十四話
†
半ば強引に学長と別れた私達は、その問題児二人が20層より上の層にいるからと危険度の高い20層にまず向かい、そこから徐々に19、18と上がっていこう。
という意見で一致し、ダンジョンへと足を踏み入れていた。
ただ、探すにせよダンジョン内はそれなりに広く、隈なく。ともなれば手遅れになる可能性だって否めない。
故に、迅速かつ、丁寧に捜索をする必要があった。
そんな中、俺に良い案があると声を上げたある人物は詳細を話す時間すら惜しいと言わんばかりに私達があえて避けて通ろうとしていた魔物の巣穴らしき場所にあろう事か、大技とも言える魔法をぶっ放していた。
間違いなく、アホの所業である。
「あああああああ!!! イグナーツの馬鹿ぁぁぁあああああ!!!」
走る。走る。走る。
四人揃って迫る大群から逃げるように、走る。
ただし、うち一人は物凄く楽しそうに良い笑顔を浮かべながら駆け走っていたが。
ぶーん、ぶーん、と背中から生やした翅を羽ばたかせ、此方に敵意と憤怒の感情を向けながら追いかけ回してくる魔物を尻目に、私は脇目も振らずに叫び散らしていた。
「馬鹿とは酷い言い草だな。潜った奴らが問題児だからこそ、の行動だってのに。よくよく考えろ? 大きな音がする。なら、気になってこっちに向かって来るだろう? そしたらほら、すぐに見つかる」
「見つからないから!! 絶対見つからないから!!」
……とんでもない思考回路である。
良いからさっさと責任持って倒せと言葉で必死に訴えるけど、もう少し待てとしか言葉は返ってこない。
……この様子だと絶対、イグナーツのやつ、私が虫嫌いな事を完全に忘れてやがる。
「……成る程。探すより、誘き寄せる方が早いって事っすか。普通なら避けようって思うだろうが、問題児ならば別と。同じく問題児だった人間ならではの切り口っすね」
「ダミアンも呑気に感心してないでさっさとアイリス見習って!!」
こんな時、治癒魔法の才に偏ってしまっている己が恨めしい。
————一瞬でもこのバカに期待したあたしが馬鹿だったわ。
と、すぐ様、イグナーツの言葉に耳を貸してしまった一瞬前の己の行動を悔やみながら、追いかけ回してくる魔物の討伐に切り替えていたアイリスは流石と言えた。
「まあ、レラの言い分は分からなくもねえけど、だったらちまちま隈なく探すってか? 別に俺は日が暮れようが、そのせいで野宿になろうがなんだろうが構わないが、それだと困る連中がいるだろ?」
20層にたどり着いた際。
私達は生徒達が足を踏み入れないようにと見張りの役目を負っていた教師に、〝掃除屋〟の討伐は終わったかと尋ねたが、返事は「まだ」というものであった。
故に、〝掃除屋〟が20層より浅層で出現してしまう可能性はまだ残ってしまっている。
ちまちまやってると手遅れになるかもしれない。だったら、多少奇抜だろうが、打てる手は打っておくべきだろう。
そう言葉を続けるイグナーツの言い分は、至極真っ当なもののように思えた。
ただ。
「……殿下。取り繕うなら、久々のダンジョン攻略なのに、楽しまなきゃ損だろって言わんばかりに顔を綻ばせるべきじゃねえっす」
しかし、そう思ったのも一瞬であった。
あくまでイグナーツは、自分のしたいように、思ったように行動する性格。
ダミアンのその言葉に知らんぷりを決め込むイグナーツであったが、指摘の通り楽しそうに笑っていた。
前言撤回。
至極真っ当な言い分じゃなく、ただの自己中な言い分だった。
「とはいえ、ローレンが噂通りの問題児なら……殿下のこの手段は意外と悪くないのかもしんねえっすね」
「……噂、かあ」
寡聞にしてローレンという名の人間を私は知らなかったが、曰く————問題児。
「それに、〝掃除屋〟を引き寄せる上でもこれは何かと都合が良いんで」
〝掃除屋〟が20層以上の浅層にやって来る理由は単に、お腹が空いたから。
