絶望の状況
「これ以上は付き合ってられるか! 俺たちは料金分以上の仕事をした、あとはあんたらでどうにかするんだな!」
「そ、そんな、見捨てないでくれ冒険者さん! あなた方がこの村を去ったら、いったいどうやってヴァンパイアから生き残ればっ!」
村の広場で彼らは言い争いをしていた。
一方は村の住人と思われる、二〇代くらいの男性が一人。
もう一方は、それぞれ高価そうな鎧で身を固めた、三人の冒険者パーティだった。
すると冒険者のうちの一人が、村の広場に現れたジーノらに気づいた。
「っ、てめぇリリィ! 見張りをしていろと――そ、そいつらは誰だ!」
「す、すみませんネイトさん、この人たちはジーノさんとクリスティーナさんって言って、人間さんなんですけど、話を聞いてくれなくて!」
ネイトと呼ばれる男が、この冒険者パーティのリーダーなのだろう。
年は三〇代だろうか、ジーノとは違い、年相応の面構えをしていて、派手な金色の鎧を着こなしていた。
「このうすのろルーキーが……! ヴァンパイアが人間に化けていないともかぎらねぇだろうが!」
するとネイトは、腰の剣を抜いて、突如ジーノに襲いかかってきた。
「なっ!? S級冒険者の俺の攻撃を、片手で止め――!?」
「どうもこんにちは、無職の錬金術師のジーノです。どうぞよろしく」
ジーノはネイトの剣を、オーラで包んだ片手でつまみ、簡単に防いでいた。
とても冷静ではなさそうな空間で、のんきな挨拶をするジーノ。
常識に疎い男だが、きちんと挨拶のできる大人なのである。
「無職の錬金術師だと……!? ヴァンパイアじゃない証拠には――って、くっっっっさっ!? こ、この臭い、お前ら本当にヴァンパイアじゃねぇのか!」
「えっ……また臭いって言われた……」
顔を少し近づけただけだったのだが、ジーノはまた臭いと言われてしまう。
奇しくもネイトはその臭いで完全に信じ、剣を納める。
複雑な思いをかかえたジーノは、表情はそのままに、肩を落とすのだった。
「ちっ、びびらせやがって、本気で斬りかかってたら人殺しになっていたところだ! おいウスノロリリィ、こいつらは何者だ。誰も通すなと言っただろうが!」
「す、すみません……止めたんですけど……」
「見張りもできねぇのかよてめぇは! ヒーラーのくせに初歩の治癒魔法しか使えねぇし――ちっ、ギルドの命令とはいえ、とんだお荷物任されちまったなぁ!」
ネイトは思いきり顔を歪ませて、いらだちを隠そうともしなかった。
他二人の冒険者――男のヒーラーと、女の剣士は、見慣れた光景なのか、注意することもなければ、同調することもなかった。
リリィはなにも返せず、地面ばかりを見ていた。
「まぁまぁ落ち着きなさいな。勝手に入ってきたのは私たちで、この子は悪くないんだから」
そんな悪い雰囲気を壊したのはクリスティーナだった。
ジェスチャーを使って、場を落ち着かせようとした。
――そのとき、もう一方にいた村の青年が、クリスティーナに気づいた。
「お、お前、クリスティーナ!? 何年か前に村を出てったはずだろ、どうしてここに!?」
コルトン村はクリスティーナの両親が住む村で、彼女の故郷。
同郷の者なら、懐かしむところだろうが――
「そ、そうか……お前が戻って来ちまったから、コルトン村はヴァンパイアに襲われて……! こ、この穢れた女め、お前なんかが生まれちまうからっ!!」
帰ってきた彼女に向けられたものは、憎悪だった。
同郷の者から心ない罵声を浴びたクリスティーナ。
しかし彼女は――笑っていた。
「むははっ、ただいまコリー。大歓迎だなっ」
皮肉でもなんでもない、心からの笑顔で、笑っていたのだ。
「フン、なにを揉めているのか知らねぇが、俺たちは帰らせてもらうぜ。こんなちっぽけな報酬で命をかけるなんざ、バカげてる」
「そ、そんな、待ってください冒険者さん! 村の金は残らずあなた方に預けたんだ、ヴァンパイア一匹すら仕留めずに、見捨てるなんて――」
泣きつく村の青年コリーを、ネイトは突き飛ばした。
