エメラルドの城下町
俺はこの世界に生まれ落ちてから、外に出たことがほとんどない。
山の中腹にできた天然の要塞「マドリッド城」は田舎の大学二つ分くらいの敷地からできている。
そこに住む衛兵、文官、使用人、城から見える広大な山々や遠目から見る城下町の光景。
これが俺の見てきた世界だ。
それがどうだろう、今、俺の目の前に映る人々は、衛兵でも使用人でもない。
農民、商人、町人、傭兵、様々な人が往来している。
活気にあふれたこの街はエメラルド国王都「マドリッド」。
いつも遠目に見下ろしていた城下町に俺はいた。
「うふふ、はしゃいでおられますね、殿下」
横から俺を見守るのは我が師匠イリーナ・バジル。
いつもの軍服ではなく、旅慣れた冒険者のような風体をしている。
俺たち二人を囲むように位置するのはそれぞれ、ラモス将軍、コイン中尉、ドロシー准尉、そしてアイシャだ。
皆それぞれ町人に扮した目立たない服装をしている。
「ええ、師匠。話には聞いていましたが、見ると聞くではやはり違いますね。こんなに活気にあふれているとは思いませんでした」
人・人・人、とにかく人にあふれている。多くの人々が所狭しと歩いている。
この国は他国に比べて国土面積は決して広くない。また、国土の8割が険しい山々であるため人の居住地自体も限られる。人口はあまり多くないはずだ。
だというのにこれはどういうことだろう。
休日の渋谷・新宿並みの人通りだ。
少ない人口が王都に集中しているのだろうか、それとも今日は祭りか何か?
いや、時間帯が問題なのかも……。ああ、データが欲しい、役所に忍び込むか?
「ふふ、この国は外国人の往来が多いのですよ」
逡巡する俺の頭を、イリーナがそっと撫でる。
「驚くのも無理はありません。ここは最も人や物がにぎわう目抜き通りエリア、王都の中心です。エメラルド国の良質な特産物を求めて他国の商人たちもやってきます」
「特産物ですか?」
イリーナは柔和にほほ笑みながら一つの露店を指さす。
指輪・ペンダント・チョーカー等のアクセサリーを取り扱っているようだ。
近づいてみるとどれも煌びやかな宝石が取り付けられている。
「なるほど……」
家庭教師に教わった内容を頭に並べる。
エメラルド国の特産物は広大な山々から採れる鉱物。
その中でも外資獲得産業としての主力は宝石業らしい。
驚くべきことにエメラルド国のほとんどの山は金山・銀山・または様々な種類の宝石火山であることから、世界一の宝石産出国と言われている。
ただ数が多いだけではない。
他国のソレよりも美しく澄みきっている。
「露店で売っている宝石がこんなに綺麗なら、しかるべきところで買った宝石はきっと至福の輝きですね」
「ええ、エメラルド国民にとってはありふれた資源である宝石は、他国からみればとてつもない宝です。しかし、時代は乱世、周りは敵国だらけです。商人たちは、高すぎる関税を払うよりもこうして直接買い求める手法を選ぶのですね。その結果が王都の活気に繋がっているわけです」
それって密輸じゃないのだろうか?
いや、そもそも自然を開拓しきっていないこの世の中じゃあ密輸し放題か。関所を通らずに移動できるもんな。
それに必要悪とも言えるだろう。
外国の商人たちがこれだけ金を落としてくれるのだから、互いにwin-winの取引だ。
その後、しっかりした高級店で1流の宝石を見た。
現代日本のように光の角度を調節なんかしてしない。
加工技術もまだまだだ。それなのにこの輝きは何だろう。言葉を失った。
母上がこんなの着けてたっけな。よく見るととんでもないことだったんだな。
良質な宝石は付与魔法をつけるのにも向いているらしい。宝石業の軍事化が計画中だとラモスから聞いた。
「イリーナ師匠、あれは何?うおお、アイシャさんそれやっべえ!」
新鮮な光景の数々につい童心に帰ってしまう俺を、皆はにこにこと見守る。
「王子、これはどうですか~、ぎゃうんっ!!」
「これこれ、呼び方に気いつけぇ。今は王都に遊びに来た商家のぼっちゃん、ディー君じゃて」
ラモスは杖を片手に嘆息する。
そう、今日はあくまでお忍びなのである。
イリーナが上に頼み込んで俺に街を見学させる機会を作ってくれたらしい。
しかし、敵の密偵に狙われるリスクは当然ある。
ならばと腕利きを町人に扮して同行させ、半日だけ散策することを許された。
コイン中尉、ドロシー准尉は見た目大人しそうな青年だし、顔が売れてそうなラモスも軍服を脱いだらただのおじいちゃんにしか見えない。目立たない服装をしたら軍人だとはバレないだろう。
アイシャは元々平民の出自であることから、町人の服装が誰よりも似合っている。
キングオブ庶民だ。
「師匠は町人の恰好をしなくていいんですか?」
「エルフはこの辺りではあまり見ませんからね。町人の恰好では逆に目立ってしまいます」
旅路の際はいつもこの格好なんですよ、とイリーナはくすくす笑った。
イリーナが着ているのは緑一色の薄生地でできた特徴的な旅装だ。
エルフ族の民族衣装かもしれない。
なるほど、確かに着慣れている。
しかし、イリーナの言葉に珍しく矛盾を感じた。
目立ってはいけないお忍びで、何故イリーナの同行が許されたのだろうか。
この辺りでは珍しいエルフで、1人だけ格好も違う。
そもそもイリーナは魔法指導のプロではあるが兵士ではない。戦闘のプロではない。
護衛としてチョイスするには疑問が残る。
(俺と師匠の思い出作り?)
そんな心情的な理由しか思いつかない。
「……」
ちらりとアイシャたちを見る。
皆それぞれ、腰に帯刀をしている。
ソレは、作法として身に着けるそれよりやや重量感が見受けられる。
こんな時代なんだ。身を守るための武装くらいするものだけど……。
今日の皆は、不思議なくらいにこにこ笑っている。
ラモスのキャラを考えると、もっと面倒くさがりそうなものだが……。
まるで、わざと緊張感を隠しているかのように。
(何か企んでる……?)
情報が少ない。断定はできない。しかし、ある情報の中で推理するとしたら、
『近年隣国のセリア王国との対立が激化していて、王宮内も安全じゃないって噂もあります。敵に買われた内通者がいるとかいないとか、だから王子、ぜぇ~ったい一人で出歩いちゃいけませんよ!私をまいてどこかに忍び込むなんて持っての他っす!』
……あ、これ釣りだ。