要するに、浅層の魔物を食らう為である。
ならば、こうして魔物を引き連れている状況は、言ってしまえば目の前で餌をぶら下げているようなもの。
そもそも、私達がこうして危険であるからとやって来た理由は他でもない〝掃除屋〟の存在があったから。
だったら、その原因をさっさと駆除してしまえば憂いは殆ど晴れたようなもの。
過程はどうであれ、そう説明をされては、一応理に適っているような気もしなくもなかった。
「……にしても、レラさんはローレンの事を知らないんすね」
これまでの反応からそう見当を付けたのだろう。ただ、不思議な事にそれはまるで私が知っていると思っていたかのような物言いだった。
「一応、ローレンの生家はレラさんの……あー、その、元婚約者さんの縁戚にあたる人間の筈なんで」
そこまで言って、「失敗」した。
とでも思ったのか。
若干、言い詰まるも、ここまで言った手前、閉口するのもよろしくないと考えてか、複雑な表情ながらも言い切ってくれる。
「……あぁ、そういう。じゃあ、それなりに、どころじゃなくて、かなり家格は高そうだね」
公爵家の縁戚だ。
だったら、それなりに家格につり合いが取れている御家と考えるのが普通であるし、ならば、助けに向かうと学長にイグナーツが言い放った際、若干、ホッとしたような表情を彼女が浮かべた理由も何となく分かったような気がした。
「————ええ、そうね。で、それでもってクソ餓鬼だから手に負えないのよ」
そして、私とダミアンの会話にアイリスが割り込む。
「イグナーツも、かなりの問題児ではあったけど、一応理性的ではあったでしょう?」
「それは……まぁ、確かにそうだね」
散々な評価のイグナーツではあるが、彼の行動は一応理性的ではあるのだ。
学長から言わせれば、なまじ理性的であるからこそ、正面きって反論出来ないわ、止められないわと散々だった。
などと愚痴るんだろうが、身の程を理解しているという意味では問題児ではないとも言えた。
「でも、あの二人は違う。どちらかと言うと、猪突猛進ね。前しか見えてない上、過信してしまってる。何より、とんでもない前例が生まれてた事もあってか、その過信が嫌らしいくらい磨きがかってるのよ」
その前例とは言わずもがな、十中八九私達の事だろう。学院時代に打ち立てた伝説の数は両の手では足りぬ程。
お陰で、あいつらに出来たなら、俺達に出来ない道理はない。
といった思考回路が、当然の如く生まれてしまっていると。
そしてそれが今回の暴走に繋がってしまったのだろう。
決して私のせいじゃ無いはずなのに、どうしてか疲労感を滲ませるアイリスの物言いを前に、少しだけ申し訳なくなった。
そんな、折。
「————ちょっと待って。ねえ、アレって」
走りながらも、周囲に注意を向けていた事もあってある事実に気づく。
それは、外よりも暗がりなダンジョン内部にあって尚、視認出来てしまう程くっきりとした足跡を目にし、私は声を上げる。
三本の爪が印象的な、独特の足跡が視線の先に等間隔で続いていた。
記憶が確かならば、それは私達が〝掃除屋〟と呼んでいる魔物の足跡。
これを辿れば、行方の知れない〝掃除屋〟に辿り着ける可能性は高いだろう。
だから、これを追おう。
ついでに、足跡という痕跡を見つけたのだから、後ろから猛烈な勢いでついてきているあの蟲型魔物の大群をとっとと始末して!!
という私の願いは届かなかったのか。
「もしもの事を考えて、興味を引けるモノは持っていってた方がいいだろうし、このまま走るぞ」
たとえ〝掃除屋〟に問題児の二人組が襲われていたとしても、餌である魔物を引き連れてさえいれば、向こうの目を引けるからとなんとイグナーツは放置宣言。
もう少しの辛抱だと言わんばかりの物言いに、私は無性に泣きたくなった。
新作短編も書いてますのでそちらももしよければよろしくお願いいたしますー!!!
↓↓
下にリンクおいてますー!!!




