寝顔が愛らしかったわ」
「そういう先輩こそ、すっかり保母さんの顔っすねえ~」
弱者は死ぬ。
そんな残酷な乱世において、私は幸せを手に入れた。
その幸せは自ら掴んだものではない。与えられたものだ。
それを与えてくれたのは……
「しっかし、こっちの棟に来るなんて珍しいすね」
「アイシャちゃんに会いに来たのよ」
「うえ、説教すか、今日は何もやってないすよ」
それを、与えてくれたのは……。
「もう、違いますぅー。呼んで来いと命じられたのよ」
「誰にす?」
「陛下にす」
顔を真っ赤にする私を、ミーア先輩はくすくす笑った。
*
この1年。
私は寝る間も惜しんで誰よりも働いた。
毎日3食出る暮らしはありがたいものだ。
布団でぐっすり寝られる毎日は素晴らしいものだ。
命の危険の少ない毎日は、世界を美しく彩っていく。
先輩をつかまえ、仕事をどんどん覚えていった。
毎日毎日身体が動かなくなるまで働いた。
目いっぱい働き誰かの役に立つ、これは決して悪くない感覚だ。
城に来てからの充実した毎日は、濁り切っていた私の心をあっという間に溶かしていった。
無意味で無価値だった悪童は、エメラルドの若き王に拾い上げられた。
(誰よりも忠を尽くそう)
ただ死にたくないから生きてきたこの命。
どうせなら、陛下へのご恩返しに使いたい。
(身も心も捧げよう)
私の身命は陛下のためにある。
『お前、なんで生きてんの?』
いつしかの問いに、今なら答えられる。
私は陛下のために生きて、陛下のために死ぬのだ。
主君への御恩と感謝が、恋慕の情へと変わるのに、そう時はいらなかった。
「顔を見るのは、久しぶりだな」
「はははは、はいいっ。き、恐悦至極に存じる所存でございまする!」
うあー、静まれよ鼓動―っ!
陛下を前にすると、何で私はこうなんだ……。
年がら年じゅう国境戦線に出陣している陛下だが、西のセリア王国との戦争が若干下火になり、東南のアブソーブ女王国と和平を結んだことにより、帰還してきた。
(また、お痩せになったな……)
久しぶりにお会いする陛下の顔は、少しだけこけていた。
戦争が一区切りしても、それはあくまで次の戦争のための準備期間でしかない。
年中戦争ばかりしているせいで、重税や徴兵、国民の不満はたまるばかりだ。
特に我が国は金はあっても食料が少ない。
貧民層は今でも餓えに苦しんでいるだろう。
(それに、あの事件もあったしね)
まだ7つにもならないサラ王女殿下の起こした暗殺未遂事件。
陛下のご心中は察して余りある。
「アイ……」
「陛下!」
「……」
「……」
しばし沈黙。
いけない。陛下が口を開いた瞬間声をかぶせてしまった。
陛下から促され、私は慌てて言を続ける。
「さ、サラ王女殿下。こないだお見かけいたしました。どんどんお綺麗になりますね。将来は絶世の美女間違いなしですよあれは!将来が楽しみですよ!」
あほか、私。
サラ殿下のことは今触れちゃいけないでしょ
「でぃ、ディムル王子殿下も、きっと将来は陛下のような勇猛果敢な武人になるのでしょうね!将来が楽しみすよ!」
いやいや、ディムル王子殿下も際どい。
「さ、サーシャ殿下も!なんか何気なくいい感じですよ、将来が楽しみっすわ」
テンパる私。
陛下は顔を伏せた。
怒ってるのかな。
一瞬不安になるが杞憂のようだ。
必死に笑いをかみ殺してるのが見えた。
「そ、そんな面白いこと言いましたかね……?」
「いや、話してる時のそなたの顔がな……」
陛下はまた笑い出した。
この方が笑みを浮かべるのは珍しく、笑わせることができたのは少し誇らしい。
(でも顔が面白いて……面白いて……)
ぬあー!!私は所詮お笑いキャラなのかいっ!!
羞恥でもだえる私に気付かずか。陛下は続けた
「大したものだな。たった1年で、そなたは見事に城に溶け込んだ。仕事を覚え、作法を覚え、小粋なジョークも覚えて使用人たちの中で馴染んで見せた。官職の中には未だに悪く言うものもいるが、図太いそなたなら問題なかろう。実にあっぱれだ」
そう言う陛下は、少しだけ寂しそうな顔をした。
居場所を作ることができなかった、亡き王妃様のことを思っているのかもしれない……。
その顔を見ると、胸が苦しくなる。
この方には、少しでも笑っていてほしい。
内に抱える王族と言う名の呪縛を、私は少しでも軽くしてあげたかった。
「アイシャ。そなたをここに呼んだのは他でもない。頼みがあるからだ」
「……頼む必要なんてありません。一言命じるだけでなんなりと。アイシャは陛下のしもべにございます」
陛下のために生きて、陛下のために死ぬ。自分のすべてを使ってご恩返しをする。
この方に死ねと言われれば躊躇なく死ぬ、アイシャにはそんな覚悟があった。
(どんなご命令でも、どんと来いだ!)
しかし、
「嫡男の、ディムルを頼む」
こればかりは予想外だった。