「うるせぇ! 素人のてめぇには分からねぇだろうが、ヴァンパイアは一匹仕留めるのにも、S級冒険者が束になってかからねぇとやべぇんだよ!」
コリーを見下しながら、ネイトは続ける。
「おまけに、村人全員がヤツらに噛まれていたなんて、あとからぶちまけやがって! 眷属化があそこまで進行していたら、もうどうにもならねぇんだ! 文句を言いてぇのはこっちのほうだ、詐欺みてぇな依頼よこしやがって!」
ネイトに怒鳴られながらも、コリーはしぶとく食い下がる。
「だ、だったらせめて依頼料だけでも返してくれ! その金で別の冒険者を――」
「ダメだね、これは迷惑料だ。今から王都へ依頼しに行ったところで間に合わねぇよ。――それに、あんたらはじきやつらの仲間になる。そしたら、俺がヴァンパイアハンターでも引き連れて戻って来てやる。今度は、魔物になったあんたらを始末しにな」
「そ、そんなっ! もう村には、金が――」
コリーは両膝をついてうなだれた。
村に金はない――コルトン村を救う手立ては、完全に閉ざされたのだ。
「行くぞお前ら。――おらリリィ、お前ももたもたすんな、置いていくぞ」
ネイトと二人の冒険者が村を立ち去ろうと背を向ける。
だがリリィだけは地面を見続けていて、なかなかその場を動こうとしない。
気の弱そうな目をしていた少女は、意を決したかのように切り出した。
「あ、あの、ネイトさんっ、村が救えないのは分かりました……で、でもせめて、依頼料くらいは返してあげても――」
「おいリリィ……でめぇは本当に、ウスノロリリィだなぁ!」
その言葉がネイトの怒りに触れたのか、今までで一番に顔を歪めた。
「てめぇがいなけりゃ、この村にももっと早くに着いていた! いつまでたっても初歩の治癒魔法しか覚えねぇし、挙げ句、S級である俺の判断にまでケチをつけるだと? ――こんなに出来の悪い新人はお前が初めてだよ、ウスノロリリィ!」
リリィは肩をすぼめ、またも地面を見つめてしまう。
ネイトはそんなリリィに、最後にこう通告した。
「もういい、お前はクビだリリィ。勝手にしろ」
「く、クビっ、そんな!」
リリィはやっと頭をあげるが、ネイトとその仲間二人は、そんなリリィに振り返りもせず、村をあとにする。
手練れの冒険者が去っていく。
村に残されたのは、絶望だけだった。
「もう……おしまいだ……村も、俺の娘も……!」
「ごめんなさい……私が、ネイトさんを説得できていれば……私に、力があればっ……」
地面に頭を擦りつけて、なげくコリー。リリィは自らの非力さを呪う。
絶望に打ちひしがれる二人。
そんなとき――クリスティーナは、ジーノの頬をつねっていた。
「やいご主人さま、いつまで体臭気にしてるんだいっ! この村に来た理由忘れたの!?」
「いだだだだ――ハッ! そうだ、俺はヴァンパイアの灰を採りにこの村に」
建前を忘れ、本音を口走ったジーノを見て、クリスティーナは逆に安心した。
ジーノはようやく目的を思い出す。
「それで、状況はどうなってるんだクリスティーナ、リリィ」
「えっ、状況って……ジーノさん、いったいなにを――」
ジーノの言葉に、クリスティーナだけが的確な返答をする。
「頼りの冒険者も立ち去り、村人全員がヴァンパイア化――じゃなくて、眷属化が進んでいるみたい。S級冒険者いわく、手遅れだと。それと、お金もない」
「そうか。おい村の人、俺をそこまで案内してくれ。灰はヴァンパイア三体分しかない、まずは感染者の容態を見てから、薬の配合を決める」
ジーノは治療薬に使う花を摘みながら、コリーに言った。
言われたコリーは、なにを今さらといった表情でジーノを見る。
「あ、案内しろって……もうこの村には、誰かに頼るお金も――」
「そんなものは無料でいい。早くしろ、時間までなくなるぞ」
「い、いや、でも手遅れ――ちょっと、引きずりまわさなくてもぉぉぉ!?」
ジーノは時間を惜しむように、コリーを強引に引きずりだすのだった。




