少年の夢
ディムルが目を覚ましたのは夕方だった。
落ちる夕陽が城下町に沈み溶け合っている。
そんな幻想的な景色に切ない気持ちを抱えながら、ディムルは部屋を抜け出した。
剣術ばかりで最近大人しかったからか、アイシャの監視の目は甘かった。
木刀を抱え、抜け出してから一目散に坂の下の大木を目指す。
ローランを初めて見た場所だ。
彼は傷めた足を引きずりながら木剣を振るっていた。
必死な顔で大木を何度も何度も打ちまくり、大きな音を立てる。
毎日の光景だ。心なしか大木が傾いてきた気がする。
『ヒーリングバレット』
離れたところからの治癒。
治癒魔法を光の球体にして飛ばす中級魔法。
それを彼の足へと放つ。
「……うぜえ」
「そう言うなって」
辺りは夕陽により、だいだい色に染まっていた。
*
「お前の従女、変な奴だよな」
「そうだね、城内においても異様な人だね。元ヤンだし」
「お前も、変な奴だよな」
「……それ、君のおじいさんにも言われたよ」
ディムルは微妙な顔をした。
この一日で二人に同じことを言われるなんて、やはり自分はおかしいのだろうか。
気づけば、ローランは木剣を肩に抱え歩み寄っていた。
「なあ、」
その表情はいつもの張り詰めたものと違い、年並みのものだった。
「俺と、お前って……何だ?」
「なにって、友達でしょ?」
ディムルは意図が分からず、あっさりと返す。
当たり前のように。
いたって当然のように。
「けっ!即答かよっ!」
顔に赤みがさしたローランを見て、ディムルは何となく察することができた。
「あれれー?照れてる照れてる?顔が真っ赤だよ?」
「うぜえ!夕陽のせいだよっ!」
「あはは!意外とかわいいところもあるんじゃないか!」
照れ隠しにぶんぶん木剣を振り回す。
しかしディムルは笑いながらそれをかわす。
腰も入れずに振った攻撃は当たらない。
それくらいにはディムルは強くなっていた。
「ちっ……ありえねえ成長速度」
「君がいたからね。一緒に鍛えてくれる友達がいたから頑張れた。同世代の友達は初めてだ。これからも仲よくしようぜ」
そう、尊敬するべき友達だ。この世界に生まれて初めての。
「悪いが、それもあとわずかだぜ。あのじじいをぶっ飛ばして、俺は行く」
「戦場だろ。ラモスから聞いたよ」
ローランは通っていた道場の仲間たちの訃報を聞くと、すぐさま武器をもって家を飛び出したらしい。戦場に向かって。
しかし所詮は子供の足。
すぐに親族につかまり、戦場から最も遠い王都に住む祖父の元へと強制送還された。
「俺はずっと気になっていたんだ。君の剣に対する執念が。あの張り詰めた表情は、充満する殺気はどこから来るんだろうって。ラモスから、実の兄や兄貴分たちの復讐を誓ってるって聞いた。アイシャからも乱世の闇に吞まれてるって聞いた。でも腑に落ちないんだよね。君の友達としては」
こうして話してみれば分かる。ローランは子供だ。
乱世が生んだ復讐鬼ではない。
前世で俺のよく知る。反抗期でひねくれた、それでもまだまだ純粋な普通の子供だ。
「君の胸に秘めているのは、本当に復讐なんてものなのかい?」
その問いに、ローランは一瞬ひるむ。
そして黙ってうつむいた。
華やかだった過去を思い出す。
『うーしっ!今日はお前らの将来の夢を語ってもらおうか』
忘れもしない。
ある日師範が言った言葉。
やたら熱血で爽やかすぎる馬鹿師範。
「うちの道場にいたのは……みんな夢見る剣術馬鹿だったよ。ただ生き残るだけでも難しいこのくそったれな時代で、青臭いロマンばかり求めてた」
チュスは戦場で武功を上げて大元帥になろうと……
カルメロは剣技を磨いて大陸一の大剣豪になろうと……
ダリルは仲間たちを守るしんがりの達人になるとか、
クソ真面目な兄貴はエメラルド国が豪傑の国だと証明したいとか、
みんなそれぞれ勝手なことばかりほざいていた。
『いいねいいね!お前ら野望にあふれていかにも漢って感じだ!誰が先に叶えられるか競争だな!最後に……ローランはどうだ?』
『え、俺?』
その時は答えられなかった。
夢って言われてもピンと来なかった。
でも、みんなが死んだことを聞いたとき、その時初めてピンと来た。
今なら答えられる。俺のやりたいこと。俺の夢……。
「全部勝つんだ……。俺は、兄貴たち全員に勝ちてえんだ。俺ん中の想い出補正ででかくなりまくったアイツら、全員ぶったおす。強くなって最強になって武門の頂点である元帥になって国を守って仲間を守って手柄をたてまくる。どう考えても俺の勝ちだって雲の上まで轟かせてやる!」
ローランの吐露に、ディムルはにっこりと笑った。
ようやく謎が解け、すっきりした。
「君の執念の正体は、でっかい夢にあったってわけだ」
あの張り詰めた表情は、
充満する殺気は、
死に物狂いの威圧感は、
何のことはない、それだけ情熱を込めていただけのことだ。
「天下に名高い最強の大元帥になる。そのビジョン、友達として応援するよ」
俺は彼には勝てないかもしれない。
ローランは、自衛のためだけに剣を学んでいる俺とは違う。
情熱も野心も必死さも何もかも違う。
(それでも……勝てないことは諦める理由にならない)
ディムルは手に持った木刀を構える。
「もう一勝負!受けてもらうよ!!誰よりでっかいビジョンを掲げた君だからこそ、俺は勝ちたい!」
混じりけのない、澄んだ瞳でディムルはそう言う。
それを見たローランは、なんだかおかしくなってしまい吹き出した。
腹を抱えて笑い、笑い、ディムルの気持ちに答えるように木剣を構える。
こんな爽やかな気持ちになれたのは、実に久しぶりだった。
「負けねえよ!ジジイにもてめえにも!こんなところで負けてちゃあ、大望には指の先もかからねえ!」
二人は打ち合う。
握る木刀を。
1人は大望と反骨を掲げて、1人は逆境と成長を求めて。
次の日も次の日も、何度も何度も打ち合った。
一月後。ローランの父、レグ・アメジスト少将戦死の報が届く、その日まで……。




