新人冒険者リリィ
「ううぅ、どうしようどうしよう……ネイトさんには見張りを命じられたけど、もしヴァンパイアが現れたら……」
「どうもこんにちは。ちょっとコルトン村について聞きたいんだが――」
「はわわわわぁぁぁぁっ! 出たぁぁぁぁぁ!」
日が頂上から落ちるころ、ようやくジーノとクリスティーナは村に辿り着く。
村の入り口付近でブツブツと呟きながら、ウロウロと落ち着きのない少女に話しかけたジーノは、いきなり持っていた樫の木の杖でぶん殴られた。
「こらこら危ないな。俺じゃなかったら死んでるぞ」
「はっ! あ、あれ、止められ――!?」
が、ジーノは両腕にオーラを出現させて、きっちりと防いでいた。
背の低い少女は、恐る恐る視線をあげる。
「一つおうかがいしますけど……ヴァンパイアさん……じゃ、ないですよね?」
「俺はジーノ、無職の錬金術師だ。――よく見ろ少女。こんなぼろっちぃヴァンパイアなどいないだろ」
ぬっ、と、少女に顔を近付けるジーノ。
白のローブを着た少女はクリスティーナよりも若く、あどけない顔で答える。
「た、確かに……って、くっさーっ!? ――ハッ、やはり人間さんなんですね!」
「えっ!? お、俺って臭いか?」
寝ずの行軍のせいか、はたまた元からか。
ほのかに香るジーノの体臭が、疑惑を晴らすのだった。
「おっす! 私はクリスティーナ、この村の出身者で、ふらっと帰ってきたんだけど……えーっと、君は誰? この村の人じゃないよね」
「ちなみに私も人間だよ!」とつけ足すクリスティーナは、見覚えのない少女に質問する。
白のローブの少女が自己紹介する。
「あ、はい。えと、私は新人冒険者のリリィって言います。数ヶ月前に冒険者になったばかりで、最下級の魔物にも苦戦しちゃうような、まだまだ冒険者としては未熟なヒーラーなんですが――」
「ん、なるほど新人冒険者なんだ。それで、新人冒険者がどうしてこの村に? もしかして、ヴァンパイア退治?」
少女リリィは、クリスティーナよりも華奢で、年若く見える顔だった。
栗色の髪は肩辺りのセミロングで、ふわふわとしている。
純白のローブと樫の木の杖は、いかにもヒーラーといった出で立ちだ。
気の弱そうな目のリリィは、頭をブンブンと横に振って「と、とんでもない!」と否定した。
「私はまだ新人なので、ベテランのネイトさん――最上級のS級冒険者さんなんですけど、そのネイトさんのパーティに研修として組み込んでもらっているだけで……」
「騎士しかやったことないけど、ほへぇ、冒険者ってそうやって新人育成するんだね」
「騎士さん……?」
一つ賢くなったような顔をしたクリスティーナ。
そんなクリスティーナの肩に奴隷の焼き印が入っているのを、リリィはチラリと横目で見た。
「なはは、元騎士ね。それより――ご主人さま、いつまでショック受けてるのっ!」
「だってお前、臭いって言われたんだぞ……臭いって言われてショックを受けないやつなんて、この世にいないだろ……」
「素材のことといい、ご主人さまは変なところでスイッチ入るなぁ」
普段は感情の起伏の乏しいジーノだが、臭いと言われるとショックらしい。
「す、すみません」と、原因となってしまったリリィは謝るのだった。
「ともかく、だ。リリィと言ったな、この村はヴァンパイアに襲われているんだな?」
「は、はい。――って、あれ? そういえば私、ヴァンパイアの話はそこまでしてないような……?」
リリィは小首を傾げると、クリスティーナがこう言った。
「うん、してないね。倒したヴァンパイアから聞いた話だからさ」
「……えっ!? ヴァンパイアを、倒した!?」
リリィは一瞬驚いたが、すぐさま乾いた笑いをする。
「なーんて、あはは、S級冒険者さんでも手を出せなかったりするのに、こんな汚らしい格好した人たちが、ヴァンパイアを倒すだなんてそんな話あるわけないですよね~」
「見かけによらず、結構毒吐くな」
「まぁでも、信じる人の方が少ないのもわかるっ」
ジーノよりかは常識的なクリスティーナは、自分たちの姿をかえりみて、リリィの反応に理解を示すのだった。
「それにです! こんな切迫した状況でそういう冗談は笑えませんから! 今、この村の人たちは大変な目に――」
リリィがそう言いかけたとき、村のほうから大きな怒声が聞こえてきた。
なにやら揉めている様子だ。
「なんだか騒がしいな」
「ネイトさん……やっぱり、この村を――」
騒ぎの方に視線を向けるリリィ。
今までとは違い、深刻な顔をしていた。
「ジーノさんの仰るとおり、この村は今、ヴァンパイアに襲われているのです」
リリィは背中でそう説明したあと、ジーノらに振り返って、こう続けた。
「明るいうちに立ち去ってください。――この村はもう、手遅れなんです」
ジーノは、クリスティーナに視線を向ける。
「だ、そうだ。……どうするクリスティーナ。俺は行くが、君は残っていてもいいんだぞ」
「ううん、行くよ」
迷いなく答えるクリスティーナ。
青い目の彼女は、入り口の先の村を見て、言う。
「新人冒険者でも分かるくらい、絶望的な状況――それなら」
ここはクリスティーナの両親が住む、クリスティーナの故郷だ。
この先は、地獄しかないかもしれない。
それでもクリスティーナは――
「ここから村を救えたら、最高の『名誉』になる」
一つも曇らずに笑った。
絶望をはねのける強さで、名誉を渇望するのであった。
「あっ、ち、ちょっとちょっと、勝手に村に入られると……って、聞いてますかー!?」
ジーノとクリスティーナは、リリィの制止を無視して突き進む。
リリィは引っ張られるようにして、地獄の舞台に上げさせられるのであった。