思い出した感覚
よこらせ、と遠巻きから二人を眺めるラモスは座椅子へと腰かけた。
アイシャはそんなラモスにしぶしぶ紅茶を入れる。
「止めんのか?」
「止めないすよ。鍛錬だってんなら。下手に止めると怒られちゃいますし」
しかし、心配は心配である。
あの少年の体捌きを見るにただものではない。
ついこないだから剣を学び始めた王子が勝負になるとは思えない。
「なあに、そのためにたっぷり痛めつけてやったわい」
「自分の孫を何だと思っているんすか…」
相変わらずの鬼畜っぷりだ。
まあ王子が安全ならそれでいい。
自分も肩の力を抜いて見守るとしよう。
『ヒーリング』
………………。
「治してますね」
「治しとるの」
「っざっけんな!」
どごっ!
「殴られましたね」
「ムカついたんじゃろうの」
それでも、あの一瞬でローランの傷は完治してしまった。
さすがは王子。
イリーナが旅立った後も魔法の向上は欠かさなかったしね。
……あれ、でも。
「これって王子に勝ち目はなくなってませんか?」
「なくなっとるのぉ~」
こんな時でもラモス将軍は、面白そうに茶をすすっていた。
*
(うん、確かに勝ち目がないな……)
アイシャとラモスのやり取りを聞きながら、ディムルは苦笑した。
冷たい汗が額ににじむ。
素人の自分では勝てるわけもない。
目の前のローランと対峙していると、それがわかる。
血走った眼、その中に混じる仄暗い闇。死に物狂いの重圧。
(これで10歳?嘘だろ……)
発する闘気、刺すような視線。
その全身が彼の存在を語っている。
彼を見ていると、長らく忘れていた、ある感情を思い出す。
俺の胸に、熱いものを思い出させてくれる。
「ふがっ!!」
一瞬のことだった。
一瞬で距離を詰められその大きな木刀で顔面を突かれる。
鼻から真っ赤な液体が噴き出し熱くなる。
その液体はどろりとした鉄の味がする。
(折れたっ…折られたっ……!)
痛みで鼻頭を反射的に押さえる。
木刀を捨て去り両手で治癒魔法をかけようとする。
そんな俺に向かって、ローランは容赦がない。
空いた腹に容赦なく木刀を打ち込んでくる。
肝臓が強打され胃液の逆流を感じた。
「か…………あ……っ」
(なんて……力……それに、ためらいがない……)
悶絶して膝をつく俺に対して、手心を加えず木刀で殴りまくる。
「立てよチビ」
口ではそう言うが、立つ隙は与えない。
「ほら立てよ」
力任せに木刀で殴りつける。何度も何度も。
「立てるもんならよぉ!」
俺は無様にも頭をかばってうずくまっていた。
これはもう、剣の鍛錬などではない。
あまりにも理不尽なただの暴力だ。
「ガキっ!もうやめろっ!」
そう言ってアイシャが止めるまでの間、俺は不覚にも嗚咽を漏らしていた。
アイシャにかばわれる俺に興味をなくしたのか、彼は冷たい眼で俺を見下ろし去っていった。
どくん。
羞恥か渇望か。心音が騒ぎ立てるのを感じた。
(おいおい)
侮蔑の込めた眼、容赦のない態度、理不尽とも思える力の差。
胸の中で熱いものが駆け巡る。
(なんだよ、これ)
『ヒーリング』
自分の傷をマッハで治し、俺は去りゆくローランへと追いすがる。
(あんまりやられっとさぁ……)
「悪い癖が出るだろうがっっ!!!!」
完全な死角。
ローランの背後から、俺は助走をつけてドロップキックをぶちかました。
まだ動けると思っていなかったのか。
まだ向かってくると思っていなかったのか
予想外の奇襲を受けたローランは無様にころげた。
それを見て俺は、
「うわはははははははははっ!!!!ほら立てよーっ!!!!」
俺は堰を切ったように笑い出した。
「お、王子が壊れた……」
(壊れてなんかない。むしろこれが正常だ)
久しぶりだ、この感覚。
勝ち目がない相手。勝てる気もしない自分。
徹底的に打ちのめされ、身の程を知らされる。
そんな逆境こそがいいんだ。
できないができるになるから面白いんだ。
どろどろと、俺の中の負けず嫌いが顔を出す。
「……この、チビっ……ぶち殺す……!」
腰を押さえ、よろよろと立ち上がるローランは憤怒の表情を見せる。
「なら早く立てよ!ほら早く!!さあ第二ラウンドだ!剣を握れ、前に構えろ、全部を込めてかかってこいよ!」
俺の中で何かがはじけた。
気持ちが高まる。鼓動が跳ねる。
後ろではアイシャがあわあわと慌て、視界の端ではラモスが机をバンバンと叩いて笑っているのが見えた。
だけど止まれない……!
剣を握る手が、進む足が。
身体中の血が沸騰しているのが分かる。
「負けっぱなしじゃいられない!挑戦こそがっ人生さっ!!!!」
その後、俺は足腰が立たなくなるまで徹底的にボコられた。




